第106話 変化する気持ち<ベヘモスside>
「暇だな」
ダージュはあまりの暇さに退屈しながらコーヒーを啜っている。そこには、ルシ姉様とボクもいる。
ボク達3人がいるのはゼオルクの街にあるカフェ。
「確かに暇かも知れんが今はこの平和を満喫するのもいいだろ」
「だがよルシス。俺様達はその平和を満喫する為にわざわざここに来たわけじゃねえんだぜ? しかも出来損ないとは言え、アレを俺様の手で潰したかったぜ」
「でも下手に手を出していたらきっと和也さんが怒っていたと思うよ? それに、ゼストから街を守れと言われていてでもさ、下手に手を出して"奴ら"に勘付かれでもしていたらそれこそあの方に怒られていたかも知れないじゃないか」
ボクがそうしたためると、ダージュは唸る事しか出来ないでいる。
そんなボクは、メロンフロートを両手に持ち、ストローをちゃんと使って飲んでいる。
「しかしB、お前変わったな」
「ん? なにがだい?」
「昔のお前はそんなんじゃなかったろうが」
「だからなにが?」
いったいボクの何が変わったって言うんだダージュの奴。
「ダージュが言いたいのは、昔に比べて女の子らしくなったって言いたいのさB。昔のBも良いが今のBの方が好感を持てるな」
「……へ?」
ルシ姉様にそう言われ、なんだかボクの顔が熱くなった。
その時。ボク達3人は知ってる気配を察知して、店の反対側にある路地裏に視線を向けた。
「どうやらあの方の使いが来たようだな」
ルシ姉様がそう言って立ち上がるから、ボクとダージュも立ち上がり、路地裏へと向かう。
「待たせたかぁあ?」
路地裏へ入ると、影に隠れて男口調の女が声をかけてきた。でもその姿は確認出来ない。
そこにはもう1人、その女とは別の女がいる。
「いや、コーヒーを嗜んでいたからそんなに待ってはいなかったさ」
ルシ姉様がそう応えると、声をかけてきた女はケタケタと笑いながら「そうか、そうつぁよかった」と返してくる。
でも、ケタケタと笑っていたかと思うと、女の態度が一変した。
「兄様の伝言だ」
その言葉にボク達はその場に跪く。
「「はっ! なんなりと」」
それだけで、どれだけ格上の方からの伝言なのかが窺い知れると思う。
「そっくりそのまま伝えるぜ? 誰でも良い、バルメイアを滅ぼせ。やり方はお前達に任せる。その場にいる命は誰であろうと誰一人として生かすな。全ての命を捧げろ」
物静かにだけど、その言葉ひとつひとつから圧倒的な恐怖が滲み出ている。
伝言とは言え、その言葉にボク達は体を震わせ、汗が滲み出る。
「だがあの街には自衛隊がまだいるんじゃ」
そう質問したのはボクだ。
「向こうにいる自衛隊ならとっくに戻って来ている。だが、例えまだ残ってる奴がいようと関係ねえよB。兄様からの伝言を聴いていなかったのか? 兄様は誰であろうと誰一人として生かすなと言ったんだぜ? ……ぶちのめすぞテメェ……」
「ご、ごめん……」
怒気を感じたボクは歯を鳴らし、震えながら謝罪の言葉を口にすることしか出来ないでいた。
「まぁいい……。んで、兄様はこうも言った。バルメイアを滅ぼした後は"竜国"へ戻れ。つまり兄様はこう言いたいのさ。もう時期、時が満ちるってな」
時が満ちる。それを聴いてハッとした。
「バルメイアには既に祭壇が用意されている。後は時期が来たら……分かってるよなぁ?」
それが嬉しいのか、その口調からは喜んでいる事がよく分かる。だけど……。
「来る約束された日は近い。それともうひとつ、伝言を預かってる」
そう言うと、小声である事を伝えてきた。それを聞いたボク達は流石に驚いたよ。
「分かったな? つまりそう言う事さ。だから決して手を出さず、傍観をキメてりゃいい。決して連中の邪魔をするな。奴らは奴らなりに、兄様の為に動いているんだからよ」
するとそこで、後ろにいるもう一人が口を開いた。
「そろそろ時間です。早く戻らないとにぃにに怒られますよ?」
その声はどこか涼しさを感じさせつつ、ボクでも可愛らしいと思える声をしている。
だけどボクは正直、その女が発している禍々しい気配は好きになれない。
「あ? 確かにそうだな。んじゃそろそろ戻るとしますか」
そう言うとその場を後にしようとしたけど、そこでボクは待ってくれと声をかけた。
「あの方は……その……、人間達も滅ぼすつもりなのかな……」
その疑問を聞いたルシ姉様とダージュの二人は、ボクを睨んだ。
「B、お前は人間達と仲良くし過ぎた様だな」
「ルシスの言う通りだ。あの方が人間を滅ぼせと仰るなら、それに従うのが俺様達の役目だ」
そう言われても、やっぱり納得が出来ない。
「だってあの方はにグッ?!」
「ビイィィ……、それ以上下手な事を俺様達の前で言うんじゃねえぇぞ?」
ボクの話しを遮り、ダージュがボクの首を鷲掴みにして怒りを露にした。
「あの方が黒と言えば白いもんでも黒。殺せと言えば殺す。俺様達はあの方の剣だ、その事をテメェは忘れちまったのか?」
「そ……、それでもボクは納得出来ない!」
ボクはダージュの手を引き離し、自分の考えを伝えた。
「だってそうだろ?! あの方は言ったじゃないか! 出来る事なら人間と仲良く共存出来たら良いなって! 言っていたじゃないか! バルメイアを滅ぼすのはボクも賛成だよ! だからと言ってそれ以上の命を刈り取る必要がどこにあるって言うのさ!」
「テメェ……、それはあの方に逆らうって事と一緒だって事を分かってて言ってんのか?」
ダージュの表情が益々怒りに染められていく。
ボク達にとって、あの方は絶対的存在。その意志を、ボクは信じられない想いでいっぱいになっていた。
「落ち着けダージュ、B」
そんなボク達を落ち着かせようと、ルシ姉様が間を割って入った。
「なあ、本当にどうしたんだB? 昔のお前ならダージュと一緒に我先に暴れ回っていたじゃないか。それが今はどうだ? あの人間達と一緒に行動してるうちに随分と丸くなったじゃないか。そんなにあの人間達が気に入ったのなら私があの方に相談をして、なんとか殺さないように頼んでも良いんだぞ?」
「ち、違うよ、そうじゃないんだルシ姉様……」
ボクは悲しくなった。
別にそんなんじゃない……、でも……、どう表現したら良いのか解らないから、何も言えずただ頭をゆっくりと横に何度も振るうことしか出来なかった……。
すると今度は男口調の女が口を開いた。
「それは大丈夫だろ。兄様もBがあの人間達を随分と気に入っている事は知ってるからな。だからあの人間達を決して殺す様な事は言わないし、しないだろ。んじゃ、それで解決って事で良いな? 良いよな? じゃぁ俺達はそろそろ行くとするからよ。後は任せたからな」
そう言って姿の見えない2人の気配が消えかかろうとした時。
「でも、アナタ達はゼストの命令も受けている。だったらここは、バルメイアは私が滅ぼしますから、ここはお願いしますね」
もう1人の女がそう言うと、完全に気配が消えた。
違うんだ……、そうじゃないんだよ……。
なんで……、なんでそんな事を言うのですか………。
もうボクは何も言えなくなっていた。
ボク自身が分かっているからだ。あの方の伝言を伝えに来た2人が、嘘を伝える事は絶対に無い。
つまり、その伝言は紛う事なき、アルガドゥクス様本人の御意志であり、絶対命令……。
ボクはアルガドゥクス様を心の底から慕っている。だから、その命令を無視する事が出来ない。
信じたいのに信じられない……、どうしてそんな御命令を出されたのですか……?
ボクは知っている。人間がどれだけ愚かで救い難い存在なのかを知っている。
でも知ってしまったんだ。人間のぬくもりや温かみ。どうしようもなく馬鹿だけど憎めないし、一緒にいると楽しい事を。
共に笑える幸せを……。 ーー
ーー 2日後 ーー
16:40
「おい! 急いで避難誘導を始めろ!」
「ダメです! 人手が全く足りません!」
「その前に下手に動けば我々が殺されるぞ!」
「それでもアレが動き出したら一瞬でここら全体が焦土になる! なんとかして出来るだけ多くの命を守るんだ! おい! 他の部隊はなにしてる?!」
「全部隊に緊急連絡! こちら特地第一駐屯基地! 第一種非常事態宣言発令! 繰り返す! 第一種非常事態宣言発令!」
「馬鹿違う! "第零種非常事態宣言"だ!」
【第零種非常事態宣言】 発令
「くそっ! なんでよりによって奴が目覚めた?!」
「そんなの解りませんよ!!」
「特地第一駐屯基地より緊急連絡! ゼオルクにて【第零種非常事態宣言】を発令致しました! …………そうです! 【第零種非常事態宣言】です! …………はい! 間違い無く奴です! ……………………寝惚けてる訳が無いじゃ無いですか!! 嘘も何も! そんな冗談をわざわざ言う馬鹿がどこにいるって言うんですか!! 正真正銘の地獄が目覚めたんですよ!! 地獄が!!」
"地獄" 覚醒




