198.帰路について 2
召喚獣のうちの二匹、《ホワイトドック》のワートと《ファンシーモモンガ》のモモはその公爵領へと向かってから戻ってこなかった。ただ、《ファイヤーバード》のフィアや第三王女のナディア・カインズも含め、誰ひとりとして心配はしていなかった。
それだけ召喚獣という存在の事を信頼していたからだ。フィアに限って言えば、「何か気になる事があって調べているのだろう」とそんな風にしか考えていなかった。
公爵領に向かうまでの間、いくつかの街を経由することになっていた。
その最初の街にたどり着いて、出迎えをされる。迎え入れられてその街で一泊する。ビィタリアとナディアの泊まる部屋は隣同士だったのもあって寝る直前までビィタリアはナディアと会話をしたがっていた。色々と話したい事が多くあったようだった。
ナディアはその話に付き合う。
「それでね、お兄様ってば」
「それで——この次は」
ビィタリアの話はとどまる事を知らなかったので、ナディアはほとんど聞き役だった。こうして婚約者のいる公爵領に向かう中でビィタリアは不安を抱えているのかもしれないとナディアは思った。
(沢山の不安や、色々な考えがあるからこそこんなにも沢山話しているのかもしれない……。まぁ、公爵領までなのだからそれまでビィタリア様の話に付き合いましょう)
ナディアはそう決意する。
帰国出来れば、ヴァンに会えるのだ。公爵領までの我慢なのだから——とそんな風に考えて、帰国するまで頑張ろうと気合いを入れるのだった。
それから、公爵領に向かうまでの何泊もの間、ナディアはビィタリアの話を聞いた。
馬車は違うので移動中に話が出来ないのもあって、街に滞在している間に沢山ナディアは話しかけられていた。公爵領に近づけば近づくほどビィタリアの話は徐々に長くなった。それだけ婚約者のいる場所に近づくという事が、ビィタリアの心を乱しているようだった。
そのことを理解して、ナディアは何とも言えない気持ちになってしまった。
(……少し、気になるけれど他国の内情なのだから深く探らずにいましょう)
ナディアは正直、ビィタリアの話を詳しく聞きたい気持ちになっていた。とはいえ、深入りをして面倒なことになってしまう恐れもあるので簡単には踏み込めなかった。
王侯貴族同士の関係というのはどうしても利害関係などを含んでしまうものだ。
だからこそ、ナディアは気になりはしたが、深入りはしなかった。
――早く公爵領について、その後、帰国したいとナディアは考えていた。
そして、そんな風に考えながら馬車に揺られていき、その公爵領にたどり着いた。この場所でビィタリアとはお別れだと思うと、ナディアは正直ほっとした。
(……そういえば、先にこちらに向かっていた召喚獣たちの姿がまだ見えないわ。どこにいるのかしら?)
この公爵領にたどり着くまでの間、先行していた二匹の召喚獣たちは戻ってこなかった。そのことをナディアは気にかけていた。
「ようこそ、おいで下さいました。ナディア様も、我が婚約者のビィタリア様も、英雄殿も。ゆっくりこの地で休んでください」
そんな風ににこにこと笑うのは、ビィタリアの婚約者にあたる公爵家の子息である。彼の年は二十歳。サマ・トージという男だ。その男はにこにことした笑みを零してナディアとビィタリアの事を見ていた。
ビィタリアは、我が婚約者と微笑みかけられて、笑みを張り付けていたが、ナディアにも無理をしていることがわかるぐらいの笑みだった。
ナディアとビィタリア、そしてディグはトージ公爵家の館でもてなしを受ける。
食事をしているナディアを見守りながら、フィアはきょろきょろとしていた。
(ワートとモモは何処だ? あいつらの事だから、例えここに辿り着くまでに戻ってこなかったとしても公爵領に着いたら出てくると思っていたんだが。まさか、何か起こったのか? いや、でも、あの二匹ならばそう簡単には何かに巻き込まれることはないと思うけれど……。何か面白いものでも見つけてそっちにかかりきりになっているとか?)
フィアはきょろきょろしながら戻ってきてないワートとモモの事を探していたわけだが、気配も見つからない。他の四体の召喚獣たちと目配せをするが、他の者達もワートとモモの気配を感じられないようで首を振っていた。
(まぁいい。五匹いればどうにでも出来るだろう。ひとまずは、ナディア様を主の所へ帰す事を第一に考えなければ。例え二匹が何かに巻き込まれているにしても、それが最優先だ。それさえどうにかできればあとはどうにでも出来るんだから)
フィアはワートとモモがいない事実に、小さく息を吐いてそんな思考に陥る。
フィアたち、ヴァンの召喚獣たちの一番の最優先事項は主であるヴァンの婚約者を無事にヴァンの元へ帰すことである。何よりもナディアをヴァンの元へ帰すこと。それ以上に重要な事はないのだ。
なのでフィアはワートやモモを探す事よりもナディアを守る事を優先させるのだった。
―――帰路について 2
(召喚獣たちは第三王女を帰す事を最優先に考えている)




