21 それぞれの奮闘~ディーノ~②
「……それで? おまえは何を思ってエイシャに近づいたんだ?」
「……エイシャ嬢の体と声でそのような下品な話し方をされるのは、癪だな」
「うっせぇな。……おまえは本当に、エイシャのことが好きだからあいつに言い寄ったのか?」
「まさか」
オスヴァルトは、鼻で笑った。
「誰があんなちんちくりんを本気にするはずがある? 見た目もぱっとしない、たかが男爵家の小娘。見るからに男慣れしていない様子だから、ちょっと優しくしたらほいほいと乗ってきた、馬鹿な女」
「……」
「それもこれも、おまえのせいだ。……ディーノ・ロヴネル。たかが伯爵家の縁者の分際で、最速で中級士官に上り詰め――その後も僕の出番をことごとく奪っていったおまえのプライドをズタズタにしてやりたかったんだよ」
「……嫌いな俺を傷つけるために、エイシャを利用したのか」
ディーノが低い声で問うと、オスヴァルトはパンパンと手を打った。
「正解。……おまえがエイシャ嬢に好意を抱いていることくらい、分かっていた。だが、エイシャ嬢を大切にしたくて、ずっと機を窺っていたんだろう? ……そうやっておまえが手をこまねいている間に僕がエイシャ嬢を籠絡したら、おまえはさぞいい顔を見せてくれるだろうと思っていた」
「……」
ディーノは、眉間に皺を寄せた――が、今の自分がエイシャの体だったと思い出し、すんっと真顔になる。
「……それにしては、丁重なもてなしをしてくれたもんだ。俺を傷つけるためにエイシャを手に入れるだけだったら、こんな豪勢な部屋に入れないだろう?」
「そうだな。……最初は、あんな小娘に惚れ込むおまえの気持ちが分からなかった。エイシャ嬢を手に入れたらせっかくだから味見だけさせてもらって、その後は泣かせて苦しませて適当に捨てようと思っていたが――途中から、おまえの気持ちが分かったよ」
「……」
「あの娘が、本気でほしいと思った。……彼女ならばきっと、僕の愛を優しく受け止めて応えてくれると思った」
「愛……? 笑わせんな」
ディーノは吐き捨てると、エイシャの趣味とは全く異なる部屋の内装を見渡した。
「おまえは、エイシャを自分の思い通りの人形にさせたいだけだろ。おまえはさっき俺がエイシャだと思っていたときに、俺の言葉を全て否定したな。……おまえは、エイシャの気持ちなんて関係ない、必要としていない。ただ自分の欲望を満たすためだけにあいつ求め、それに応えてくれないからこうして強硬手段に出た……そうだろ?」
せせら笑いながらディーノが言うとオスヴァルトの顔から表情が抜け落ちていき、やがて静かな怒気が発された。
「……もしおまえがエイシャ嬢の姿をしていなかったら、この場で八つ裂きにしていたな」
「あー、それは勘弁。俺、こんなフリフリした部屋で死ぬつもりはねぇんだ」
「……。……ならば、どうにかしておまえとエイシャ嬢を入れ替えればよいな」
オスヴァルトはディーノの服の胸元を引っ張り、ぐいっと顔を寄せた。
「おい、顔寄せんな。あと、服を掴むな。これはエイシャの体だ」
「……どうすれば入れ替わるのか、言え」
「そんなの、俺たちだって知らねぇよ。なんかの拍子に入れ替わってしまうから、ああやってエイシャを側に置いていたんだ」
あえてディーノは、「知らない」としらを切ることにした。
オスヴァルトは、ディーノが入っている状態のエイシャを抱くつもりはないようだ。彼だってこれは計算外のことだろうから、相当焦っているはず。
……もしかしたら、彼も気づいているのかもしれない。
「ディーノの体を持つエイシャが真実を知っており、助けに来ているのではないか」と。
だが、下手なタイミングで入れ替わったら今度こそオスヴァルトは容赦なくエイシャを襲うだろう。そうさせないためにも……ディーノがぎりぎりまで粘る必要があった。
「もうやめておけよ。……俺たちはなんでか知らないが入れ替わっていて、今の状態だとおまえはエイシャを抱くことはできない。そして……きっともうすぐ、捜索隊がやってくる」
「っ……ならば!」
目をつり上げたオスヴァルトが壁際に行き、そこに立てかけていたもの――細身の剣を手にしたため、ディーノはぎくっとした。
「てめぇ……」
「中身が誰だろうと、もう構わない! その体を引き裂いてやろう!」
「分かってんのか! これは、エイシャの体だ! おまえが愛した女だろう!?」
「ああ、そうだとも! だが……そうだ、体を切り刻めばおまえの魂が消滅し、エイシャ嬢が戻ってくるかもしれないだろう!」
「……おまえ、そうなった状態のエイシャを抱くつもりなのか」
さすがにそこまで行くと、ディーノの理解の範疇を超える。
愛する女性のことは大切にしたいと思うべきだろうに、この男はエイシャの体だろうと容赦なく傷つけることも厭わないつもりなのだ。
「……さすがにそこまでするとおまえ、もう騎士としてもエック家の人間としてもやっていけねぇぞ」
「構わない。エイシャ嬢さえ側にいてくれるのなら」
「……あいつはそういうのがマジで嫌らしいから、どうあがいたってあいつの心はおまえのものにはならねぇよ」
そう、エイシャはどこかに閉じ込められて喜ぶ女性ではない。
ディーノは……明るい日差しのもとで笑っているエイシャが、好きだ。
どこに行ってもいい、好きなところに行って、好きな人と話をして、好きなものを食べて、好きなことをしてくれればいい。
ただ……ディーノの顔を見たときに微笑んで名前を呼んでくれるのなら、それだけでよかった。
やってられるか、とディーノは唇を引き結び、なんとか動く体でオスヴァルトとの距離を取った――が。
「……ディーノ!」
部屋のドアがバン、と開き、二十年間慣れ親しんだ声が自分の名を呼んだ。




