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ピンクを隠すならピンクの中 ※いかがわしくありません、これは修道院のお話  作者: 頼爾@11/29「軍人王女の武器商人」発売


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8 まさかの神頼み

いつもお読みいただきありがとうございます!

「院長は隠れてろって言ったけど……相手の人数も分からない。シンクレア、森に逃げ込む準備をしておいて。それ、魔物が嫌がるお香。あと何か武器になりそうなものを」


 アリアは山小屋に置かれていたシャベルを手に取りながら、マッチとお香を指差す。たてかけてある猟銃は扱えないので、私は慌ててフライパンを手に取る。

 アリアがこんなに長く喋るのを初めて聞いた。不思議なことに、先ほどと違ってアリアの声は頭に何度も響くようには聞こえない。


「山小屋を囲まれたら逃げられなくて大変だから。火をつけられても困るし。やっぱり森に逃げないと」

「あ、アリアさんも森に一緒に行った方が……」

「私、十分戦力になるから大丈夫。もしここまで何人も来るようならためらわずに逃げてね。裁判でシンクレアが証言しないとあいつら有罪にならないから。何もしなくても神様が有罪にしてくれることなんてないからね」


 二人とも、神様に対して手厳しい。

 いいや、むしろ人間に対して手厳しいのか。


「こ、ここまで私を狙ってきている時点ですでに有罪じゃ……それにお二人に危害を加えるのでも十分に有罪……」

「確かに。でも、生き残らないとそれも証言できないから。火でも点けられて証拠隠滅されたら終わりじゃない? 修道院が火事になってシスター三人死亡で終わるから。騎士団に内通者がいるんでしょ? もみ消されるわよ」


 その時、修道院の方向から馴染みのある銃声がした。院長が発砲したのだ。


「ひっ!」

「来た。早く森に隠れて」


 アリアに急かされて、お香とマッチとともに山小屋の裏の木の後ろに隠れる。

 マッチを擦るが、手の震えが酷くてなかなか火がつかない。


 四苦八苦して、やっとお香に火がついた。

 離れたところにお香を置いて、震えながら木の陰に隠れて座り込む。


 やがて、バタバタと複数の足音と話し声がした。


「いたぞ、ピンク髪の女だ!」

「現場を目撃されたのはあいつか? さっきの猟銃構えた年増じゃないだろ、さすがに」

「わかんねぇ! あんなに美人じゃなかった気もする!」

「もうちょっと若かった気も⁉」

「おい、こいつに聞きゃわかるだろ」


 複数の男性の声がする。


 あれ、私の顔をひょっとして相手は知らない?

 夜だったし、ピンクの髪っていうことだけ? 数分会話をしたし、私は相手の顔をしっかり覚えていたから相手もそうだとばかり。

 じゃあ、私も戻ってフライパン振り回した方がいい? その前にノアや騎士団の人達はどうしたの? 誰も来ないの?

 早くしないと院長とアリアさんが!


「いや、あれじゃないです! クレアはあんな美人じゃありません!」


 引き絞るような声で失礼な内容が聞こえた。

 もしかして今のはロランの声じゃない? 居場所はバレたけれど、私の顔は覚えていないから元恋人のロランを連れて来たってこと?

 顔を出して確認したいがやめる。


 ロランだけよね? 食堂の同僚に迷惑かけてないよね?

 酷い言葉を言った元恋人のロランよりも、食堂の同僚たちが誘拐されていないかを私は心配してしまう。


「ねぇ、私、綺麗?」


 オロオロしていると、アリアの声が聞こえた。また、あの耳に響く不思議な声だ。


「は? この女、自意識過剰だ……ろ……あれ?」

「なんか……フラフラして……」

「バカ、薬のやりすぎだ……」


 麓の村で買い物をした時の言葉だ。

 フライパンを握りしめながら震えていると、男たちの声の様子がおかしくなってバタバタと倒れる音が聞こえる。


 思わず、木の陰から顔を出して山小屋の方を見た。

 オオカミの入れ墨を入れた大柄な男たちが、不自然に転がっている。アリアがシャベルを振り回して倒したということはない。

 そして大柄な男の下敷きになっているロランらしき人物も見えた。


 アリアはこちらを振り返ると、再び外していたベールを引き上げて「もう大丈夫。しばらく起きないから」と笑った。


 ほっとしてフライパンを手に立ち上がり、アリアに近づこうとした。


「後ろ!」

「へ?」


 アリアの目が驚きに見開かれた。振り返ろうとした私は、後ろから誰かに羽交い絞めにされてすぐに動けなくなった。

 男の集団にばかり気を取られて、一人別のルートで向かってきたこの男に気づかなかったのだ。

 アリアはすぐにベールを引き下げると、先ほどと同じ言葉を繰り返す。


「ねぇ、私、綺麗?」

「無駄だ。俺にあんたの魅了は効かない。元々そういう体質なんでね」


 私の耳に届いたアリアの声は何重にも重なって甘美に聞こえた。頭がクラクラする。

 魅了? 魅了って何? おとぎ話によく出てくるやつ?

 あれ、でも王子様に魅了を使った平民あがりの令嬢が十年少し前にいるって聞いたことがあるような……。

 手に持ったフライパンがずるりと落ちかけて、我に返って手に力を入れる。


「このお嬢さんには効いちまったな。はは、抵抗されなくてありがたいことだ」


 知らない声だ。私を羽交い絞めにするこの人は誰だろう。

 まさかこの人が騎士団の内通者? 話しぶりからしてそんな感じだ。でも、あのメガネの騎士の声じゃない。そのくらいは聞き分けられる。


 クラクラする頭で考えていると、ジャキンという金属音がした。


「その子を離しな」

「おっと、院長。生きていらっしゃったか」

「アタシは神様に愛されてるんでね。チンピラなんて敵じゃないんだよ。それに、もうすぐ騎士団が来るよ。シンクレアを置いてとっとと失せな」

「あいつら、バカな上に使えないとは」

「はっはっは。これが神様のご加護ってもんよ」


 頭をもたげると、いつの間にか現れたローラ院長が猟銃をこちらに向けて構えていた。


「残念ながら、このお嬢さんに証言されたら俺はブラックウルフズから恨みを買ってしまう。やっとできた金蔓なんだ。だから、あんたたちには退いてもらおう」


 私を羽交い絞めにする男は私の首元に煌めくナイフを突きつけた。冷たく鋭い感触に思わずうめき声が漏れた。

 院長の眉がピクリと動く。


「さて、院長。その物騒なものを仕舞ってもらえるかな。俺はこのお嬢さんを処分して逃げないといけないんでね」

「その子はうちの食事係だよ。胃袋掴まれてるんだ、渡すわけないだろうが。それに、あんた、銃を下ろしたところで全員殺して逃げる気だろ」

「大丈夫だから」


 アリアが険しい表情で放った言葉で、私の体の震えは不思議と止まった。


「ははっ、まさかこの修道院に毒婦ローラと魅了のアリアが揃ってるとはな。これこそ神も驚くだろう」

「神様はそんなアタシたちでも愛してくださるのさ。ちなみに、何でここが分かった?」


 ローラ院長はらしくないことを言いながらも、猟銃を構えたままだ。

 彼女が撃たないのは、私の首にナイフが食い込んで血が垂れ始めているせいだろう。

 ナイフの冷たさを感じながらも「毒婦ローラ」と「魅了のアリア」なんていうやや病的なネーミングが気になって仕方がない。そんな場合ではないのに。


「ノアの奴を尾行しても、机を漁っても何も分からなかったからな。あいつ、ちゃらんぽらんなようで仕事はできる。仕方がないから、会計係の男の子供を誘拐して脅すしかなかった」

「あんた、罪深いねぇ。そんな乱暴な手を使えばすぐ足がつくだろうに」


 確かにそうだ。子供の誘拐までしたのなら相当焦っているはずだ。


「裁判も近づいてピリピリしてるからな。こんなこと、シスターに聞いてもらってるなんてまるで懺悔みたいだな、ははっ。まぁ、会計係だって詳しくは知らないが、あいつは騎士団の金の流れを知ってる。最近二か所の村に関わる経費がやけに増えていると言っていた。どっちかに女を匿っていると睨んだが、確率は二分の一。しかもブラックウルフズのあいつら、バカだから女の髪の色しか覚えてないときた。仕方ないから麓の村で女の元恋人に何人も確認させる羽目になって、結局ここの修道院だったってわけだ。もう一つの方の村にも向かわせてるが、俺は二分の一の賭けに勝った」

「あんた、そんな横暴なことしなくても真面目にやれば騎士団でかなり出世できるよ。どこを脅せばいいか分かってるし、運も強いんだろ?」

「残念ながら、貴族の縁者が無能でもさっさと出世していくんだよ。どんなに真面目にやってたって無駄だから、出世せずに稼ごうと思ったら金蔓を見つけるしかない。ブラックウルフズと宗教組織はいい金蔓だったんだが、宗教組織の方はブラックウルフズの乱暴で杜撰なやり方が気に入らないって、最初に頼んできたにもかかわらず最近じゃ手を引こうとしてる。そうはさせるかよ」


 男は私を羽交い絞めにして院長と話しながら、どんどん後ろに下がる。後ろは森で、背の高い木々のせいで薄暗い。


 院長とアリアは追うように前に進んでくる。


「その子を殺したって、アタシたちまで殺さないと証言されて結局意味がないよ。あんた、あたしたちを相手にして逃げ切れるのかい? 言っとくけど銃は下ろさないよ」

「毒婦と魅了使いの言うことを誰が信じる? シスターの格好をしてたって中身はどうだか、証言台に立てるのかよ。石投げられるぞ。まだあの頃のことを覚えている奴らはいるだろ。あんたらの過去を暴露すれば証言の信ぴょう性なんて地に落ちる」


 過去がどんな話なのか知らないが、この二人は知り合って少ししか経っていない私のことを全力で守ろうとしてくれている。

 私にはそれで十分だった。他愛もない会話をして、どうでもいいことでげらげら笑って、神様なんていないなんて言って。

 ここに匿われて、血はつながっていないのに家族みたいな関係だった。私の思い描いたような理想の家族。


 もう頭のクラクラはないが、男にナイフを突きつけられているのでだらりと脱力したように見せかけて抵抗はしないでいる。


 その時、ガサガサと近くの茂みから音がしてホーンラビットが空気を読まずに姿を現した。

 移動したせいで魔物が嫌がる香の範囲から外れてしまったのだ。

 ラビットだからウサギより少し大きいくらいなのだが、ジャンプしてあの角でぐさっとやられたら致命傷になることもある。


「はは、魔物まで出てきたな。院長、どうする? 俺はこの子を盾にして逃げおおせるぞ。こんな女一人、どうなったっていいだろ? あんたらのことは手出ししないから、それで手打ちにしよう。なぁに、あんたらは元の生活に戻るだけだ」

「元のわびしい食卓にってことかい?」


 アリアはベールを外して何かしようとしたが、院長に止められている。

 院長はホーンラビットと私を交互に見てぐっと眉間にシワを寄せたが、すぐにその唇に笑みをのせた。


「シスター・シンクレア。神に祈りな」


 院長の口から出たのは、まさかの神頼みの言葉だった。


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