悪化する事態
翌日、休息を終えてやって来たレグルスと、一緒について来たリーゼを交えてあれこれと話してみたけど、これだ!と言うアイデアは出なかった。
「瘴気に加えて空を飛ぶ、かぁ。キマイラの時以上に厄介なんだね……」
キマイラ戦を思い出しているのか、ブルリと体を震わせながらリーゼがぼやく。
まぁ確実にあの時以上の難易度ではあるだろうねぇ。しかも普通にモンスターとしては強者に分類されるドラゴンだし。
キマイラはパーツの多さのせいか手数は多かったけど、今思えば一撃一撃はそこまで強くなかったような気はする。ただの『継ぎ接ぎの寄せ集め』だったからだろうか。
皆してうーんと首を捻っているところに、レグルスがこんなことを聞いてきた、けれども。
「あの周辺に聖水を撒いて瘴気を浄化とか出来ねぇのか?」
「んー……瘴気の浄化自体がそもそも怪しいのだけれども、ゼピュロスの場合下手に瘴気を消すと逆に束縛がなくなって自在に飛ばれそうなんだよね……」
わたし、実は未だに【汚染された土】を持っているのである。
浄化したところでただの土になるだけで浄化が必要なわけでもないし、むしろ汚染されたままの方が他のアイテムの素材になるのだけども、浄化実験にも使えそうだな……と思ったまままだ出来ていないのだ。聖属性アイテムの在庫が心許ないのと他にやりたいことが多すぎてね……。少なくとも聖水とか聖蜜程度じゃ少々消すくらいしか出来ないので、広範囲に渡る瘴気に効くかと尋ねられれば厳しいと答えざるを得ない。
あと、瘴気そのものに関しては浄化したところで発生源を潰さなければ後から後から沸いてきてその場しのぎにしかならない。難儀なことである。
そしてやはり、何故そうなっているのかはわからないけど、瘴気がゼピュロスを縛っているという点も大きい。瘴気により攻撃防御は強化されているけれども、代わりに機動力が大きく削がれているのだ。ウルの能力を考えれば後者の方がマシなのかもだけど、自由になった途端に下手したらバートル村にまで飛んで被害を及ぼす可能性もあるので迂闊に解放は出来ない。
「……これ以上悩んでも新しいアイデアは出なさそうだの。……リオンよ」
「ん?」
顰め面をしたウルの言葉で締め切られ、最後に。
「行くのか? 行かないのか?」
決断を問われた。
ゼピュロスは移動が出来ない。
つまり、現時点において無理に討伐する必要は全くないと言うことだ。
真っ先に危険に晒されるバートル村からすればたまったものじゃないだろうけど、そこはわたしが協力して防衛体制を整えれば済むはず。
そしてわたしが他の地でアイテムを手に入れたり経験を積んだりして、対抗手段が確立してからまた挑戦すれば良い。むしろその方が安心安全であり、是非延期するべきだろう。
けれども。
「……行くよ」
わたしの口からは、スルリと逆の言葉が出て来た。
説明もないただの一言に、ウルは特に異を唱えるでもなく。
「そうか」
と笑うだけだった。
この時は何となくで答えたけれども、すぐ後にこの決断で正しかったのだと知ることになる。
再度バートル村へと移動する。
一緒に連れて行くのは(ウルは別枠として)今回もレグルスのみだ。不可視に近い風の弾丸がどこからともなく飛んでくるとかめちゃくちゃ危ないからね……。でもわたしが行かないわけにはいかないし、緊急事態要員として一番耐久力があるレグルスだけ連れて行くことになった。気休めかもしれないけれど防御を固めるためにアイアンシールドを作成して渡してある。表面に丸みを付けているので多少は受け流しやすい、はず。
余談だけれども、バートル村でのあれこれをレグルスから聞かされたのかリーゼからやたら好戦的と言うか不穏と言うかそんな空気が漂っていたので、落ち着いたら連れて来るか絶対に足を踏み入れさせてはいけないのか悩むところである。
わたしが居ない間にモンスター集団の襲撃もその他変わったことも起きなかったようだ。ついでに言えば風神の手掛かりもまだ。まぁ数日で見つかるとも思ってない。
フルグライトがまだないか聞いてみたけどやっぱりないらしい。そもそも雷が落ちても必ず残されているものでもなく一年に一個見付かれば多い方であるとのことで、丁度先日わたしがもらえたのは相当に運が良かったようだ。
これも神様の思し召しだろうか、と創造神だけじゃなく風神にもしっかり祈っておく。……帰還石を作るついでであるけどもゲフンゲフン。
そうして馬を借りて同じ道を辿ること二日。……位置的に創造神像は設置出来るのだけども、こんな危険な所に設置したら守りがあっても壊される確率が高いので設置せずにいたのだ。仕方ない。
案内は必要なかったのだけども、馬を放置するのに抵抗があったのでまた同じくドズレさんについて来てもらっている。文句も言わずむしろ嬉しそうにお供してくれる彼にも今度お礼をしておかないとな。
……異変に真っ先に気付いたのも彼であった。
「……おかしいっスね」
馬の脚を緩めつつドズレさんがそう呟いた。
「? 何がです?」
「いえ、オレの距離感覚が正しければもう瘴気が見えてるハズなんスけど……」
ドズレさんの見つめる方向に首を伸ばして見るも、それらしき物は未だに見当たらない。
「おかしいなぁ」と頭を掻きながらドズレさんはまた馬を進ませる。
それからもうしばらくしたら、きちんと瘴気は見えてきた。
「いやぁ良かった、方向間違えたのかと思ったッス」
大きく安堵の息を吐くドズレさん。レグルスも「お疲れ」と笑いながら彼の肩を叩いてねぎらっている。
しかし……わたしとウルは、猛烈に嫌なモノを感じ取っていた。
表面上は冷静に、ドズレさんににこやかにお礼をして馬を託して見送ってから。
「……ウル」
「うむ」
「ん? どうしたんだ?」
強い緊張を見せるわたしたちにレグルスが首を傾げていた。
「レグルス……周りの瘴気が薄いと思わない?」
「言われてみれば……そうだな。敵が弱くなるならいいんじゃないのか?」
キョロキョロと辺りを見回してからレグルスもそれに気付いたのか同意をする。
うん、確かに、敵が弱くなるのなら問題がない。
……弱くなるのならば。
足音を殺し息を詰め、慎重に無駄口を叩かずに歩く。
わたしたちの態度にレグルスも尋常でないことが起こっているかもと察したのか顔が険しくなっていた。
そして廃村が見えてきたところで、わたしの悪い予感が当たっていたことが証明される。
――ウオオオオオオオオン――
ダメそうだったらまた撤退して再挑戦を……と暢気なことを考えていたのだけれども。
周辺の瘴気は薄くなっている。
……代わりに、廃村に入った辺りから瘴気が明らかに濃くなっている。ゼピュロスが居る場所は更に濃い。
まるで……ではなく、まさに近傍の瘴気を掻き集めているのだろう。
密度が増したせいか、空気がネットリと重くなったような錯覚に陥り、鼻を覆いたくなるような腐敗臭すら漂ってきている。
……これは、放置していてはダメだ。
今すぐにでも、解消しなければならない。
このまま澱ませていては、いけない。
これ以上腐らせては、いけない。
何故だかよくわからないけれど、そう思った。思わされた。
焦燥感に胸が酷くかき乱された。
――残された時間はあと僅かなのだと、本能のようなもので悟った。
――グオオオオアアアアアアアッ……!
ゼピュロスの咆哮は、泣き声のようにすら聞こえた。




