101.召喚獣の召喚について 下
《ローズホーンラビット》。
それが、その個体の名である。
大きさは巨大。大人を二人は乗せて走れるぐらいにはでかい。
何より特徴的なのはその角である。鋭く伸びたそれは、どんな武器よりも鋭くさえ見える。
フロノスの呼び出したそれは、ローズ色の体毛を持っていた。のんびりとした性格であるのか、呼び出された召喚陣の上で不思議そうだ。
『んー、ここ、は?』
眠たそうな声がその場に響く。かわいらしい声で、その個体が雌だという事がわかる。
「……」
フロノスは緊張した面立ちでそれを見据えている。
(……私の、呼び出しに答えてくれた子。でも寝ぼけているみたいだけど……)
ドキドキしながら、真っ直ぐに見据えたら、目が合った。
「あの、私が、貴方を呼び出したの」
『うー? ミィを、呼んだの? あ、これ契約ってやつ?』
相変わらず眠たそうなまま、だけど、契約と理解した瞬間目がしゃきっとする。
「……あ、あれ大丈夫なのですか」
「俺たちが止めに入らなければ若い命が……」
ユイマとタンベルという砦組の二人が心配そうにフロノスと《ローズホーンラビット》を見据えている。今にも止めに入りそうである。
が、逆にディグとヴァンという師弟コンビは一切動揺していない。
寧ろ楽しそうに笑っていたりするわけで、その辺はやはり普通とは感性が違う。
「止める必要はない。俺の弟子だぞ? これで死ぬような奴じゃない」
「フロノス姉なら大丈夫だよ」
ディグは信頼しきったように不敵に笑い、ヴァンはその強さを理解しているからこそ笑っている。まぁ、ヴァンに関して言えば自分が沢山の召喚獣と契約をしているのもあって、一匹の召喚獣と契約をするということを甘く考えているということもあるのだが。
ユイマとタンベルが不安そうな中、師弟コンビは笑ってフロノスを見据えている。
フロノスは、その召喚獣と向き合ったままだ。
『そっか、じゃあ……』
それは、眠たそうな目をシャキッとさせて何かを考えるようにつぶやく。
そして、一旦動きを止めてじっとフロノスの事を見つめたかと思うと動いた。
一瞬である。後ろ脚を強く蹴って、フロノスへと突進した。
《ローズホーンラビット》の特徴的な鋭い黄色い角が、フロノスの心臓を目指している。
もちろん、そんな一瞬の事で周りは動けない。ディグとヴァンに限って言えば動けたとしても動く気は特にない。ユイマとタンベルが、顔色を悪くする。
フロノスは―――、
「……急に来るとか、もうっ」
文句を言いながらも突っ込まれた時には既に動いていた。腰の長剣を引き抜いて、それをはじいた。
《ローズホーンラビット》の硬い角は長剣ではじかれようが折れる事はない。角をはじかれ、その衝撃で一旦それは後ろへと飛んで下がる。
《ローズホーンラビット》はフロノスをじっと見つめる。フロノスも、次に何を起こすかわからないそれから目をそらさないように真剣な瞳だ。
しかし、《ローズホーンラビット》はとびかかっては来なかった。
『ふぅ、なんかミィ、真剣な空気とか合わないんだよね』
「へ?」
『ミィ、面倒な事嫌いなの。でも契約者としてミィを呼び出したのが、貴方かぁ』
「えぇ、と?」
『貴方すっごく真面目そうだよね……ミィ、堕落するのが好きだから合うかな? うーん、でもミィの突進避けられたら契約しようと思っていたの。でもミィ、まじめな人と合わないと思うの』
《ローズホーンラビット》は緩い口調でフロノスに話しかけている。
堕落するのが好きなどと口にしながら、どうしたようかなーという気分のようだ。召喚獣の中にも色々な存在が居るのだが、フロノスが呼び出してしまったそれは随分のんびりしているらしい。
「私は貴方と契約をしたいわ。折角、呼び出したはじめての召喚獣だもの」
『……甘やかしてくれる?』
「……それは時と場合によるわ。でも出来る限り甘やかしてあげる」
『んー、じゃあ、結ぶ?』
その《ローズホーンラビット》は軽かった。
「え、ええ」
あまりに軽すぎてフロノスは脱力してしまう。
「えっと、契約の儀式をするわ。貴方の名前は?」
『ミィ? ミィはミィレイアだよ! 貴方は?』
「ミィレイアね、ミィって呼んでいい? 私はフロノス」
『いいよ! フロノスね、わかったの』
のほほんとした空気が漂いだしているが、ミィレイアは突っ込んできたときにフロノスがよけきれずに死んだとしても気にしなかっただろう。そのことを考えれば召喚獣とは恐ろしいという認識も納得できるものだ。
「我、フロノス・マラナラはこの者ミィレイアと契約を交わす事を望む。我の魔力をこの者に、そしてこの者は我の望みをかなえんとす。ここに契約をなさんとす」
契約を結ぶための詠唱が、フロノスの口から紡がれる。
それと同時に一人と一匹が光り輝き、ここに契約が結ばれた。フロノスはそれが終わると同時に脱力したように座り込む。
『ん? フロノス、どうしたの?』
「はじめて契約をしたから、気が抜けたの……。契約に伴って魔力も持って行かれたのもあるし」
『そうなの。ミィが最初の召喚獣なの?』
「最初というより、唯一のになるのかしら? 私は正直二匹目と契約できるとも思ってないの。だから、貴方が私の唯一の、召喚獣になるの」
『そうなの』
フロノスとミィレイアは会話を交わす。そしてミィレイアはフロノスの服を角でひっかけてぽんっと投げ、自分の背中に乗せる。
『周りの人間はなんなの』
「私の師匠と、弟弟子と、師の友人よ」
『ふーん、挨拶必要?』
「そうね、お願いするわ」
そういってフロノスは笑う。
そしてミィレイアはフロノスを背中に乗せたままディグたちに近づき、挨拶を交わすのであった。
―――召喚獣の召喚について 下
(フロノス・マラナラはここに召喚獣との契約をなした)




