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終末世界の開拓記  作者: なづきち
第二章:森奥の餓えた叫び

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成れの果てが滅ぶ時

『ギギ……ギ……』

「先輩の数々のやらかしのおかげで後輩わたしが非常に迷惑してるんですよねー」


 わたしは弓の次に得意(ただし『比較的』という言葉が付く)な片手剣であるオークファングソードを取り出して突き付けた。もちろん聖水塗布済の品である。

 聖気に気付いたのか、神子の亡霊が後ずさりをするような仕草をする。ただし足はないので動けず、本来足がある場所には大きな核が存在していた。まぁ足があったとしても逃がさないけどね。


「なので……さっさと討伐されてくれません!?」

『ギッガガ……ダマレッ』


 剣を振りかぶり突っ込むわたしに、亡霊はその靄状の腕を伸ばし迎撃しようとした。

 が、わたしは元より真正面から攻撃を仕掛けるつもりはない。ウルさんと同じような活躍を期待しちゃダメですからね!

 亡霊の攻撃と同時に右側へ進路を逸らし、真横を通った腕を斬り付けながらさらに右側へと走る。


『ギ、ザマ゛ッッ! ガアアアアッ!』

「当たらないですよー、だ!」


 内心では冷や汗を掻きながらギリギリ避けている所を、さも余裕で避けているかのように装いながら走る、走る。

 しかし亡霊の攻撃が素早くて近付くことが出来ず、周囲を走るだけに留まっている。


「くっそ……隙が見つからない……!」

『ヒャヒャ! サッキノ威勢ハドウシタ!』


 わたしの顔に少しずつ焦燥感が浮かび、亡霊の声に少しずつ愉悦が混じる。いっそ勢い付けて突撃しようとしても靄腕に追われてその場を離れる。

 進路を変えてまた走り、前から横からの攻撃は何とか斬り払えたが、後ろからの攻撃に対応しきれず、ガツン!と衝撃がしてこらえきれず前へと転げる。


「いった!」

『ギヒャヒャヒャヒャ! 無様ニ逃ゲテバカリダナ!!」

「くっそぉ……!」


 絶好の機会に亡霊が追撃しなかったのは、わたしを嬲っているつもりなのだろう。

 痛みをこらえて立ち上がりまた走ろうとした所で、靄に足元を掬われてまたも転げることになった。


『ハハ、ホラドウシタ、逃ゲルンダロウ?』

「……いや」

『ナンダ、諦メタノカ?』


 わたしは、剣を握っていない方の手の力を緩め。



もう終わったよ・・・・・・・


『……ナ、ニ……?」



 ポンと、ずっと手に持っていたソレ・・を、放り投げた。


『……空ノ……瓶……?』


 そう。聖水・・の空き瓶だ。


 わたしはそう見せかけていただけで、本気で攻めあぐねて逃げ回っていたわけではない。

 剣をこれみよがしに見せつけて警戒心を引きつけておきながら、強化版聖水を周囲に撒いていたのだ。

 つまり。


 ――カッ!!


『ギャアアアアアッ!?」


 この核のある場を聖域化した・・・・・のだ。


 悪霊であるならば聖域の効果は覿面。

 足元より溢れる聖なる光を浴びてみるみるとその靄の体積を減らしていくが、まだ消滅には至らなさそうだ。

 これで倒せなかったのは残念だけれども、まだ手は残されているので問題はない。


「ほーれ、これでも喰らえー」


 そうして投げたのは、フリッカの聖火セイクリッドフレイムの魔法が篭められた魔石で作った【聖火の矢】だ。


 ゴウッ!


『アアアアアアアアアアッ!!」


 亡霊に当たった途端、魔石やじりから金色の炎が吹き上がり靄を焼き散らしていく。

 しかし……亡霊もしぶといもので、それでもまだ、存在を保っていた。


『マダ、マダダ……オレノ怒リハ、コノ程度デ、燃エ尽キルモノカ……!』

「……」


 怒り、ね。

 こんなになってまで抱くその思い……ひょっとしたら彼をここまで暴走させた、想像を絶するような何かがあったのかもしれない。

 でも。それでも。


『コノヨウナトコロデ、死ンデタマルカァ……!!』

「……何を言ってるの?」


 わたしはお前に同情しない。

 わたしはお前を許さない。


 現実を突きつけるべく、わたしはそれを取り出した。



「お前はとっくに死んでいるよ?」



 神子の、遺骨を。


『……ッ!?』

「たとえお前の怒りが正当なものだとしても、悪霊に成って、周りに……創造神様に迷惑を掛けている時点で、わたしはお前を滅ぼすと決めた」


 慈悲はない。

 躊躇もない。


 だからわたしは、更に聖水を取り出した。


『ヒッ……!』


 亡霊は靄であると言うのにあからさまにわかるほどの怯えを見せ、逃げ道は、打開策はないかとギョロギョロと目の熾火を巡らせる。

 そして、わたし……の横、正確には後ろを見て、これ以上ない哀れな声を上げた。


『ア、アアアア……シギュネ、助ケテクレ……!』


 新たな名前を耳にして、また別の敵が現れたのか?と振り返ってみれば。

 そこに立って居たのは……フリッカだった。

 根を操作する力が残ってないのか、戦いは終わっていたようだ。気付けば後方が静かになっており、ウルが手を上げているのが見える。

 フリッカに『どゆこと?』と視線を送ってみるが、『わかりません』と首を横に振られた。

 ……まぁそうよね。実はここで『共謀者でした』とか言われたら、わたしは全てを信じられなくなってしまうよ……。


「……何処の何方と勘違いされてるのかは知りませんが……」


 フリッカは亡霊に向かってゆっくりと歩いていく。

 もしもの時のために対処出来るようウルがその斜め後ろについていたので、ひとまず見守ってみることにした。

 特に反撃されることもなく、亡霊の目の前へと辿り着く。

 亡霊は攻撃しようと……ではなく、縋るように弱々しく、その腕を伸ばし……フリッカに届こうかと言う寸前で。


「私は、貴方を助ける気は一切合切ありません」

『……ッ!!』


 雷に打たれたように、亡霊の動きがピタリと止まった。


「むしろ、恨み骨髄です。どうぞ滅んでください」

『ア……ア……――』


 温度のない瞳に見据えられ、真正面からぶつけられる剥き出しの敵意に、亡霊はぶるぶると震え、少しずつ、少しずつ、その靄が小さくなっていく。

 ……心がポッキリ折れたのかな。

 最後の希望?かに思われた相手からそんなこと言われればねぇ……気持ちはわからんでもないけれど憐みなんて向けてやらん。


「リオン様」

「え? あっはい」


 フリッカに手を差し出され何のことかわからなかったけれど、わたしが持っていた聖水が欲しいのだと気付く。

 恐る恐る渡してあげると、すぐさまキュッと蓋を開けた。


「それでも、貴方にたった一つだけ感謝することがあります」

『……?』


 トプトプと、フリッカはすっかり抵抗をやめてしまった亡霊に聖水を振り掛けながら、ある意味刃となる言葉を紡ぐ。


「貴方のおかげでリオン様に出会えました。ありがとうございます」


『――』


 そんな、今際の際である自分ではない別の誰かを想いながら、止めを刺してくる相手を虚ろな目で見つめ。

 最後に何を思ったのかわからないし知る必要もないが、神子だったモノは静かに消滅していった。



「あの、リオン様……つい、止めを私が行ってしまいましたが……宜しかったでしょうか?」

「あー、いいよいいよ。わたしよりきみの方が遥かに大変だっただろうしね」


 数日辟易しただけのわたしと、三百年の間、村ごと歪められてしまい、人生を狂わされてしまったフリッカとでは比べるべくもない。

 むしろこれだけで気が晴れるの? 吐け口がなくなって困らない? と不安になってくる。


「いえ、大丈夫です。先程も言いましたが……貴女に出会えたことを考えれば、むしろトータルではプラスかもしれません」

「……そ、そう」


 確かにわたしはあれこれやったけど……帳消しになるような何かをしたかしら……?

 ものすごく疑問であるけれども、あまりに真っ直ぐに言われたので気恥ずかしくて突っ込めず、目を逸らしてしまう。


「……ん?」


 視線を落としたことで、靄が消え去ったその場に小さな黒い石のようなものが落ちているのを見つけた。

 拾ってみると、それは――


「うげ……」



●森王の魂

 とある森を支配した人間ヒューマンの魂。

 身が焦がれる程の怒りと空虚な絶望が篭められている。

 【不壊属性】【神子のみ加工可能】



「リオン、どうしたのだ?」


 変な声を出したわたしを不思議に思ったのか、ウルと、少し遅れてフリッカが覗き込んでくる。

 わたしは特に隠すでもなく、拾ったアイテムを見せた。


「「……」」


 そして見事に二人とも顔をしかめた。


「……フリッカ、これ欲しい?」

「要りません」


 即答である。ですよねー。


 森王の魂とあるけど……どう考えてもさっきの神子の魂だよね……。

 何でこんな物が取れてしまったのか……アイテムであれば何でも収集したくなるわたしではあるけど、正直これは要らなかった。

 しかし壊そうにも【不壊属性】が付いているし、見なかったフリして捨てて行こうにもまた騒動が起こりそうで怖い。何かのアイテムに加工するにも心情的に嫌だし。

 はぁ……わたしのアイテムボックスの片隅に転がしておくしかないか……。

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