獣人は脳筋ばかりなのだろうか
「勝負って……え? 何で?」
あんまりな内容に脳の理解が追い付かず、丁寧語も忘れて素で返してしまう。幸いにも少女は口調を気にするような性質ではなかったようだけれども、それ以外の性質がどういうことだってばさ。『婿に欲しい』だけならともかく……何故わたしと勝負をすることになるの?
告白(?)の対象であるレグルスも事態が飲み込めないでいるのか「???」って疑問符を飛ばしまくっていた。さもありなん。ついでに言えば少女の後ろの二人もギョっと目を剥いていた。
「欲しいモノは力で勝ち取るものだろう?」
「えっ、ナニソレ」
グロッソ村の長も強さで決めてたけど、獣人は何でもかんでも力で片付ける習性でもあるのだろうか……?
ともあれ、少女は冗談でも何でもなく本気で言っているようだ。……嫁騒動の次は婿騒動か……何でこうなるの。
「……レグルス、念の為、念の為に聞くけど……彼女の元に行きたいと言う気持ちはある?」
わたしがどう思っていようと、当人が一目惚れ?に気を良くしている可能性も……レグルスのことだからないか。彼の心根は良くも悪くも純粋な少年だ。色恋の匂いが全くせず、強さに憧れるタイプなんだよね……リーゼがちょっと可哀想になってきた。
男の子一人で旅に出す許可が出るのも、レグルスがわたしにもウルにも手を出さない、わたしもウルも手を出さない、と言う信用もあるのかな、なんて思ったり。
案の定レグルスは首と手をブルブルと横向きに思い切り振っていた。ですよね。
「彼は行きたがってないようだけど?」
「? 群れの一員の去就を決めるのはリーダーだろう?」
……娘の嫁ぎ先を決める父親じゃあるまいし。
そもそもわたしはレグルスを預かっている身ではあるけれども彼を無事に家に帰す義務があるし、彼の人生をそう言う意味で背負っているわけではないのでそのような権利も全くもってないのだけども。と言うようなことを伝えると。
「ではおまえに勝たずとも私が勝手に奪って良いのか」
「いやいやいや、良くないでしょう」
反射的にそう返したら『何を言っているんだ……?』って顔をされたけど、意味不明なのはこちらの方ですよ!
少女は短気なのか早々に業を煮やし、持っていた槍の刃をわたしに向けて突き出してくる。
「まどろっこしい! ごちゃごちゃこねくり回さずにいいから私と勝負をしろ!」
「えぇ……」
わたしが面倒になったのも仕方のないことと思ってほしい。何が悲しくてレグルスの婿入りをわたしが決めなきゃならんのですか。
どんよりと肩を落としていると、わたしに槍を向けたことが気に入らなかったのだろう、背後のウルから妙なオーラが出始めた。
「ほう、リオンと敵対するか。何なら我が相手になるぞ」
「何故おまえみたいな子どもと戦わなきゃならないんだ?」
「……」
子ども扱いされたのが地雷だったのか無言で威圧感が増して行く。……それ真っ先に受けてるのわたしなんですけどねぇ……がくぶる。
と言うか子ども扱いされたくないんだね、次から気を付けよう……と言いたいところだけど無意識にやってしまいそうだな。うぬぅ。
いやそんなことを考えてる場合じゃない。どうどうとウルの腿をペチペチと叩くと、渋々ながらも引っ込めてくれた。
はっきり言って勝負なんて面倒すぎるけれども、ここで押し問答を続けても埒が明かない。
拗れたら問答無用でぶっ飛ばしてサヨナラするのも最終的にはやるかもだけど、せっかく遭遇した住人なのだから出来れば友好的にしておきたいんだよね……この辺りのことに詳しいかもしれないし。
「質問だけれども」
「何だ?」
「きみがわたしに勝ったらレグルスが婿に行くとして、わたしがきみに勝ったらきみはわたしに何をくれるの?」
「む……」
勝負をしたところでわたしのメリットが何もない、不公平ではないか?と主張をすると、きちんと少女は考えてくれるようだ。ここで「負けたら手を引くだけだ」なんて言い出すようだったらブン投げるところだった。
……お供の二人がわたしを『勝てると思っているのか? 生意気な』って感じに睨みつけてきて冷や汗が出そうだけど、すまし顔をしておく。
「では、私の権限が及ぶ範囲で、と言う前提が付くが、おまえの頼みを一つ聞こう」
「……まぁそれでいいか」
つまりここで勝てば少なくとも彼女に関しては今後の協力が望めると言うことだね。……ちゃんと言うことを聞いてくれればいいんだけども……強い者に従うようだし、何とかなる、と思いたい。
「勝負の方法は?」
「もちろん一騎打ちだ」
「馬上で?」
「それももちろん、と言いたいところだけど、その馬は私の馬だから息が合わないだろう。降りた状態で、だ」
ふーん、割と考慮はしてくれるんだ。それとも正々堂々と勝ち取らなければ意味がない、と言う思考かな?
「武器は? 攻撃アイテムや魔法の使用は?」
「攻撃アイテムと魔法は不可だ。武器は好きにしろ。私は槍だがな」
少女は馬から軽やかに飛び降り、槍の石突をトンと地面に当てる。
うーん、わたしの得意は弓だけど……さすがに無理かな。次は剣……長物相手だと辛い。やっぱ合わせて槍かぁ。
わたしも(ウルも)馬から降りて槍を取り出す。
「……なぁリオン、大丈夫なのか……?」
レグルスが不安そうに呟きながら近寄って来た。……いやうんごめんね、きみの意志を無視してこんなことになって。ほぼ相手のせいなんだけども。
アイテムありならわたしが確実に勝つだろうけど、武器での戦いとなるとわたしはそんなに強くないからね。不安になる気持ちもわかる。不甲斐ない神子でほんとにゴメン。
「ウルはどう思う?」
わたしはウルと違って相手がどれくらいの強さを持っているのか計れない。なので聞いてみると、ウルはしばし少女の方を見つめてから。
「ふむ……ヤツの方が一枚上手、だろうか」
「ま、マジか……」
と答えが返ってきて、わたしよりも先にレグルスが慌て始めた。
しかしわたしとしては意外だった。もっと、二枚も三枚も上手だと思ったけど……その程度なのか。
「それは『今の状態』で?」
「ぬ? そうだな」
だったらどうとでもなる。
ついついニヤリとすると、ウルも気付いたのか苦笑をするが咎めはしないようだった。咎めてきても止めないけどね?
わたしは準備運動をしていた少女の方へと声を掛ける。
「勝負の前に腹ごしらえしていい?」
「構わない。負けた時に『ハラペコだったから』と言い訳されても困るからな」
ふふ、言質は取ったぞ……! と言うことで早速食料アイテムを取り出した。
ドライフルーツをたっぷり混ぜ込んだスポンジケーキだ。フルーツの甘味が効いて結構美味しく出来たんだよねー。
色とりどりの味を楽しみながらもぐもぐと食べていたら、レグルスが。
「あれ? リオン、そのメシって……イテっ」
などと余計なことを言おうとしたので、すかさずウルがその頭を叩いて止めた。
叩かれたレグルスは「何故……?」と頭を押さえながら恨めしそうな顔でウルの方を見るけど、ウルはそっぽを向くだけだ。協力ありがとう。
しかしきみは真面目だねぇ。そのまま汚れないでいてね……。
「さて、お待たせ。いつでもいいよ」
わたしはペロリと親指を舐めてから、改めて少女と向き直った。




