八つ当たりと言う名のストレス解消
「数はいくつだ! 構成は!?」
「数は目視出来る範囲で五十を越えています! ゴブリンライダーを中心にアーチャーやメイジも居ます!」
多くの人が村長さんの家の前の広間に集まり、物見らしき人の報告を聞いている。
攻めてきている方角は北北東から。ここ数年のモンスターの襲撃では大体同じ方向から来ているらしい。こうなるともちろんその先に何が起こっているか偵察はしていると思うのだけれども……落ち着いたら聞いておこう。
モンスターの構成はその時々によって変わってくるらしい。今回のようにゴブリンだらけの時もあれば、オークやオーガ、ダイアウルフにガルムにバイコーンなど色々混じっていることもあるとか。
なお、ゴブリンライダーは何か別のモンスターに乗っているゴブリンの総称でありウルフ系に乗っていることが多く、今来てるやつもまさにそのようだ。稀にバード系に乗って空から襲撃してくるパターンとかもあったなぁ。
ゴブリンと言えばメジャーな雑魚モンスターとして描かれることも多いと思うのだけれども、レベルが上がってることもあるし亜種も豊富で油断は出来ないのよねぇ。代表例は統率能力持ちのゴブリンキングとかね。
今回のこれもいくら夕方とは言え、日が落ちる前――創造神の時間に動き出していると言う時点で既に通常のゴブリンたちより強いと言える。それが大群で押し寄せて来るものだから更に警戒度が上がる。
「第一から第五までは馬に乗って迎撃準備だ! 第六は抜けてきた時のために防衛ラインで待機! 残る者は負傷者をいつでも迎えられるように! 他の方角の警戒も怠るな!」
状況を共有した後、ティガーさんの指示を受けて村人たちが散っていく。その動きが迷いなくテキパキとしているので、良くも悪くも慣れたものなのだろう。
そしてこの村では小さい子(見た目では十歳未満くらい)以外はほとんどが戦闘に参加することになるようだ。ウルと同じくらいの子たちも準備をしている様が見える。そこまで動員しなければやっていけないような状態なのだとしたらジリ貧なのだけど……何となく『戦士の村』だから、と言うイメージがあるな。姫からして力を第一としてる節があるし……。
「神子様、俺も迎撃に出るのであなたはここで――」
「いえ、協力しますよ、もちろん」
別にわたしはそこまで強くはないけど、引っ込んで守られているだけでいなければならない程弱くもない。……はず。エリスの強さってこの村だとどれくらいなんだろ……?
まぁあの時みたいに馬鹿正直に武器一本で戦う必要もないからね。矢もアイテムもどっさりあるから。
「……助力、感謝する」
ティガーさんのOKは出たけど、かと言ってここの村の人たちと連携できる自信は全くないので、わたしたち三人は遊撃扱いにしてもらおうかな、と思ったところで。
「……リオンよ、暴れてきていいか?」
「ウル?」
静かに、けれども内に熱を秘めたウルが問いかけてきた。
「何やら、ものすごーく、ストレスが溜まっているのだ」
「えーっと……」
手をわきわきとさせながら尻尾で地面をペチペチと叩いており、どうにも落ち着きがないようだ。
わたしのせいだろうか、と内心で冷や汗をかきつつ、表面では苦笑しつつ、特に止める理由もないので許可を出す。
「……村人を巻き込まないでね?」
「それくらいは心得ておる」
そう言いながら、ウルは背を向けて北にある村の出入口へと走っていった。
「ま、待て、一人では危険だ! どこかの部隊に入って――」
同じく戦闘準備をしていたエリスが慌てて止めに入るがウルは聞こえていないのか無視しているのか、止まることなく走り続ける。
「リオン、レグルス、何故のんびりとしてるんだ! 早く追い掛けないと!」
悠長に見送るわたしたちに耐えかねたのか急ぐように促してくるけれども、レグルスはどう答えたものか困ったように頭を掻きながら言う。
「あー、ウルの姐さんのことなら気にしなくて大丈夫だぞ」
「何を言って――」
「まぁまぁまぁまぁ」
更に言い募ろうとするエリスをどうどうと宥めてから、わたしはニヤリと笑うように。
「ウチの最大戦力……とくとご覧じろ、ってね」
……まぁ、ウルだけが突出して強いだけなんだけども、そこは言わないでおく。
ウルの戦闘は、まさに圧巻の一言であった。
戦闘ではなく蹂躙と言ってもよいくらいだ。
任せっきりで奥に引っ込んでいるのも悪いと思ったので、弓を出しつつ村の防衛ラインまで足を運んだのだけれども。
そこにはティガーさん含む迎撃部隊と思われる馬に乗った一団も居たのだが、突撃することもなく立ち止まり、ただただ呆気に取られて戦闘を眺めていた。あなたたちは戦わないの?って感じだけど……まぁこれなら巻き込む心配はないので結果オーライ……なのか?
ドォン!と大きな音と共に地面が抉られ、ゴブリンライダー……であったモノが飛び散り。
ゴブリンアーチャーから矢が放たれるもそれは一度も傷を付けることなく、時には矢を掴まれ投げ返され、自分の頭を吹っ飛ばす羽目になり。
ゴブリンメイジのファイアボールが当たり爆炎が撒き散らされるが……無傷に近い状態で煙幕から姿を現しては拳の一撃で胴体に穴が空き。
たかがゴブリンと言えど五十を越える――多分百近い――集団だ。数は何者にも勝る暴力である。
……はず、だったのだが。
ゴブリンたちとて一対一で戦っているわけではない。数を頼りに包囲をして、代わる代わる攻撃を仕掛けて、矢の、魔法の雨を降らせて。
しかし、背後から斬りかかっても後ろに目が付いてるかのごとくスルリと避けられたあげく、同士討ちをするように誘導され。
ウルの素早い突進による一点突破で包囲網をぶちあけられたかと思えば、仲間ゴブリンの死体をフルスイングされ周囲一帯薙ぎ払われて。
そんな混乱した最中で矢を放てば当然仲間に当たり、魔法に至っては発動直前に腕を捻られて仲間が密集している場所に向けられて。
ゴブリンの軍団は、たった一人であるウルにすっかりと翻弄されてしまっている。
なお、比較的冷静な一部がまだ楽であろう村に向かってきたりしたのだが、そこはわたしが弓で撃ち抜いておいた。ウルが圧倒的すぎて誰にも見られてなくてちょっと寂しい。
ちぎっては投げちぎっては投げを繰り返すうちにみるみると数を減らしていき、さしたる時間が掛かることも無くゴブリンたちは全滅した。
逃げようとしたゴブリンもいたけど、抜かりなく石を投擲していたことによりそちらも殲滅済みだ。
周囲のモンスターが居なくなり、夕日を浴びながら肩を回すウルにねぎらいの言葉をかけに行こうとしたのだけれども。
わたしは、すぐ隣に居たエリスの全身が震えているのに気付いた。
……も、もしかして、ウルが強すぎて恐怖の対象になったりしたのだろうか、と内心身構える。レグルスとリーゼもほんの一時期怖がっていたからね……レイジモードのせいでもあったのだけれども。
ところが……次に飛び出して来た言葉は、一瞬耳を疑うようなものだった。
「……あの子、うちに欲しいぃ……」
「…………あん?」




