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白濁の王 ~某大手マヨネーズ会社社員の孫と女騎士、異世界で《麻薬王》となる~  作者: 伊藤ヒロ
第六章「油と野獣(オリーブ・アンド・ブルート)」
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ボーン・アイデンティティ

 俺とカーラがフィル=セロニオ郷へと戻ったのは、さらに翌々日のことだった。予定より三日ほど遅れての帰城となる。


「ああ、カーラ・ルゥ、こんなに遅く帰ってきて! わたくし、うんと心配したのよ?」


 やっと帰ってきたカーラを、シア姫は前回と同じく車椅子から立ち上がらんばかりの勢いで出迎えた。

 姫にとって家族であるこの剣騎士の不在はひどくストレスになるのだろう。カーラを長々と連れ回したことを、俺は申し訳なく感じていた。

 とはいえ――、


(シア姫、前より顔色がいいな?)


 その点も、多少気になるところではあった。


 初対面のころ、姫の肌は透き通るように白く、悪く言えばまるで幽霊か死人のようだった。――なのに今ではずっと血色がよく、わずかに赤みがかかっている。目も前より生き生きと輝いていた。

 その差には、カーラもすぐに気づいたらしい。


「姫様、もったいなきお言葉。このカーラ・ルゥ、感激の至りにございます。姫様におかれましては、ご機嫌麗しゅう……と言いますか、どうなされたのです!? 挨拶の世辞などではなく、本当にお体の調子がよろしいようです!」

「フタバのお料理のおかげよ。あんまり美味しいものだから、最近は出されたごはんを毎食残さずに食べられるようになったの」

「おお、なんと……!!」


 姫の車椅子を押しながら、ふたばは『えっへん』と冗談めかして威張っていた。だが実際、ふんぞり返るくらいの資格はあるだろう。


「えっへん。これまで味もそうだけど、栄養のバランスを考えずにごはん食べてたからね。そのへん、うんと改善したの。それから、こないだお兄ちゃんたちがお土産でくれたお野菜あったじゃない? あれの余ったものをお漬物にして、毎日ちょっとずつ食べられるようにしたんだから。

 ――あと散歩してたら、野生のキュウリやらトマトやらキャベツがあって、この世界じゃ観賞用にしか育てることはないらしいんだけど、それも食べるようにしてるんだよ。ねー、姫様?」


「そう。フタバはすごいの。領民たちにも料理を教えて、今では皆から『先生』と呼ばれているのだもの。昨日も『フタバの料理で子供の病気が治った』と大喝采だったわ」


 ふたばのやつ、ちょっと見ないうちに、いろいろと改革を進めているらしい。


「それでお兄ちゃん、今回はお土産ないの? お野菜とか」

「ああ、あるぞ。野菜と干し肉を買ってきた。ほら」

「やった! ネギがある! 知ってた? ネギって、切れっぱしを土に植えると、また伸びてくるんだよ。この現象を利用すれば、しばらくはネギが食べられるよ!」

「そうか」


 妹は妹で、上手くこの世界で生きているようだ。


(もしかすると、妹{ふたば}こそが『主人公』であるのかもしれない……)


 俺たち兄妹は、まるで小説や漫画のように異世界に飛ばされてきたが――本当に小説や漫画といった物語の中だとすれば、その主人公は悪に走った俺でなく、善行を重ねるふたばの方であったろう。まったく、たいした活躍ぶりだ。これならば――。



(……これなら、俺になにかあっても大丈夫だな)



 そう感じた。

 もし俺に万一のことがあっても、ふたばはこの世界で生きていけるに違いない。――そう思うと、少しだけ安心してマヨを売ることができる気がした。


「ところでお兄ちゃんたち、しばらくはお城にいてくれるんでしょう? またすぐ出かけたりはしないよね?」

「いや、それなんだが……」




 その日の真夜中、俺は寝室をこっそり抜け出し、馬小屋に向かった。

 小屋には先に、カーラが来ていた。


「遅いぞ、キョーイチロー」

「すまない。ふたばがなかなか寝なかったんだ」


 二人揃ったところで地面を掘り、銀貨の入った袋を取り出す。

 そして中身が盗まれていないかを確認した上で、今回の売り上げ分を一緒に埋めた。


 今回は、銀貨九七枚。――マヨを売って得た金は一二〇枚だったが、今回はいろいろと経費を使った。たとえば調査のために売人から駄マヨを買ったり、情報料を払ったりと『いろいろ』だ。思った以上に使ってしまった。

 俺は金額に間違いがないか、銀貨の枚数を数えなおす。


「よし、問題ない。カーラ、念のためお前も数えるか?」

「否、不要だ。キョーイチローのことを信用している」

「そうか……。どうした、カーラ? 元気ないな?」


 暗がりで見えにくかったが、どこか浮かない顔に見えた。相変わらずポーカーフェイスの苦手な女だ。


「うむ、実は……姫様のことであるのだ。この私がいなくても――否、私がいない方が、姫様はすこやかにお過ごしになられるのではなかろうか? お仕えして以来、あのように血色のよい姫様のお顔は初めて見た」

「なんだ、ふたばにやきもち焼いてたのか」


 いや、やきもちとは少し違うか。――自分にできないことを来たばかりのふたばが成し遂げたので、アイデンティティが揺らいでいたのだろう。


「フタバだけではない……。貴様もだ。私がいなくとも、キョーイチローさえいれば“まよねず”は作れる。結局、姫様を救うのは私ではなく、客人である貴様たちなのだ。無論、感謝はしているが……」

「カーラ……お前は勘違いをしてる」

「勘違い? どういうことだ?」


「お前は姫様にとって大切な人間だし、料理以上のものを与えることができる。

 それに――マヨネーズは、お前の力なしには存在できない。お前が姫を救うんだ」


「キョーイチロー……私を慰めるために、適当なことを言っているのであろう?」

「違う。本当だ。お世辞なんて今さら言うか。――いいか、マヨネーズにとってお前は絶対に必要な存在だ。もうすぐわかる(・・・・・・・)

「もうすぐ……?」


 そうだ。もうすぐだ。

 それも、目に見える形で、はっきりとわかることになる。


「カーラ、明日からまた出かけるぞ。俺たちの持てる力をフルに使って『勝負』する。第六天使(シクス)と白い牙〇一九、その両方を相手に戦うんだ」


 俺たちの力、それは即ち――、




「剣と陰謀とマヨネーズだ」




『剣』は、カーラの武力のこと。

『陰謀』と『マヨネーズ』も、カーラがいてこそ使える力だ。






「――では、またしばらく出て参ります」


 帰ってきた翌朝というのに、カーラとキョーイチローはまたおんぼろ馬車で旅に出る。

 シア姫は遠ざかる二人の背中を、寂しげな目で見送った。


「姫様、そんな顔するもんじゃないですよ。カーラさんがいない間、またわたしが遊んであげますから」

「フタバ、ありがとう……。でも、わたくしは寂しいだけではないの。カーラ・ルゥのことが心配なのよ。それに、もちろんキョーイチローも」



 あの二人は仲が良すぎる。

 きっと『自分やフタバに言えないこと』をなにかしている。



 キョーイチローはともかく、カーラとは長いつき合いだ。そのくらいは察しがついた。

 とはいえ――、


(可哀想なスー・キリル・グレンセン……。でも、どれだけ責められようと、わたくしだけはカーラ・ルゥの味方になってあげなければ――)


 この姫は、カーラの隠す『自分やフタバに言えないこと』を、ただの色恋沙汰だと信じていた。

 真相はもっと物騒で、ずっと闇の深いものであったというのに……。






 同時刻――。ミ・メウス市、第六天使亭。


「親分、大変でさァ! 起きてくだせえ!」


 少年奴隷たちに囲まれながら眠る第六天使(シクス)は、子分たちの乱暴なノックで目を覚ます。


「なんだァ、手前ぇら!? くだらねえ用事だったら殺しちまうぞコラァ?」


 眠たげな目のまま頭を掻きつつ、そう凄んでいた彼女だったが――。


「いいから来てくだせえ! 倉庫の“まよねず”が……」

「“まよねず”がどうした?」

「“まよねず”が腐ってます! ほとんどの壷で――いや、下手をすりゃあ全滅です!」


 巨万の富をもたらすはずの、あの白濁が。

 報告を聞き、さすがの第六天使(シクス)も青ざめた。






 この日を境に、事態は大きく動き出す。

 キョーイチローとカーラが《白濁王(キユーピー・キング)》と呼ばれるまで、あと少し……。


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