カウントダウン・三
基本方針はここに来る前に話し合い済だ。あくまで基本であり状況に合わせて臨機応変に動かなければならないけど。
ゼピュロスが地上に居るうちはウルが接近戦を挑み、わたしとレグルスは近付ければ直接攻撃を仕掛け、無理そうならわたしはウルの、レグルスはわたしのフォローをする。
空を飛ばれたら【雷網の矢】(迷いはしたけれども結局矢にしておいた)を使って地上に落とすよう試みる。なお、地上に居る間に使わない理由は広範囲すぎてウルを巻き込むからだ。
もし効かないようなら撤退も考慮する……はずだったのだけれども、その手は使えないかもしれない。
撤退自体は出来るだろう。出来るけれども、もしそれを選んでしまったら。
何かが終わる。
そんな気がしてならないのだ。
どうせ風でこちらの位置はバレるのだし、隠密性よりも速度を重視して早急に挑もう。
などと思っていたのだけれども……そう行かせてはくれないようだ。
何故ならわたしたちの目の前に、待ち構えていたかのように多くのモンスターがひしめいていたからだ。種類は様々で、数は数えるのも面倒なくらいに多い。
「うげ……っ」
レグルスが呻き声をあげるのも仕方がない。
モンスターが多いことも問題だけれども、それ以上に誰も彼もがその身を腐らせているからだ。この瘴気の濃さではそうなってしまうのも自明の理だ。
肉を腐らせ、溶けて滴らせ、骨まで見えて……それでもモンスター達に逃げようという意志はなく、わたしたちに対して敵意を剥き出しに迫ってこようとしていた。
わたしはハルバードを取り出し、刃に聖水を振り掛けながらウルに向けて焦燥感を滲ませながら言う。
「ウルならこいつらを飛び越えて無視出来るよね。ここはわたしとレグルスに任せて先に行って」
「リオン!?」
いくらモンスター達が瘴気ダメージを負ってLPを削らせているとはいえ、攻撃力防御力は上がっていることだろう。
だと言うのにそんなことを言い出したわたしに対し、ウルは抗議の色の籠った驚きの声を上げる。
しかし、今は聞き入れてもらうしかない。
「時間がないの、わかるでしょう?」
「し、しかし……」
「どう見てもこいつらは時間稼ぎだ。正直ここで問答してる時間も惜しいくらいだよ。……だから、行って」
ウルは迷いを見せていたけれども、重ねてのわたしの言葉に観念したようだ。
「……ちゃんと後から来るのだぞ」と一言残してから大きく跳躍、廃屋の屋根や柱を伝い足元のモンスター達をスルーしてゼピュロスの方へと向かって行った。
「さてレグルス。これくらいならぶっ飛ばせるよね? 出来ないって言うなら追い返すから」
「……出来るに決まってんだろ」
レグルスも槍を取り出して両手で握る。盾はしまったままなのは不慣れだからかな。わたしはその穂先に同様に聖水を振り掛けてやった。
目の前のやつらだけちゃちゃっと蹴散らしてわたしたちもゼピュロスの元へ向かいたいところだけれども……出来るだけ殲滅しておかないとウルのレベルならともかくわたしたちでは確実に戦闘の邪魔になってしまう。足止めとわかっていても相手をするしかないのだ。
まずは手始めとして、わたしは聖水を正面に居たコボルト達に向けて振り撒いた。
ギョアアアアッ
たまらず悲鳴をあげて悶えるコボルト。瘴気のせいで聖属性に弱くなっているのだ。そこにすかさずレグルスが胸元へ槍を突き入れた。
槍はあっさりと貫通し、刺し口から浄化されているのか煙のようなものが噴き出す。
しかしそれでも決定打には至らなかったのかコボルトは槍の柄を掴み、驚くべきことにより深く槍を埋め込み――柄を握ったままのレグルスを引き寄せようとした。
「うおっ!?」
「レグルス!」
焦るレグルスを横目にわたしはそのコボルト、とついでにその横に居たヤツの首をまとめて跳ね飛ばした。瘴気が頭部に偏っていたのでそこに魔石があると踏んでの行動だったけどビンゴだったようだ。動力源を失ったコボルトは絶命する。
安堵の息を吐きながらレグルスは槍を手元に引いた。
「武器ならいくらでもあげるから、次からは手を離して」
「わ、わかった。すまん」
初めこそ想定外の行動に泡を喰っていたものの何だかんだでレグルスは飲み込みが早い。
それ以降は出来る限りまず瘴気の濃い部分を貫くようにし、特に危なげなく残り数体のコボルトを屠っていった。
わたしもわたしで彼に大きなことを言った手前負けてはいられない。
惜しげなく聖水を振り撒き(何せ必要素材がただの水なので在庫は大量にあるのだ)ビッグラットの足を止めさせる。しかしレッドボアは立ち止まったビッグラットを踏み潰すようにして詰め寄って来る。
「おまえも潰されろ!」
わたしはレッドボアの頭上に石ブロックを出現させて下敷きにした。これは単なる攻撃手段としてだけでなく後続の道を塞ぐ目的もあった。
もちろんその石ブロックを乗り越えてくるバンディットエイプたちも出て来るけれども、そこはレグルスと二人で突き殺していく。
石ブロックを設置しっぱなしだとわたしたちも視界が遮られるし先に進めなくなるので時折収納もする。広い道に出た時は敢えて塞ぎ、モンスターに取り囲まれないようにしたりもした。
「魔法は飛んでこないみたいだな」
「……レグルス、フラグ立てるのやめよう?」
「は?」
フラグと言う概念がなかったのかわたしのツッコミに「何の話だ?」と返してくる。
そしてまさにフラグ回収と言うべきか、隙を作らせてしまったわたしが悪いのか、わたしたちに向かって魔法――ゴブリンメイジのファイアアローが飛んできた。……ゼピュロスの風魔法じゃなくて良かった!
「ぐっ!」
ターゲッティングされていたレグルスは慌てて回避行動を取るも、避けきれなかったのか腕に火矢を掠らせてしまう。それを更なる隙と捉えたのか周囲のゴブリンが攻め立ててきたが、レグルスは顔を顰めながらも槍を横凪ぎに払い力任せになぎ倒していった。
わたしはそれを目の端に収めながら、再度魔法を打つ準備していたゴブリンメイジへと瞬時に武器を弓矢に変えて撃ち抜く。
注意が遠くに向いてしまったわたしの横からサーベルウルフが牙で食いつかんと飛びかかってきたけれども、崩れた体勢のまま無理矢理放ったレグルスの蹴りで吹っ飛んで行った。彼の眉根が寄ったのは姿勢が悪くてどこか痛めたのか、それとも腐肉が顔に掛かったからなのかどっちだろう。
「ごめんレグルス、大丈夫?」
「あぁ、どうってことない」
落ち着いた所でレグルスにポーションを使用する。言葉では強がっているけど痛いものは痛いのだろう、回復したことで大きく息を吐いていた。
一息吐いたところで思い出したのか顔を手で拭おうとしていたので止めて聖水で洗い流してやる。余計に被害が広がるからね。
そうしてわたしたちは小さな傷を負いつつ、モンスターを殲滅しながら前進を続けた。
「う、なんだこりゃ……」
いい加減腐物だらけの視界の暴力に慣れたと思ったレグルスがまたもげんなりとした声を出す。その視線の先には黒い……おそらくモンスターの腐って変色した血溜まりが出来ていた。わずかな肉片に骨の欠片も浮いてるので間違いではないだろう。
たいして大きくもないしちょっと迂回するだけでもよかったのだけれども。
「はいはい、問題ないよー」
と、わたしは周囲の土ごとシャベルで収納していった。すぐに渡れるよう普通の土で埋めることも忘れない。
単に上に木の板とか敷いても良かったのだけれども、瞬時に腐って侵食されそうな気配があって――
「……素材として欲しかっただけだろ?」
……バレてる!
くっ、まさかレグルスにすら看破される日が来ようとは……!
「いや誰だってわかるから。さりげにモンスター素材も回収してるの見えてるから」
呆れた声を出すレグルスに対し、わたしは目を逸らすことで返答とした。
いやその、時間がないのはわかってるけど、わかってるけど……手が勝手に……!
でも目の前にあるやつだけだから! 時間ロスしそうな物には手を付けてないんだからね!
心の中で誰にともなく言い訳をしながら先へと進んで行った。




