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13 それはちょっと無理②

「ごきげんよう、エイシャ嬢。……あなたは最近、体調が優れなかったようだな。ひとまず、立ち上がれるくらいには回復したのかな?」


 そう言いながら近づいてきたオスヴァルトが、さっとディーノの手を取ったので――つい、おえっという顔をしてしまったディーノは、とっさにうつむくことで顔を見られることを回避した。


「そ、そうですね。なんとか小康状態にはなりましたが、長く立っているとふらつくのです」


 だからさっさと帰らせろそしてこの手を離せ下衆が、と思うが、エイシャの力では騎士であるオスヴァルトの手の拘束から離れることができない。女性の力はかくも弱いものだと、ディーノは思い知らされた。


「あの、ですので、今日のところは失礼します。またお手紙を送りますので……」

「……ディーノ・ロヴネルか?」

「……あぁ?」


 思わず素の声が出てしまったがそれには気づかなかったようで、オスヴァルトは身をかがめてディーノと視線を合わせると、笑みを消した真顔でささやいた。


「……あなたの幼なじみだという、ディーノ・ロヴネル。彼に何か言われているのではないか?」

「……そ、そんなことはありません。なぜ、彼の名前が出てくるのですか?」

「いや、ただの男の勘だよ。……あんなやつの言うことは、真に受けなくていい」

「……」


 なんだこいつ、とディーノは眉をひそめ、ぐいっと手を引っ張ったが――次の瞬間、彼は王城の廊下に立っており、ついふらついて壁にぶつかってしまった。


「エイシャ様!? ……あ、あれ? もしかして、ディーノ様?」

「……俺だ」


 ウルバーノの声がしたので顔を上げると、自分の目線の先にはウルバーノとクリスがいた。

 壁に手をつくディーノを見て、二人は足を止めて微笑んだ。


「よかった、入れ替われたのですね」

「ということは今頃、エイシャ様はご友人と合流できているのですね。ゆっくり行きましょうか」

「……だめだ! 今、あいつの近くにはオスヴァルトがいる!」


 よろめいた拍子にぶつけた額に手を当てて、そう言ったディーノは走り出した。











 資料の整理をしていたら、クリスがやってきた。

 今、ディーノはエイシャの友人たちと立ち話をしているということなので、せっかくだから今入れ替わることにした。


(皆ともしばらく会えなかったから、お話をしたいわ!)


 どうやらエイシャが到着するまでの間、ディーノが話をつなげてくれるようだ。

 彼の気遣いに感謝しつつ、クリスとウルバーノを連れたエイシャは廊下を小走りに走ったのだが――


 くるん、と世界が回転し、エイシャの体は何か硬いものにぶつかった。


「きゃっ!?」

「おや……ふふふ。積極的なことだね」


 よろめいて倒れ込んだエイシャを、誰かが抱きしめている。エイシャが恐る恐る顔を上げると――ハシバミの双眸と視線がぶつかった。


 黒髪に、甘いハシバミの眼差し。優しい顔立ちの彼は――


「オ、オスヴァルト様!?」

「あなたの方から倒れ込んできてくれたなんて、嬉しいな。……ふふ、真っ赤になって……可愛らしい」


 すり、とオスヴァルトの右手の人差し指がエイシャの頬を撫で、かっと顔が熱くなる。


(え、え? どういうこと? なんでみんなじゃなくて、オスヴァルト様が?)


「あの……?」

「大丈夫だよ、可愛い人。……悪いことは言わないから、僕のところにおいで。あなたのおねだりなら何だって叶えるし、僕たちの仲を邪魔する者は消してあげるから」


(……えーっ!? 何言っているの、この人!?)


 今日この瞬間まで、オスヴァルトのことを紳士的で素敵な人だと思っていた。だがいきなりとんでもない病んだ発言をされて、エイシャはあんぐりと口を開けてしまった。


 友人の中には、「ちょっと重いくらいの執着がいいの」「愛するあまり監禁されてみたい」と言う者もいたが、エイシャはもっと爽やかで明るい恋愛に憧れている。監禁や束縛は、ちょっと嫌だ。


 だがエイシャの腰を抱くオスヴァルトはにっこりと笑い、硬直するエイシャの頬に唇を寄せて――


「……エイシャ!」


 突如響いた声に、エイシャははっと我に返った。

 つかつかと足音が近づき、そしてオスヴァルトとエイシャの隙間に腕を差し込んで、べりっと引き剥がした。


「……こいつに触れるな!」


 エイシャのお腹に腕を回して抱き寄せている人は今まで聞いたことがないほどの怒声でそう叫び、自分の背後にさっとエイシャを隠した。


(ディーノ……?)


「ディーノ、どうして……」

「……悪い、エイシャ。余計な心配を掛けた」

「……う、ううん、大丈夫」


 ……何が何だか状態ではあるが、助かった。あのままだったら、エイシャは監禁ルート一直線だったかもしれない。


 そう思うとどっと安心できて、エイシャはディーノの上着をぎゅっと掴んだ。

 いきなりのディーノの登場に面食らっていた様子のオスヴァルトだが、エイシャのその動きを見て片眉を跳ね上げた。


「……ふうん。ディーノ・ロヴネル。君は何だかんだ言って、エイシャ嬢を籠絡していたんだね」

「人聞きの悪い言い方をすんな」

「……はは。騎士団ではこんな必死になった君の顔、見たことないな。……まあいいや。エイシャ嬢、僕はあなたを諦めるつもりはないから、お利口に待っているんだよ」

「失せろ」


 ディーノが唸ると、オスヴァルトはおもしろくなさそうな顔をしてひらひらと手を振り、きびすを返した。


(行ってくれた……)

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