強制帰還
体が鉛のように重い。瞼が張り付いたようで開けるのも億劫だ。
全身に圧し掛かるあまりの疲労感にもっと寝ていたかったが、その時になってやっと痛みを思い出したかのように激痛が走り、目を覚まさざるをえなかった。
「……~~~~~っ!」
痛みにのたうち回ろうとしたらそれが更なる痛みを呼び、わたしは声にならない悲鳴をあげる。
「リオン様!?」
最近になって聞き慣れた、いやある意味聞き慣れない切羽詰まった声に、反射的に流れ出した涙でぼやける視界のまま首をそうっと動かして発生源と思しき方を見る。
そこにはわたしと同じく涙目になっていたフリッカがいて名前を呼ぼうと思ったのだが、喉が渇き切っており掠れ声しか出てこなかった。
「リオン様! 私では回復が追い付きません! アイテムを使ってください!」
回復? と思いながらステータスを開いて見るとギョッと目を剥いた。
LPがあとちょっとしかない!? そりゃめちゃくちゃ痛いわけだよ!
慌ててポーションをまとめて使用して一安心……じゃない、LPがちょっとずつ減って行く……!?
一体何で、と改めてステータスを確認してみれば【火傷:レベル三】と表示されていた。
「や……け、ど?」
「お水をどうぞ」
わたしの喉が枯れていることを察したフリッカが水の入ったカップを口元に運んでちびちびと飲ませてくれた。
一息吐いた所で、わたしが今居る場所にやっと気付く。
「……わたしの部屋?」
何でわたしがここに大怪我をした状態で寝ているのか、直前の記憶が思い出せない。
えーっと、ガーディアンであるジャイアントセンチピードを倒して、出口に向かって歩いて行って、そしたら外が雨で、雷の――
そこまで思考を辿ってハタと思い至る。
……まさか……雷に打たれた……!?
「フリッカ、ウルとレグルスは……いったああっ……!」
「リオン様が一番重傷でしたので大人しくしてください!」
一緒に居たはずのウルとレグルスがどうなったかを聞こうと身を起こそうとしたら痛みに悶絶、またもベッドに横たわることとなる。
そう言えば、雷に打たれたのに重傷で済んでるってのは……あぁ、身代わり人形が仕事したのか。助かった……。けどLPはまだ減ってる……火傷の状態異常のせいかな……。炎による継続ダメージはあったけど、火傷と言うのはゲーム時代にはなかった状態異常なので仕様がよくわからない。まぁこの様子からして長時間のスリップダメージなんだろうけれども。
あと、今になってやっと気付いたけれど、全身に包帯が巻かれてるじゃないですか……ミイラみたいだ。
ともあれ、ポーションを使用しながらフリッカに知ってる状況を説明してもらおうと目で訴えた。
「ウルさんは軽傷でしたが精神的に消耗していたので隣室で休んでいただいています。レグルスさんも火傷を負っていましたがリオン様程の重傷ではなかったので命に別状はありません。彼も別室でリーゼさんに看ていただいてます」
何でも、ウルが大怪我を負ったわたしとレグルスを担いで、フリッカとフィンが滞在していたグロッソ村に戻ってきたらしい。レグルスの帰還石を使用してだろう。
そして設備の問題により、またレグルスも怪我をしていたためリーゼも追加して更に拠点まで飛んできて。なおフィンはグロッソ村でお留守番だそうだ。
帰り際にライザさんから教えてもらった火傷用軟膏を作成して塗布したものの、レグルスには効いて容態が安定したがわたしにはあまり効き目がなくずっとLPが減り続け、わたしの目が覚めた先程までずっとポーションと回復魔法を使い続けてくれていたらしい。
「申し訳ありません。私の調合の腕が未熟なばかりに……」
沈痛そうな面持ちでフリッカは俯く。どれだけ長い間わたしが気絶していたのかわからないが、その目の下には隈が出来ていた。
ずっと見続けていてくれた彼女を責める気なんてわたしには毛頭ない。
「ありがとう、助かったよ」
「ですが……」
「軟膏の作り方を教えてくれる? わたし作ったことないんだよね」
更に言い募って自分を責めようとするフリッカを遮りレシピについて尋ねる。別に好奇心を満たすためだけじゃないですよ?
フリッカは困ったように眉根を寄せながら教えてくれた。
「ロシン草を、以前リオン様に教えていただいた通り魔力と水を混ぜながら磨り潰したものです。ポーションにしようとしても上手く効能が上がらず……」
ふむ、なるほど。別のパターンの調合が必要になってくるやつかな。
よーし、試すぞー……と体を起こそうとしてまた痛みが……! バカかな、わたしは?
「何か思いつかれたのでしょうか? でもまず私が試してきますのでゆっくり休んでいてください」
「……作ったことはないから確証は持てないけれども」
そう前置きをしてから、効能アップの方法を説明する。
MPの籠った水を混ぜる方法ではダメということは、この薬は軟膏状態が一番効果を発揮する、気がする。
なので正解は……水で混ぜながら火に掛ける、つまりは粘性を保ったままMPを追加していくのが大事……だと思う。
「わかりました、試してみます」
「あ、可能なら魔石で火を起こしてね。火の魔力も籠められるはずだから」
はい、と返事をして慌ただしく作業棟へと向かうフリッカ。
扉を開けてくぐろうとした所で「リオン様が目を覚ましたとウルさんが起きていたら伝えておきますね」と残していった。
パタパタと遠ざかって行く足音を聞きながらゆっくり、ゆっくりと身を起こす。
「いたたたた……はぁ……」
継続ダメージってこんなに痛かったのか。出来れば知りたくなかった事実を文字通り身をもって味わわせられていることに大きく息を吐く。
フリッカを待っている間もじわじわLPが減っているのでポーションを使用し、SPも切れていたのでおやつとしてクッキーを取り出して齧る。
……むぅ、体が上手く動かないせいでポロポロ零すな……後で掃除すればいいか。
のんびりと何枚目かのクッキーを食べていた所でバタバタと今度は近付いてくる足音がして、フリッカにしては早いよな、誰だろうと思いながら扉の方を眺めていると。
バン! と勢いよく扉を開けて顔を出したのは、何時になく蒼白な顔をしたウルだった。
わたしと目が合ってくしゃりと顔を歪め、ボロボロと涙を流して近付いてくる。
「リオン……!」
そのままわたしに飛びついてくるかと思ったが、包帯だらけであることに遠慮をしたのか寸前で留まってくれた。
うん、きみの力で抱き着かれたらめちゃくちゃ痛そうだからね……ちょっと助かった。などと内心で思いながら見ていたら。
手を、全身を、喉を震わせて、ウルは謝罪をしてくるのであった。
「リオン、すまぬ……我がもっと早く警告していれば……!」
……はて? わたしのこの怪我は雷のせいのはずだけど……何故ウルが謝るのだろうか?
「あのね、ウル――」
「すまぬ、すまぬ……っ!」
きみが謝る必要はない、そう言おうとしたのだけれども、ウルは謝罪を繰り返すばかりで聞こうとしてくれない。
うーん、こうなったら。
「えい」
「フガッ――!?」
わたしはクッキーを三枚取り出し、まとめてウルの口に放り込んだ。咄嗟に吐き出さないよう口を塞ぐ。
「食べて」
「~~~!」
「た べ て」
「……」
当然のごとく驚き『何をするのだ!』とでも言いたげであったが、わたしの笑顔の要請に応じてくれて咀嚼を始める。
うん、お腹減ってたら判断も冷静にならないだろうしね。決して脅しではないのだよ。
「リオン、我は――」
「ほら、ウル、こっちおいで」
食べ終わったウルの言葉を今度はわたしがあえて遮るように発言する。わたしが寝ているベッドの隣をポンポンと叩きながら。
フリッカは『ウルは休んでいる』と言っていたが、きちんと休めてないのはその顔色を見れば一目瞭然だ。
きっとわたしが大怪我をしたことに責任を感じてしまい、罪悪感やら焦燥感やらで休めなかったのだろう。
であれば、わたしがまずすることは。
「疲れてるんだよ、寝よう?」
「しかし……」
「ウル」
笑顔でじーっと見詰めること十数秒。
根負けしたのかウルは渋々とした顔つきでゆっくりと布団に潜り込み、わたしの手を握って程なくして眠りに落ちるのだった。
火傷レベルはスリップダメージの大きさ、薬での治りにくさです。




