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17 エイシャ、混乱中②

(無理! ただでさえ、ディーノの顔を見られないと思っていたのに……!)

 

 しかもそのディーノは肌が露出するあられもない姿で、登場してくるではないか。

 これまではディーノの筋肉を見ても「よく鍛えているわねぇ」くらいにしか思わなかったのに、いざいろいろなことを意識すると、とんでもなく卑猥なものを見せられた気持ちになった。


「おい待て、それ以上行くと――」


 ディーノの焦った声に返事をする気になれなくて、エイシャはそのまま階段の方に向かい――途中でぱっと視点が変わり、目の前にクリスが現れた。


「……あ、もしかしてエイシャ様ですか?」

「えっ? あ、私、入れ替わって……」


 ディーノの声を上げた直後、ふと自分の胸元に視線を落としたエイシャは、そこに鍛えられた筋肉があるのを見て、へなへなと床に頽れてしまった。


「やだもう、私の馬鹿……」

「……おいエイシャ! おまえさっきから何を――」


 怒ったような自分の声が聞こえてきたと思ったら、また体が入れ替わった。

 エイシャの方は座り込みディーノの方は走っていたため、いきなり走る姿勢の方に移ったエイシャの体が、ぐらりと揺れる。


「きゃっ……!」

「……ったく!」


 そのまま床に顔面を打ち付けそうになったエイシャだが、驚くべき運動神経を以てして立ち上がったディーノがすかさず駆け寄り、エイシャの体を難なく抱き留めてくれた。


「……おまえなぁ、なに奇行に走ってんだ! さっきから一人で叫んだりうめいたり……」


 ぶちぶちと説教をしていたディーノだが、肩を掴んで離したエイシャの顔を見た瞬間、彼はひゅっと息を呑んだ。


 先ほどは見ただけで悲鳴を上げてしまったディーノの胸に、エイシャは抱き留められていた。今着ているのは薄手のシャツなので、腕の筋肉の盛り上がりや胸筋の硬さもはっきりと分かってしまう。


 ……今、エイシャは自分が一体どんな顔でディーノを見上げているのか、分からない。

 もう声も上げられず、恥ずかしさのあまり涙がこぼれそうになっていて……きっと、とんでもなく不細工な顔になっていたと思う。


(うう……今日一日で、情けないところばかり見せてしまってる……)


 しかもこんな状況でも、ディーノに肩を掴まれ見下ろされているということで心臓が甘い悲鳴を上げているのだから、自分はどうしようもない。


 エイシャがずびっと洟をすすると、ディーノはさっと顔を背けて自分の右手のひらで口元を覆ってしまった。


「……ごめん。吐きそうなくらい、私の顔、ブスだった……?」

「ばっ……んなわけないだろっ。俺は、おまえのことをブスだと思ったことなんて人生一度もないし……むしろ……」

「えっ」

「……。……いや、なんでもない。とにかく、おまえも風呂に入れ」

「……う、うん、そうする」

「……ああ」


 なんだかとても気になるところをはぐらかされた気がするが、「今なんて言おうとしたの?」と尋ねる勇気は湧いてこなかった。









 顔を赤くしたり青くしたり奇行に走ったりと忙しかったエイシャだが、ディーノが促すとすごすごとバスルームの方に向かっていった。


 ……彼女に同行するクリスが何やら意味深な視線をこちらに向けてきたが、あんな目を向けられるようなことをした覚えはない……はずだ。


「なんだかいろいろ妙でしたね、エイシャ様」

「……そうだな」

「……僕には、先ほどのエイシャ様はやたらディーノ様に対して過敏になっているように思われましたが……今日、何かされたのですか?」

「何か、というほどのことはしてねぇよ」


 ウルバーノにはそう答えつつ、壁に寄り掛かったディーノは目を閉じ、先ほどのエイシャの顔を思い出していた。


 いきなり悲鳴を上げて走り出したかと思ったら案の定入れ替わり、また入れ替わったら今度は躓きそうになっていたエイシャを抱き留めたとき。

 うるんだ灰色の目に見つめられて、言いようもなく気分が高揚した。


 エイシャの目はどちらかというとつり気味で、きりっとした印象がある。

 そんな目元を緩め、甘えるように、惚けたようにディーノを見つめてくる眼差しを見ていると――ひどく獰猛な欲望が湧いてきた。


 この無垢な幼なじみを、むちゃくちゃにしたい、と。


 だがそんなことは、死んでも口にしない。

 ディーノは、エイシャがねっとりとした重苦しい恋愛を好まないことを知っている。エイシャの望まないことを強いて悲しませるくらいなら、死んだ方がましだ。


 ディーノは、エイシャは自分のことを異性として意識していないものとばかり思っていた。

 だが――先ほどのあの目を見て、「なんでこいつはこんなとろけた目をしているんだろう」ととぼけられるほどディーノは純粋ではない。


 もしかして、という淡い希望が湧いてきたが、それを自らねじ伏せる。


 自分はもう今の時点で、エイシャに辛い思いをさせている。あの「祝福」さえなければ、エイシャは今も自宅で家族と共に和やかに過ごせていたはずだ。


 それなのに、こんな不自由な生活をさせている。……そんなディーノは、エイシャに滅多なことは言えない。


 だがいずれ、イェスペルたちが妖精を捕まえてくれたら。

 あの厄介な「祝福」を解除することができたなら――


「……そのときは、俺は――」


 ディーノのつぶやきは、エイシャが湯を浴びる音でかき消されてしまった。

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