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終末世界の開拓記  作者: なづきち
第三章:荒野の抑圧された風

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荒野の抑圧された風

 声を頼りに歩みを進めると、足元に石畳のようなものが敷かれていることに気付く。手入れなど全くされておらずひび割れだらけだけども……廃村へ続く道かな?

 少しずつ瘴気が濃くなり微妙に見通しが悪い。黒い霧が薄っすらとかかってるようなものと思ってもらえればわかりやすいだろうか。

 ホーリーミストで緩和されているのに臭いも酷くなってきたような気がする。色んな意味で長居はしたくない場所だ。


「む、何やら影が見える」


 先頭に立つウルからそう報告される。

 近付いてみるとウルの言う影とは、瘴気のせいかただの劣化か、今にも崩れ落ちそうなほどに脆くなっている石の柱だった。

 隣に続く壁、のようなものから察するに村の出入口だった場所か。


「声からするともうすぐ近くであるな……」


 てことはやっぱりドラゴンはここに棲みついているのか……。この村に何か重要な物があるのか、それとも逆に重要な物があるから村が出来たのか。

 それを知ることが出来るのは、ドラゴンを退治もしくは追い払ってからだろう。


 ソロリソロリと進むうちに、瘴気に流れが出来ていることを見て取れた。

 凝縮されているのかはたまた発散されているのか。流れて行く方か来る方か迷ったけれども、ウルが流れて行く方を指差したのでそちらを目指すことにした。

 可能な限り辛うじて残っている家屋の陰を伝いながら向かうと……そこには、大きな教会が聳え立っていた。


 三階くらいの位置まで高く積まれた石レンガで出来た尖塔。

 その左右にはドーム型の屋根が半壊……いや八割壊くらいでわずかながら残っている。

 そしてその手前には同じく壊れた石のアーチの残骸があり、元々は神の像が設置してあったと思われる台座部分に。


 ドラゴンが、鎮座していた。


 のだが。


「……ぬぅ……???」


 憎き怨敵を倒すため、と少しずつ少しずつ力が入っていたウルなのだが、ここへ来てドッと気勢が削がれたような気配が漏れた。

 何故なら。


「……アルタイルでは、ない……?」

「……だねぇ」


 そこに居たのは鷲とドラゴンを足して二で割ったような変わった造形をしたアルタイルではなかったのだ。

 白……いや、所々に黒が混じったまだらの鱗で覆われ、翼を持ち、首は長く、いかにもスタンダードな造形のドラゴンだった。

 うずくまっているため全長はわかりにくいけれども、確実にキマイラよりは大きく、横に倒したイビルトレントの幹よりは小さいかな?と言うくらいか。


 ……などとわたしたちは悠長にしているべきではなかったのだ。

 ウルですら『アルタイルではなかった』と言う肩透かしのせいで緩んでしまっていたのが災いした。


「……なあ、リオン、ウルの姐さん。あいつ……こっち見てる気が、するんだが……」


 レグルスが震える声で指摘してきた時には、ドラゴンはその首をもたげ、明らかにわたしたちの方へと視線をロックオンしていたのだった。

 続けて、その口を大きく開け――


「退避ーーーっ!!」


 ゴアアアアアアアアアアアッ!!


 わたしの叫び声と共に豪風が発生し、わたしたちが隠れていた(隠れられていると思い込んでいた)家屋の瓦礫ごとふっ飛ばされてしまう。


「リオン! レグルス!」


 ウルは踏ん張って耐えるけどわたしとレグルスにはそこまでの力はなく、呆気なく十メートルは転がされてしまった。

 体の節々は痛い。けれども骨にまで異常はなさそうだ。レグルスも「いてぇ……」と腰を押さえているけど、ドバっと血が出たり曲がるべきでない箇所が曲がっていたりはしていない。


「こっちは大丈夫! ウルは行って!」

「……わかった!」


 ウルは尾を引かれるような素振りを少し見せてからドラゴンの方へと駆けて行った。程なくして戦闘音が響いてくる。

 それにしても熱ブレスじゃなくて良かった……! と言うかいくらなんでも油断にも程があった!

 頬をパンっと張って活を入れ直し、わたしは瘴気のせいで無駄だろうなとは思いつつも弓を構える。


「レグルス、周囲にモンスターが来たらお願い。後、何か他に気付いたことがあったらすぐに教えて」

「わ、わかった」


 ウルが気を引きつけている間に矢を一射してみるが、案の定瘴気に絡めとられ本体に届くことはなかった。

 レグルスに「後ろに回るよ」と小さく声を掛けて身を低くして出来るだけ物陰に隠れながら、足音を立てないようにしながら移動を開始する。

 大体真横辺りまで来たかなと言うところで、レグルスから戸惑い混じりの声が上がった。


「リ、リオン、待ってくれ」

「何?」

「上手く言えねぇんだが……さっきから、瘴気の流れ?が……変な感じがする」

「……変な感じ?」


 ウルの方へ視線をやる。

 詠唱無しで即時発動される風魔法に何度か押し戻されたり転がされたりしているけれども、すぐさま起き上がっては拳や蹴りでドラゴンに打ち付けている。

 まだ全然大丈夫そうだ、と確認してから足を止めて周囲を観察する。

 最初に気付いた時と変わらず、瘴気はゆるゆるとドラゴンの方へと向かっており……よく見るとドラゴンを中心に渦を巻くような形になっているようだ。

 その流れの一部が向きを変え……。


「――っ!!」


 ゴッ!!!


 強烈な悪寒を感じ、咄嗟に石ブロックの壁を設置したその直後、不可視の物体――風が猛烈な勢いで打ち付けられた。

 石ブロックを中心に左右に分かたれた暴風と飛び散る大きな瓦礫に、レグルスが顔を引きつらせていた。


「な、なん……っ?」

「風でわたしたちの位置が察知されてる!」


 なまじ瘴気が可視化されているために、瘴気がうごめいていると錯覚してしまった。

 実際には単純に風が吹いていただけだったのだ。

 そして、その風をセンサーのようにして周辺わたしたちの動きを把握しているのだろう。


 風を操り、白い鱗を持つドラゴン。それは――


「風の四竜、西の白竜――ゼピュロス!」


 グオオオオオアアアアッ!!


 まるでわたしの声に呼応するかのようにドラゴン――ゼピュロスが雄叫びを上げた。


 鱗が白と黒のまだらだったから気付くのが遅れた……!

 でも何故? ゼピュロスは瘴気とは無関係のモンスターだったはず……いや切り替えよう、またゲーム脳になっている。

 ここでは目の前で起こっていること全てが現実なのだ。


「ど、どうすりゃいいんだ!?」

「どちらにせよ瘴気のせいで遠距離が効かないから近付くしかないんだけども……」


 不幸中の幸いか、瘴気のおかげで逆に風魔法の発動がわかりやすくなっている。まぁそれでもめちゃくちゃ早いし四方八方から飛んできそうなのが怖い。

 だからと言ってこのまま手をこまねいていても好転はしない。どうしたものかと必死に頭を回転させていると。


「こんのおおおっ!」


 グルアアアッ!


 先程から(感覚がマヒしてるけど十分驚くべきことに)ゼピュロス相手に正面からやりあっていたウルであったが、ここで流れが変わってしまった。

 ゼピュロスがウルを吹き飛ばした隙を縫って翼をはためかせ、空へと飛びあがったのだ。

 ウルは逃がすものか、とそこらにあった瓦礫を投げ付けるが、これも瘴気に阻まれ貫けないでいる。

 そしてゼピュロスは上空からウインドブレスやウインドカッターなど、風魔法をこれでもかと地上に居るウルへと向けて放ってきた。


「くっ……!」


 ウルは鉄壁肌ハードスキンで大きな怪我は負っていないようだけれども、攻撃を当てられず攻撃をされ続ける状況に苛立ちを見せている。

 何度も瓦礫を投げ付け、時には廃教会を駆け上がり尖塔の天辺で跳躍して直接攻撃が出来ないかと試みるが、突風に撃ち落とされたり、惜しくも後少しで距離が届かなかったりで進展は見られない。しまいにはゼピュロスの攻撃で尖塔の先が抉り取られ、ウルもその手を使うのを諦めざるをえなかった。


 ん……? おかしいな。

 ゼピュロスであればもっと高くまで飛べるはずだ。そして高高度からの風魔法攻撃が主流であった。

 プレイヤーはいかに攻撃を避けながら、遠い一点を正確にぶち抜くかのコントロールが問われていた。まぁ中には広域攻撃をするプレイヤーも居たけれども、それは範囲攻撃なだけあって威力が弱まり長期戦になる。

 それが何故あんな中途半端な、ともすれば容易に反撃されそうな高さで……んん?

 わたしは改めてゼピュロスを観察する。


 瘴気は下から空を羽ばたくゼピュロスへと伸び、体の各所を覆っている。

 ……瘴気を纏ったモンスター、ずっとそう思っていたけれども。


 別の見方をすると……瘴気に鎖のように纏わり付かれ、抑えつけられているようにも、見えなく……ない?


 あのゼピュロスは……あれ以上は飛べない?


 この廃村に居る理由はともかくとして、だからバートル村まで攻めてこなかった?

 何にせよあの高さですら対応出来る攻撃手段が今は存在しない。瘴気がなければ遠距離でどうとでもなりそうなのに……いや、風の天然バリアが出来ているようだし、狙撃可能だったゲーム時代より難易度マシマシか?

 ともかく、最初は様子見のつもりだったし、ドラゴンの正体が分かったところで一度撤退して作戦を練ろう。

 アルタイルであれば逃げの一択だったけれども、風の四竜の中でも最弱であるゼピュロスであればまだ何とかなる……といいなぁ。無理そうだったらバートル村の人たちには悪いけどもう来なければいいだけよね……。


「ウル、撤退するよ!」

「む………だが逃げられるのか……!?」

「多分大丈夫! そいつはきっとそこから動けない!」


 予想通りゼピュロスは台座部分から一定以上の距離を離れることが出来ず、ウルとレグルスに風を読んでもらって石ブロックで風魔法をガードをしながら移動することで、わたしたちは無事に撤退せしめたのであった。

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