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24 「祝福」の終わり

「……件の妖精は、こちらで間違いないね?」


 イェスペルの言葉を聞き、エイシャとディーノは揃って目の前に置かれた虫かごをのぞき込んだ。


 一見すると子どもたちが愛用する普通の虫かごに見えるが、これは妖精を捕まえるための特注品らしく、その中ではほのかな光を放つ妖精が『この老いぼれめ! わしを出せ!』と怒り狂っていた。


「……間違いないわね」

「そうだな。……それじゃあ、俺の方から頼めば『祝福』を解除させられるのか?」

「そう思うよ」

『聞こえているのか、老いぼれ! わしをこのような場所に閉じ込めたこと、後悔させてやろうか!?』

「……私はまだ四十代だから、老いぼれと言われるような年じゃないだけどね」


 イェスペルは暴言を吐く妖精を見てひくっと頬を引きつらせ、そして虫かごごとずいっとディーノの方に押しやった。


「それじゃあ頼むよ、ディーノ君。多分、君の言葉じゃないと聞かないから」

「分かった。……おい、妖精。俺のこと、覚えているか?」


 身をかがめたディーノが呼びかけると、それまではイェスペルに怒鳴り散らしていた妖精がはっとした様子で振り返った。


『人間! おまえは、あのいい人間なの! もちろん覚えているの! わしを助けてくれたから、『祝福』してあげた人間なの!』

「……あー、その『祝福』についてなんだが。それ、解除してくれねぇか?」

『え……なんでなの? うまく効果が出なかったの?』


 それまではディーノに再会できて嬉しそうに飛んでいた妖精が、へたっと羽根をしぼませた。


「効果……は、出まくった。正直、迷惑だ」

『迷惑なの? でもわし、人間の願いを叶えたの!』

「は? 俺の願い?」

『そうなの!』


 妖精はえっへんと胸を張ると、ディーノの隣にいたエイシャの方を小さな指で差した。


 そして……とんでもないことを言った。


『人間は、こっちの人間のことが大好きなの! 大好きで大好きで仕方がないけれど、告白する勇気が出ないそうなの!』

「え?」

「ちょっ、おまえ……!」

『だからわし、人間の願いを叶えたの! 『ずっとこいつと一緒にいたい』って願っていたから、二人が離れないように、って『祝福』をしたの!』


 どや! と妖精は自慢げだが、研究室内には痛々しい空気が流れた。


(……ええと)


 そっと、エイシャは横目でディーノの方を見た。


 彼は顔を手で覆ってうずくまっており……そしていきなり虫かごを掴んで、上下に揺さぶった。


「このクソ妖精ーーー! なに人の事情を暴露してんだ!」

『はわわわ! でも、人間が抱えていたお願いの中では、一番叶えやすかったの! 他にも、『こいつをだ――』』

「やめろクソが!」


 パン! とディーノが虫かごをひっぱたくと、妖精は『ひゃんっ!?』と悲鳴を上げて床に転がった。

 大切な器具を叩かれたからかイェスペルが「大事に扱ってね……」と言うが、彼もディーノに同情しているのかかなり控えめだった。


 虫かごを掴んだまま肩で息をしていたディーノだが、彼はぎこちない動作でエイシャの方を見てきた。


「……今のこのクソ妖精の話、聞いたか?」

「き、聞いちゃった。ごめんね」

「……。……できれば忘れてほしいけど、聞かれたもんは仕方がない」


 ディーノはため息をついてから、虫かごを目の高さに持ち上げた。


「……ということだから、おまえの『祝福』は必要ないんだ」

『……分かったの! 人間、自分で告白する勇気が出てきたの!』

「……もうそれでいい。だから、さっさとこれを解除してくれ」

『んー、分かったの! じゃ、出してなの』

「……逃げたら踏み潰すぞ」


 ディーノが脅しを入れてから、イェスペルが虫かごの蓋を開けた。

 ぴょん、と飛び出してきた妖精はディーノを見て、にっこりと笑った。


『それじゃ、解除するの! えーい!』


 妖精がディーノの周りをぐるぐる回りながら声を上げると、いつぞやと同じように光があふれ、エイシャはまぶしさに目を閉ざした。


 しばらくして目を開くと、自分の手のひらを握ったり開いたりするディーノが。


「……これで解除……されたんだよな?」

「そのはず、ね。……私、外に出てみるね」

「おう」


 エイシャは研究室の外に出て、そのまま丸い建物内をぐるりと一周する。どう考えてもディーノよりも十五メートル以上離れただろう、というところまで歩いても、体に変化はない。


(解除された……みたいね)


「ただいま。……なんともなかったわ」

「俺もだ。……どうやら無事に解除されたようだな」

『そうなの! わしは約束を違えないの!』


 妖精はなぜか誇らしげで、ディーノはそんな妖精をじろっと見てからイェスペルへと視線を動かした。


「……それで? この迷惑な妖精は、このまま野放しにするのか?」

「我々は、妖精を捕まえてそのまま縛り付けておくことはしないからね。基本的には、野に返すよ」

「……ということみたいだから、いいな、クソ妖精。これからは勝手に人間に『祝福』をするな。恩返しだかなんだか知らないが、するならせめてちゃんと本人の意思確認をしろ」

『うーん……分かったの。それじゃあ、さよならなの!』


 ディーノに叱られた妖精は渋々ながらうなずくとふわりと宙に浮かび、イェスペルが開けた窓から出て行った。


(……これからはディーノの言いつけ通り、厄介な「祝福」を勝手にしないことを祈るのみね……)


 晴れた空に消えていった妖精を見送りながら、エイシャはそんなことを思った。

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