其は雷鳴と共に
都合により三人称です。
「リオン、出口に近付くな! 奥へ急げ!!」
「えっ?」
ソレの接近を察知したウルの警告は……ほんの少し、遅かった。
――ドオオオオオオンッ!!
「――」
天より撃ち落とされた一筋の光――雷が、リオンを飲み込んだのだ。
正確にはリオンが立ち止まったことでギリギリ穴より顔を出しておらず、雷はリオンの傍の地面に落ちており直撃したわけではない。もし直撃だったらいかに神子とてその命は失われていたことだろう。
なので警告そのものはリオンの命を救ったとも言えるのだが……この時のウルにそのような判断は出来ず、ただ『もっと早く気付いておれば』と言う後悔に苛まされる一因となるだけだった。
「リオン!!」
目を焼く光と粉塵が収まり、悲鳴を上げることすら出来ず崩れ落ちたリオンへと慌ててウルは駆け寄る。
その容態は……酷い有り様だった。
装備品は吹き飛び、衣服も破けて肌の大部分が露出している。
全身にまさに雷の形をした痣が刻まれ、火傷をしたのか、内側から弾けたのか、赤く染まっていない部分の方が少なかった。
「リオン! しっかりするのだ!」
負担を掛けないようにそっと抱き起こし呼びかけてみるも返事はない。完全に意識を失っているようだ。
ヌルりとした生暖かい感触に、ウルの背筋に冷たいモノが走る。
「……っ、ポーション!」
『念の為にね』とリオンにポーションを持たされていたのだが、自身で使うことがなかったのですっかり存在を忘れかけていた。
リオンの体がポーションの淡い癒しの光に包まれる。しかし、ほんの少しマシになったか?と言う程度で傷が塞がることはなく、意識が戻ることもなく、依然として少しずつその命を流していっている。
「ポーションの回復力が足りないのか!? くそ、我にはこれ以上はどうしようも出来ぬ、せめてフリッカが居れば……」
そこまで思った所で、この場にもう一人居ることを思い出した。
「そうだ、レグルス! 帰還石を――」
使え、そう続けようとしたのだが、レグルスを視界に入れた途端それは叶わぬことだと気付くのだった。
レグルスもレグルスで落雷に巻き込まれており、リオン程ではないものの重傷を負っていたのだ。
リオンを抱えたままレグルスにポーションを投げ付けるが、呻き声を上げたものの気絶したままで、アイテムを使える状態にない。
「我にも使える帰還石があれば……!」
ウルは今ほどモノ作りがロクすっぽ出来ないその身を呪ったことはなかった。ギリと強く歯を食いしばり、唇が裂けて血が流れているが気に留めてなどいられない。
だが後悔した所で事態が好転するはずもない。死なないようにちまちま手持ちのポーションで回復をさせつつ、リオンかレグルスが目を覚ますのを待って――
――グルアアアアアッ!!
――ギュアアッ!
……どうやらそうはさせてくれないらしい。
ウルが落雷の前に察知した強大な気配が、取り巻きを引き連れてここまで辿り着いたようだ。
「相手をしている場合ではないと言うのに……!」
ウルの内に沸々とナニカが込み上げ、呼応するかのように視界が赤く染まっていく。
ドクドクとやけに心音が大きく聞こえ、鼓動と共に体内の隅々までソレが送り込まれているようだ。
体中を巡り、血潮を、魂を、熱く煮えたぎらせて。
そして、堰が壊れたかの如く外へと噴出した。
「貴様ら……邪魔を……するなあああああっ!!」
ここから数分の出来事は、靄がかったようにウルの記憶にはわずかにしか残らなかった。
黒いオーラを纏ったウルは僅かに残った理性の一欠けらで、リオンとレグルスを巻き込まないように穴の外へと出る。激しい雨に打たれても意に介さない。
そして己の邪魔をする者達を、いつもの陽気さが全く見当たらない、弱者であればそれだけで凍り付いてしまいそうな冷たい瞳で睨み付けた。
標的は上空に、ボスらしき巨躯が一体と取り巻きが二十体といった所か。
取り巻き達は皆体長二メートル程の鳥で、大きな嘴と爪を備え、獲物を威嚇しているのか頭上をグルグルと旋回しながら鳴き続けている。
ボスは鷲と竜を足して割ったような形状をしていた。
取り巻き達よりも遥かに大きな嘴の内側には鋭い歯が生えており、一噛みするだけで噛まれたモノは呆気なく引き裂かれることだろう。
爪はウルの腕程もあるのではないかと言う太さであり、掴まれたら最後、二度と逃げられぬか掴まれた瞬間に体が分断されることだろう。
全身羽毛に覆われているものの、その内にはミッチリと詰まった鋼のような筋肉があることを容易に想像させる圧を備えており、その様は……空の覇者と言った風格であった。
また、大きな特徴としてその身に紫雷を帯び、バチバチと放電を繰り返している。
そこでウルは悟った。
貴様が雷を落としたのか、と。
ただの落雷事故ではなく、その意志でもってリオンに手を出したのか、と。
であるならば……死ね、と。
ウルの意志に殺意が混入すると共に、パン! と取り巻きの一体が肉片の花火を咲かせた。
目にも止まらぬ速さで足元に転がっていた石を投げ付けたのだ。
それはリオンの矢など比べ物にならぬ程の速さと重さであり、取り巻きを一撃で絶命させるに十分な力を持っていた。
ギャア!?
ギュアアアッ!
たかが取り巻きにウルの速さを認識することは出来ず、唐突に仲間が殺られたことに驚きを見せる。
その隙が命取りだ。……いや、隙がなかったとしても結末は同じであっただろう。
パン! パンパン! と次々と最初の一匹と同じ末路を辿っていく。
何が何だかまるで理解出来ない取り巻き達は混乱の坩堝と化した。そしてすぐにその狂騒は収まることとなる。
……全滅という結末によって。
ウルは当然それだけで済ますはずもない。
ボスに向けても投石をしていた。
しかし。
バヂィッ!
ボスが帯びている雷に防がれてしまうのだった。
そしてボスとてただ一方的にやられているだけで終わるわけがない。
グオオオオッ!
バンッッ!!
咆哮を合図に雷をウルに向かって落とす。
「ガアアアアアッ!!」
驚異的な身体能力を持つウルであっても光速で繰り出される雷を避けきることは出来なかった。
直撃によるダメージにたまらず声を上げ、衝撃で後方へと吹き飛ばされていく。これではもう戦えないだろう。
……と思われたが。
「ァアアッ!」
ウルは仕返しとばかりに雷エネルギーと己のオーラを乗せて、巨大な石――リオンの置いた石ブロックだ――を投げ付けた。
確かに通常であれば大ダメージは免れなかっただろう。しかしウルのオーラは瘴気の如く雷ダメージを減衰させるどころか、逆に雷エネルギーを取り込んでいたのだ。
グァオオォ!?
ボスは雷での迎撃を試みたがウルのオーラに阻まれて敵わず、正面から喰らうことになる。
石ころと違いかなりの質量がある石ブロックが飛んできたのだ。その衝撃と、石が割れたことによる破片で反射的に目を瞑る。
そしてその好機を逃すウルではない。
――バチバチバチィッ!
槍投げの構えを取り。
手には黒き雷槍。
己の持ちうる全ての力を篭め。
弓を引き絞るかのように極限まで腕を引き。
大地を割る勢いで足を踏みしめ。
天をも貫く一撃を!
ドッッパンッ!!
グゥアアアアッ!?
しかしそれは目標であったボスの頭ではなく、肩を抉り飛ばすだけに留まった。
ボスがその雷槍を避けられたのはただの偶然でしかなかった。石片を振り払うように首を動かしたらそうなったというだけであった。
……あれが頭、もしくは胴体に当たっていたら即死だっただろう。
ボスの頭は痛みと屈辱に塗れながらも、それ以上の恐怖により即時の撤退を決意した。
無様に逃走するボスの背を見てもウルの溜飲が下がることはなく、逃がしてなるものかと足に力を篭めたその時。
「……あ…………さん……」
「――レグルスっ?」
鋭敏になっていたウルの耳に微かにレグルスの声が届いたことで、追撃よりも大事なことを思い起こさせた。




