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馬小屋

「姫様――忠実なる騎士カーラ・ルゥ、ただ今戻りました!」


 俺とカーラはまた一日半かけてフィル=セロニオ郷へと帰り着く。城の門をくぐったのは、夕方になってからのことだ。

 カーラが片膝を着いて、シア姫に帰城の挨拶をすると――、


「ああ、カーラ・ルゥ、おかえりなさい! なかなか戻って来ないから心配したわ!」


 姫は熱烈な歓迎ぶりを見せた。

 車椅子から立ち上がらんばかりの勢いだ。四日ほどしか留守にしていなかったが、どうやら寂しがらせてしまったらしい。


 対比的に、うちの妹などはあっさりしたものだった。


「お兄ちゃん、カーラさんと仲良くやってた?」

「……? 妙な訊き方をするんだな? まあ、仲良くやってたけどな」

「ふうん、そう? それじゃあ、その……『仲良くしすぎ』てはないでしょうね?」

「仲良くしすぎ? なにを言ってる?」

「べつに……。違うならどうでもいいけど」


 妙なことを言う妹だ。




 その後、俺たちは風呂――といってもタライに湯を張っただけのもの――で旅の垢を流し、服も着替え、ひさしぶりに皆で夕食を食べる。

 土産で買ってきた、余所の村の野菜をたっぷり使った料理だ。

 このフィル=セロニオ郷ではなによりも贅沢なメニューだった。



 気がつけば、すっかり夜も更けていた。

 ここ数日、ずっと馬車に揺られていたため、地面に立っていても、まだ世界がガタガタ揺れているように感じる。

 体は小指の先まで疲れきっており、さっさとベッドで眠ってしまいたかったが――、



(その前に、やることが一つ残ってる……)



 稼いだ金を隠さなければ。夜中、俺とカーラは密かに部屋を抜け出した。


「どうだ、キョーイチロー?」

「ああ、問題ない」


 城の馬小屋は、もう何ヶ月も使われていない。


 以前はこの城でも馬を飼っていたが、餌代や馬番の給金が払えなくなったため、出入りの商人を通じて売り払ってしまったのだとか。

 おかげで馬が必要なときは、近所の農家から農耕馬を借りる羽目になっていた。


 俺たちは、だれも近寄ることすらない馬小屋に入り、隅のところに穴を掘ると、皮製の袋を九つそこに埋めた。



 銀貨10枚ずつ入った袋を九つ。計九〇枚。



「これでよし、と……」


 上に藁くずを積んでおけば掘り返した跡も見つかるまい。

 多少無用心ではあったが、城の中には隠したくない。万一の際、姫やふたばに法の手が及ばぬように――。

 ただの気休めではあったのだが、俺たちが金の次に欲しかったのはこの『気休め』というやつだった。


「隠し場所も大事だが、そのうち『使える金にする方法』も考えないといけないな」

「どういうことだ、キョーイチローよ? この銀貨は使えぬのか?」

「貧乏なはずの姫様が、急に大金を持ってたら怪しまれるだろ。まあ、急いで思いつく必要はないと思うが……。これは食事のときに頭に浮かんだ方法なんだが――なにか、ダミーの商売をするんだ。行商かなにか。で、帳簿をいじって経理をやりくり(・・・・)して帳尻を合わせる。いわゆる『裏帳簿』ってやつだ」

「ウラチョーボ? 意味がよくわからぬが……それは、どうやって作るものなのだ?」

「それはだな、ええと……」


 言わなければよかった。家計簿くらいしかつけたことのない俺には、帳簿の作り方なんてわからない。まして巧妙な裏帳簿など、想像さえもつかなかった。


(こんなことなら、簿記の資格でも取っておけばよかったな。そういえば、あいつ(・・・)は工業高校の商業科で、簿記の試験がどうだとか言ってたような――)


 もちろん、だからといって会いたくもないし会えるはずもなかったが。

 次から次へと足りないものばかりが見つかる。

 さらにもう一つ『足りないもの』があったと知るのは、三日後の朝のことだった。




 三日後――。


「油が足りない!?」


 カーラから衝撃の報せを聞き、俺は思わず声を上げた。

 そろそろ新たなマヨネーズを作ろうかと、仕度を始めた矢先のことだ。


「シッ。キョーイチロー、声を上げるな」

「ああ、すまない……。けど、どういうことだ? 油は安いんじゃなかったのか?」


 そもそも『この地方では油は安価で、簡単に手に入る』という話をカーラから聞いていたからこそのマヨ密売であったというのに。


「安くとも、いくらでも量があるというわけではないのだ。まさか前回、あれほどの量を使うとは……。私もこんなに減っているとは気づかなかった」


 たしかにマヨネーズは油を大量に使う。マヨの原料は八割が油だ。

 10キロ分のマヨネーズによって、城の備蓄はほとんど使ってしまったらしい。


「じゃあ、残りはもう全くないのか?」

「いいや、そうではない。料理や灯りに使う分は一ヶ月分ほど残っている。それを根こそぎ使えば、次の取り引きの半分ほどは賄えよう」


 それでも、せいぜい半分程度か。


「だが、使い切ってしまえば、当然、城で使う分がなくなって、姫様やフタバにも怪しまれるであろう。どうして急に減ったのか、と」


 たしかに、それは困るな……。


「カーラ、普通に買うんじゃ駄目なのか? どこで買える? いつもは、どこで手に入れてるんだ?」

「普段なら買ったりなどせぬ。年に一度、領民たちが川辺で水オリーブの実を取って油にする。それを皆で分け合うのだ。――どうしても足りなくなったら、他の者たちから分けてもらう。なので使う量が増えれば、すぐに知られてしまうだろう」


 失敗した。俺もカーラもなんたる迂闊。材料のことを忘れるなんて。


(城の油をかき集めて、半分だけでも取り引きするか……? いや――)


 そうもいくまい。第六天使(シクス)の前であれだけ大口を叩いたんだ。『商品を用意できなかった』では通るまい。


「参ったな……。どこか近くで買えないのか?」

「近場の村は、どこも似たような状況だ。ミ・メウス市まで行けば手に入るだろうが」

「そうか……。前回、油も買っておけばよかったんだな」


 だが、ミ・メウス市までは片道で約二日。

 その後にマヨネーズを作って再び運ぶのでは、取り引きの日に間に合わない。


(いや――卵を持ってミ・メウスに行き、向こうでマヨネーズを作ればいいのか……。それどころか、卵も金を出して買うという手もあるが――)


 しかし、できれば、こっちで余裕をもって製品を作りたい。

 それに、材料を知られたくなかった。『俺たちを用済みにできる』と想われたくない。


「ちなみにキョーイチローよ、塩もそれほど残りがあるわけではない。ぎりぎりの量だ。専売制ゆえに高価であるため、さほど余分には買い溜めていないのだ」


 また問題が増えた。頭が痛い。


「カーラ、とにかくまずは油だ。本当に油が買える場所はないのか? それも、できれば大量に――今回の分だけでなく、今後の分までだ。そんな商売の相手はいないか?」

「難しい条件だな……」


 カーラはしばらくの間、難しい顔をして考え込んでいたが、不意に――、


「あ……っ」


 と、いかにも『なにか思いついた』というような声を漏らした。


「どうした、カーラ? なにかアイデアが浮かんだのか?」

「いや――やはり無理であろう。お伽噺ではあるまいし……。この地方でも、かつてはやっていたと聞いてるが、とはいえ――」

「いいから言ってくれ」

「うむ……。笑うなよ?」


 そう前置きしてから、カーラはこう言葉を続ける。



暗き森(クエルセス)のオークどもと取り引きするのだ。――お伽噺の“オーク油”を手に入れる」



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