202.囚われの英雄について
12/19 二話目
ディグ・マラナラは目を覚ます。
瞳を開けて、まず驚いたのは自分の視界だ。見えたのは、天井ではなく壁。ディグ・マラナラは、手足首を壁で固定されていた。一先ず、魔法を使ってみようとしてみる。だけど、やはり、魔法は形成されない。確かに捏ねたはずの魔力は、形にならずに散っていく。
(……口を塞いでいないのは、そうしなくても魔法を使えないようにしているから。そして手足首を固定しているのは俺が逃げないようにするためか。……充分警戒していたつもりだったが、俺も甘かったのかね)
ディグは身動きも満足に取れない状況の中で、そんな風に思考する。
そしてナディア・カインズの姿が見えない事に気づく。
(ナディア様も捕まっているとみるべきだろう。ヴァンの召喚獣達がいたはずだが、それに関しても対策をしていたという事か。でもヴァンの事に関しては、正確には他国には広まっていないはずだ。だからこそ、俺に対する対策としてそういう事を起こしたと考えるのが一番自然だろう)
ディグは焦っていなかった。
こんな状況になっていたとしても、ディグは冷静に今の状況を分析していく。
(トゥルイヤ王国の公爵がシザス帝国に下ろうとしているというのは、状況は決してよくない。今はまだトーグ公爵領の中にいるかもしれないが……どういうつもりなのだろうか?ナディア様をシザス帝国に連れて行くつもりか? その場合、俺をどうする気なのか?召喚獣も呼び出す事が出来ず魔法も使えない、身動きもとれない俺なんて殺そうとすればすぐに殺すことだって出来るだろう)
ディグ・マラナラが英雄と呼ばれたのは、それだけ魔法を使う才能があったから。そして召喚獣を三匹も従え、長剣の扱いも上手く、ただ強かったから。
だけど、召喚獣を呼び出す事も出来ず、魔法を使う事も出来ない。そして、身動きさえも取る事が出来ない『火炎の魔法師』ディグ・マラナラは無力だ。何も出来る事はない。
(意識を失う直前、ナディア様にあの侯爵は触れる事が出来なかった。それは魔法具は発動しているということ。……寧ろ、俺が魔法を使えないのは魔法具でも使っているのかもしれない。そう考えると魔法具でも常備しとくべきだったか……)
この状況がどうやってもたらされているのか、という思考をする。
例えば、この召喚獣達への対処や魔法を扱えない事の原因が魔法具ならば——それはどういったものだろうか?
(この場で魔法を使えなくするというものならば、無差別に効いているだろう。そこまで判別出来る魔法具なんて作れるはずがない……、いや、ヴァンなら作ろうと思えば作れる気がするけれど、普通に考えれば無理だ。となれば、この拘束さえ解ければどうにでも出来るだろう。ただ、シザス帝国が関わっているのならばスノウのようなものもいる可能性もあるか)
考えながらディグは、手足を動かす。その拘束が解けないかと動かす。けど、ガチャガチャと音がするだけである。
そうこうしているディグの元へ、来訪者がやってきた。
それは、三人ほどの男である。その三人の男たちはディグの事を見下すように見ている。
「へぇ、これがあのディグ・マラナラか」
「殺さなければいいって言われているからな。覚悟しろ」
三人はディグに向かってそのような事を言った。
どうやら暴行をされるらしい、という事をディグは理解する。だけど、ディグは慌てる事はない。そのくらいの事態は予想出来る事だったから。
ディグ・マラナラはこんな状況にも関わらず不敵に笑った。
「やるならやればいい」
殺さなければ——と言った彼らの言葉を聞いていた。殺されないのならば、どうにでもなるとディグは心の底から思っていた。怯えさえも見せないディグの事を彼らは、理解出来ないものを見る目で見る。
「いつまでも調子に乗っていられると思うなよ」
「カインズ王国はこれから奴隷になるんだからな!」
そのような事を言い放ちながら、鞭を手に近づいてくる男たち。
ディグはただ、そのような事にはならないと口には出さないけど確信していた。
(俺を捕えられて安心しきっているんだろうけれど、俺を捕えても、もっとヤバイ奴が放置されてるんだから、そんな事にはならない。ヴァンが、ナディア様が危険な目になっているのにもかかわらずこの状況で何もしないはずはない。寧ろ——、一番手を出してはいけないものに手を出している。その事に、こいつらは、いや、シザス帝国は気づいていない。俺の事もナディア様のついでだろうけど、助けてはくれるだろうし。ま、それまでにどうにかこの状況を打破出来そうならどうにかするとして、どっちが早いかね……)
囚われの身で、これから暴行を受ける状況であるがディグは落ち着いていた。
もっと恐ろしい者が放置されているのを知っているから。彼の愛しい王女様に手を出されて、行動を起こさないはずがないのだから。
―――囚われの英雄について
(囚われの英雄のその心は乱れる事はなかった)




