177.誕生日当日について 2
ゾンド・ヒンラは、ナディア・カインズの誕生日パーティー会場の中に居た。来賓として参加しているゾンドは着飾ったナディアに思わず見惚れてしまう。
ナディア・カインズはそれはもう美しい少女である。美しい金色の髪には美しい髪飾り。そのドレスは今回のパーティーのために作られたものだろう。ナディアによく似合っている。
その美しさと、その聡明さにゾンド・ヒンラは惹かれていた。こうしてパーティー会場に姿を現したナディアを見て、改めてその美しさに心惹かれる。
ゾンドは、ナディアの表情がある一点を見て少し動いたのを見た。それは、ゾンドがナディアを見つめているからこそ気づいたこと。
その視線の先には——カインズ王国の第三王女であるナディア・カインズと親しくしているという英雄『火炎の魔法師』の弟子である少年。
(……やはり、あの英雄の弟子である少年とナディア様と親しくしているのだろう。しかし、平民と王族が婚姻を結ぶなどという事は基本的にありえない。ナディア様が彼の事を気にしてようが、彼がナディア様の事を気にしてようが、あれだけ聡明なナディア様ならば私と共に居る方が良いとわかるはずだろう)
ゾンド・ヒンラはナディアがヴァンという存在の事を気にしていることに対して、それほどまでに脅威に感じていなかった。ナディアはゾンドの言葉に考えると告げていた。ならば聡明で努力家なナディアならば、平民ではなく自分の事を選ぶだろうという自信にあふれていた。
そのナディアの努力家な一面も、こうして堂々と王女として表舞台に立つようになったことも——全てヴァンという存在に出会ったからなどとは思いもせずにゾンドはそんなことを考えているのだ。
ゾンドは自慢ではないが、異性からの受けが良い存在である。自国に居た頃、散々有力な存在の娘たちからの求婚もされてきた。だけれども、野心があったからこそ自分の求婚相手としてナディアのことを選んだのだ。
(聡明で、美しく、それでいてヒンラ家の思い描く未来のための存在。ナディア様は私の結婚相手として合格だ)
自分の結婚相手として合格だと、ゾンド・ヒンラはナディア・カインズの事を胸を張って言える。だからこそ、求婚した。
ゾンド・ヒンラはナディアの心など知る由もなく、自分の元へ来ることを疑っていなかった。
だからこそ、ゾンド・ヒンラはパーティーが始まってしばらくが経ってからカインズ王国の国王であるシードル・カインズの許可を得てナディアと話す機会を作った。
ナディアとゾンドのおつきの者達以外はいないとゾンドは思っている。正しくはヴァンの召喚獣たちが物影から覗きながらゾンドが何かナディアにやらかさないかと見守っているわけだが、その事実をゾンドは知らない。
「―――ナディア様、この前の事は考えていただいたでしょうか?」
「……ええ、きちんと考えさせていただいておりますわ」
ナディアはゾンド・ヒンラを前にまっすぐに彼の方を見つめて返事をする。
ナディア・カインズ。カインズ王国の第三王女。亡き母親は平民の出であり、王女とはいえ他の王子や王女よりも一般的に見て位の低い王女。そんな王女だからこそ、国王や王太子が親バカやシスコンではなければ選ぶ選択肢もなしに誰かと結婚する事を強制されてもおかしくはない立場だ。
ナディアは平民であるヴァンと仲良くしている。でも普通に考えれば、平民であるヴァンではなくダーウィン連合国家の公子であるゾンド・ヒンラを選ぶのは当然の話だった。――でもヴァンという存在は普通ではなく、カインズ王国では国王や王太子がナディアの意志で決める事を認めている。
ナディアは先ほどヴァンの事を見て、改めて自分の気持ちを考えて———、ヴァンの気持ちをきちんと知りたいと思った。何を考えているのか、何をナディアに告げるのか。それを知りたいと。もちろん、それを知った上で、ゾンド・ヒンラと共に歩むかどうか選ぶという選択肢もあった。だけど、ナディアはそんな中途半端な気持ちではなく、きちんとした気持ちで向き合いたいと感じてしまった。
だから———、
「申し訳ありません。私はゾンド様とは婚約を結ぶ事は出来ません」
ナディアはゾンドの目を見据え、目をそらすこともなくそう告げた。
ヴァンの事を久しぶりに目にとめて、自分がどう考えているのか考えた末の結論だった。
その言葉に、ゾンドは呆けた顔をした。以前、婚約を結んで欲しいと告げた時、ナディアの心は少し揺れていたから。それでいて、ゾンドは自分の事に自信があり、こんなにも取りつく暇もなく断られるなんて思ってなかったのだ。誕生日のプレゼントを渡し、年下の少女の好きそうなシチュエーションで愛をささやき、自分の事を好きになってもらおうと思っていた矢先にばっさりといわれてしまったのだ。
「……それは、何故ですか?」
「……気になっている方がいます。私はその方の事以外、現状考えられません。このような中途半端な感情のまま、ゾンド様の手を取るとは言えません」
気になっている方、というのが平民の少年であるヴァンであろうことが感じ取れたからこそゾンドは不服な気持ちで一杯だった。
「――それはあの、『火炎の魔法師』の弟子という少年の事ですか?」
「……はい」
ゾンドに問いかけられて、ナディアは一瞬言葉に詰まった後、素直に頷いた。
その瞬間、ゾンドの態度は豹変した。
「しかし……あの少年は平民だというではありませんか。王族であるナディア様とあの者で上手くいくはずがありません。考え直してください。ナディア様の目標である王族として恥ずかしくないように——という目標に平民の少年は相応しくないでしょう」
まくしたてるように彼はいう。だけどその言葉にナディアは微笑んだ。
「いいえ、私の方こそ、ヴァンに相応しくありませんわ。ヴァンの隣に立つためには私はもっと努力をしなければなりません。ゾンド様にはヴァンの凄さは分からないかもしれませんが、私がもっと努力をしなければ釣り合う事は出来ません」
それはナディアの本心からの言葉だったが、ヴァンの事を”運がよく魔力があり『火炎の魔法師』の弟子になった平民の少年”としか認識していないゾンドはそれでは納得が出来なかった。
そして何かを言おうとしてナディアの手を取ろうとした時、
「フィア」
ナディアの耳に久しぶりのヴァンの声が響いた。
それと同時に、一瞬にしてナディアは空の上に居た。……急にナディアは本来の姿に戻った《ファイヤーバード》のフィアの背にかっさらわれていたのだった。
そしてその真下には、呆気にとられた顔をしているゾンドと、難しい顔をしたヴァンとその召喚獣たちが映った。
―――誕生日当日について 2
(第三王女の誕生日当日、連合国家の公子に王女は応える。その返答に公子は納得をしない)




