フィールドボスモンスター
たっぷり寝て、起きたら皆でたっぷりご飯を食べて、軟膏を塗り直したら無事に火傷レベルも一まで下がって。
色々落ち着いた……かに思われたけれども。
「……ウルの姐さん、どしたん?」
わたしの部屋で『反省会をしよう』と集まったところで、ウルを目にしたレグルスが零した言葉がこれ。
「何か情緒不安定みたいでねぇ」
「なる、ほど?」
当のウルはベッドに上半身を起こした姿勢でいるわたしの前、と言うかわたしの足の間に居るのである。わたしが後ろから抱きしめているような体勢だ。
もう体に痛みはないから何の問題もなく、むしろ可愛いのでもっと甘えてくれとげふんげふん。
ただフリッカが羨ましそうな目で見て来るのが少しだけどうしたものかと……きみ相手の場合は恥ずかしいんですよ……。
「まぁとりあえず座って座って」
丸テーブルと三人分の椅子を出しておいたので、フリッカ、レグルス、リーゼに座ってもらう。
軽くつまめるものとお茶を用意して、反省会……の前に経緯説明をしてもらわないと。だってわたし、何がどうなったのかわからないもの。
「ウル、説明をお願い。あれからどうなったの?」
「むぅ……」
めちゃくちゃ渋い顔をしている気配があったが、頭を撫でて肩を叩いて促す。
「……我もそこまではっきりと覚えているわけではないのだが――」
その言葉から始まったウルの説明によると、わたしとレグルスが雷に打たれたのは確定だけれども、実は自然発生の落雷ではなかったらしい。
鷲と竜が混じったような見た目をした、雷を操るモンスターの意志によるものだったとか。
鷲と竜と雷、それでわたしにはピンときた。
アルタイルだ。
メインシナリオには関係のないフィールドボスモンスター。ある程度メインシナリオを進めると嵐の日の草原に低確率で出現する、一種の災害に等しいモンスターだ。
鱗ではなく羽毛に包まれた体に、鳥のような翼と嘴を持つ。ゲームにおける分類ではドラゴン扱いとなっていた。
最大の特徴は雷攻撃をしてくることだ。ゲーム内で最も早い攻撃速度を誇り、その上で高威力でもあるので対策が必須となる。
装備さえきちんと整えていればアルタイル本体はそこまで強いというわけでもない。けれども、様々な要因でわたしたちプレイヤーは苦戦させられた。
まず第一に、前述の雷攻撃があること。
放電という予備動作があってある程度タイミングはわかりはしても、それでも攻撃が速すぎて見てから避けることは不可能だし、受けたら良くて瀕死、悪くて即死である。
なのでプレイヤーは避雷針を立てて(しかもすぐに壊れるので複数立てなければならない)、防御バフを盛りに盛って、身代わり人形と高品質LPもしくはリジェネポーションをたくさん用意しなければならない。
第二に、取り巻きが多いこと。
本体から繰り出される雷だけでも厄介なのに、引きつれて来る取り巻きが多くてそれらの対処も必要だ。
第三に、空を飛んでいること。
シナリオ後半であれば空を飛ぶ(もしくは跳ぶ)手段はいくつか用意されているけれども、翼を持つモンスター相手に渡り合える程の機動力はない。弓や魔法スクロールなどでちまちま攻撃……しても大半は身に纏った雷で打ち消される。
それゆえプレイヤーは、たまにアルタイルが急降下して直接攻撃を仕掛けてくるので、そのタイミングでカウンターを仕掛けなければならない。三度で倒せなければ警戒して降りてこなくなると言うのも難易度を高くさせてる要因の一つだ。
……噂であるけれども、アルタイルと空中戦闘を挑んで勝ったプレイヤーも居たらしい。すごすぎですわ。
わたしは一般的にカウンターで倒したよ。……何度も死につつ頑張ってパターンとタイミングを覚えてね……いやぁこれも辛かった……。
アルタイルは倒せずとも一定時間の経過によって去っていく。ウルはその間ダンジョン内でやりすごしたのかな、と思ったのだけれども。
「追い返した、気がする」
「えっ、どうやって?」
「……何か、石とか投げた記憶がある、ような……」
「いやいやいや、投石でどうにかなる相手じゃないよ!?」
どうにもこうにもウルの記憶が曖昧で要領を得ない。思考に霞みが掛かったような、とのことなので……多分、だけども。
レイジモードが発動したのだろう。キマイラ戦以来の。
それなら投石でもダメージソースになる……のか? わからないなぁ……。
まぁ本人が覚えていないものは仕方ない。今後アルタイルと遭遇した時のために知っておきたかったのだけれどもね。いや元より事前に入念な準備をしてない限り遭っても逃走一択だけどさ。
しかし……ウルの記憶が正しいのだとするのなら、むしろウルはモンスターを追い払ってくれたのだけれども……何故あんなに謝ってきたのだろう?
「……我がもっと早く気付いておれば、リオンとレグルスが雷に打たれることもなかった」
拳を固く握りしめ、絞り出すように出て来た理由がそれだ。
またも泣きそうな前兆を感じ取り、極力刺激しないよう言葉を選ぼうとしたけれども……わたしにそんな気の利いたことは出来ない。思ったことをそのまま言うだけだ。
「ウル」
「……何だ」
怒られると思ったのか、ウルの身が強張る。密着しているわたしには如実にそれが伝わった。
でもわたしから伝えるのは、怒りなどではない。
「きみは実におバカさんだねぇ。……頭の回転の話じゃなくてね?」
「……は?」
いや、バカと言うよりはクソ真面目と言うべきなのだろうか。どっちでもいいか。
「まぁ、わたしもこの前フリッカに怒られたからあまり人のことは言えないんだけどもさ」
ここでフリッカにちらりと視線をやると「?」と首を傾げていた。彼女からすれば『怒った』という意識がないのかな。
あんまり怒らない子だしね。……呆れられたことは何度もあるけど。ウフフ……。
「ウルの責任でもないことまで背負わなくていい。あれはきみのミスじゃない」
むしろ雷の音が聞こえていたのに不用意に外に出ようとしたわたしの判断ミスであり、責任だ。
わたしの責任を持っていったあげくに泣かれてはたまらない。こんなのは甘やかしですらなく堕落の元で……これが続くといずれ何も出来なくなりそうで……困る。
「戦闘面できみに頼ってばかりの、守ってもらってばかりのわたしだけれど……わたしが傷を負ったところで、それはきみの責任じゃない」
「しかし――」
なおも自分の非だと言い張ろうとするウルを遮るようにポンポンと頭を叩く。
「……ウル。わたしはきみの友達であって、きみの子どもではないよ。きみに何から何まで全部守ってもらうとか、情けないにも程があるかな」
今のウルはまるで子熊を守ろうとして獰猛になる母熊のようだ。
親子ならそれでもいいのかもしれないけれど、わたしは子ではなく友達なのだ。
……対等で、いたいのだ。
「だから、わたしからきみに贈る言葉は『助けてくれてありがとう』だよ」
「……」
後ろからぎゅっと抱きしめる。
抵抗はしてこないけれども……納得しきれていないのか、まだ体が固い気がする。
……まぁ、パっと切り替えるのも難しい話なのかな。おいおいやっていくことにしよう。
「どうせわたしを甘やかすなら、別のことでやってほしいなぁ、なんて」
雰囲気を明るくするようにあえておどけて言ってみたのだが、あまり効果は発揮されなかったようだ。
滑った感があり、苦笑しつつ肩を竦める。
「そ、そもそも、何故死にかけた主がそんなにあっけらかんとしておるのだ……!」
体をひねり、ウルがわたしに向かって叫んできた。いやまぁ、うん、やきもきしてた方からすればそう思うのも仕方ないかもねぇ。
実際目が覚めた時はめちゃくちゃ痛かったけれども、こうして生きているのだし。あ、心配かけたのはものすごく申し訳ないと思ってるよ?
ただ、恐怖を感じる間もなくとっとと気絶してる間に戦闘が始まって終わってたのだし、回復も元の世界より遥かに早くしてるわけだし。
付け加えて。
「何かこう……悪いことばかりでもないような?」
「……ぬ……?」
不思議がるウルを余所に手を握って開いてを繰り返していると。
「おっ、リオンもそう思うか?」
意外にも、と言うよりは同じ目に遭った身であるから、ある意味当然にも?
レグルスから賛同の声が上がった。




