一件落着……あれ?
ひとまず周辺へこれ以上被害が広がることもなさそうだ、と地上へと降り立ち、ウルの背から降りる。
「そういえばウル……ヒト型に変化は出来る……?」
ウルは現在は破壊神であると共に、大きなウロボロスドラゴンと成ってしまっている。このままだと……部屋に入れないよね。さすがに元がヒトだとわかっているだけに、ゼファーやアルバみたいに竜小屋を作ってそこで寝泊りしてもらうのも気が引ける。ドラゴンサイズの住み心地のよい家を作ることも出来るけど、ヒトサイズに比べると色んな点で快適さは落ちてしまう。
「真っ先に心配するのはそこであるか?」
「……いやまぁ、他のヒトたちが怯えるかも、みたいな懸念もあるけども」
とはいえ援軍に来てくれた彼ら彼女らはこの拠点の住人ではないのだ。侵攻が終わった今、帰ってもらえば済む話である。もちろん相応のお礼はするよ。
それ以外、拠点の皆であれば……大丈夫でしょ、という気持ちがある。それはわたしは関係なく、ウル自身が今までに培ってきた信頼の積み重なりだ。……神気隠蔽シャツを着ていてさえ破壊神の気配に敏感なマナだけはちょっと怯えるかもだけど。
「……まぁ、出来るであろ」
ウルは一つ大きく深呼吸をし、体に力を入れる。
すると、ヒトからドラゴンへ変化していった時の逆戻しのように、するすると体が小さくなっていった。
――はっ。待って? ウルの服ってどうなってるの?
以前着ていた服は影も形もない。サイズが違いすぎるのだから当たり前だ。よもやあの瞬間に咄嗟にアイテムボックスにしまったというわけでもないだろう。さすがに裸はまずいと焦ってアイテムボックスを探すわたしの思考を吹っ飛ばすような変化が、ウルに起こっていた。
ウルは裸ではなく足首まである闇色のローブのような物を着ていた。先代破壊神ノクスが身に着けていた物とそっくりだ。
「えっと……ウル、その服は?」
「む? 何やら勝手に出来ておった。これもある程度変化させられるようだ」
なるほど? 神力で出来た服ってことかな? きっと光神の出し入れ可能な翼と似たような原理なのだろう。
いやそこも気にはなるけど、そこが驚いた点ではなくて。
「……ウルさん、何やら体の調子が変わっていたりしませんか……?」
「その口調は何なのだ……? 別に特に変わっては……いや、んん?」
ウルが自分、ではなく、わたしの方を見てくる。
わたしを、見下ろしてくる。
「……リオン、お主……縮んでおらぬか?」
「ウルが大きくなってるんだよ!?」
「……なぬ?」
そう、ウルが、大きくなっていたのだ。
十代前半くらいの少女から、二十前後くらいの女性へと。
背丈がすらりと伸び、前はわたしより少し低かったのに、わたしより頭半分は大きくなっている。
意志が強く、それでいて少女の可愛らしさも併せ持った目は、切れ長のクール系へと。色は変わらず満月の如き金色で。
それは……先代破壊神を彷彿とさせる変化。それよりはいくらか若いけれど、姉妹と言われれば誰もが納得しそうな見た目。ウルのモデルがそうなのだから、何もおかしい話ではないのだけれども。
ウルは不思議そうに自分の手足をぶらぶらと動かしたり、体をひねったりしている。ぎこちない動きではない。
「……ふむ、特に問題はないのであるな」
「うーん……ウルがそういうなら、大丈夫、なのかな?」
きっかけはまず間違いなく、破壊神の力を受け取ったからだろう。
ウルに翼が生えたことに創造神もびっくりしていたけど、それと同じくウルの体が神造だからこそ起こった変化だろうか。創造神の力を受け取ったわたしに変化が起こってないのは、あくまでも神子だからかな。……でもわたしの体も神造だし、神子は成長しない――正確には老化しない――のだけれども、わたしも身長が伸びたりするのだろうか。もうちょっと欲しいので伸びてくれないかなぁ。
そうして拠点の前までのんびりと歩いていると……飛び出してきた人影が一つ。後からゆっくりついてくる人影が二つ。それ以外は拠点の聖域の範囲内でこちらを遠目に窺いつつもザワザワしているようだ。むぅ、破壊神が近づいたせいだろうか。
「ちょっとちょっと! 一体どういうことなのよ!?」
飛び出してきたのはセレネだった。ウルを見て、愕然とした表情をしている。
その理由は――
「なんでおっきくなってるの!? 羨ましい!」
「……えぇー……」
「はっ!? 今はアンタが破壊神様だったわよね。今すぐにアタシの加護を持ってって、十年後くらいにまたちょうだい!」
「む、無茶を言うでない……」
……セレネは破壊神の神子であることで外見が成長しないことを気にしていたのだが、同条件であると思っていたウルが大きくなったことに驚愕していたようだ。まぁ……セレネが外見を気にするのはわたしの対応のせいだと思うけども……う、うぬぅ。先代破壊神ならともかく、ウルが相手だからと良くも悪くも無遠慮というかなんというか、いきなりそんな話されても困るよね……。
後からついてきていた二人は、フリッカと地神だった。フリッカはともかく……地神? その地神も、微妙な顔つきだ。
「……前からわかっちゃいたんだが……よりノクスに似てしまってまぁ……頭が痛いことになりそうさね」
「……どういうことです?」
「創造神がね……」
「……えぇー……」
今は創造神は疲労で倒れているという話だけれども、目を覚ませばきっと、先代破壊神が失われたことに大いに嘆くことだろう。
そこに、よく似たウルの顔を見ればどうなるか。……まぁわたしでも情緒がぶっ壊れそうな気はするので、あまり責められない。責められないけど、困る。これは早めに何とかしなければなぁ。
「そこはおいおい考えるとして。リオン、アンタにとって都合の悪い話が二つほどある」
「えっ。……もしかして誰か、犠牲者が出た、とか?」
ドクンと、心臓が嫌な音を立てる。
わたしは上空で冥界の王に掛かり切りで、下のことに手が回らなかった。冥界の王が切り離した肉のせいで怪我をしていたヒトが居たのだ。そうでなくても大量のモンスターに攻め込まれていたのだし……死んだヒトが居たって、おかしい話ではない。
その想像は、フリッカが否定してくれた。
「いいえ。怪我をした方は大勢居ますが、幸いにして亡くなった方は居ません。リオン様が大量にポーションなどの回復アイテムを用意してくださったおかげです」
「そ、そっか。良かった……」
じゃあ一体何なんだろう。……そういえば言い回しも妙だったな。『わたしにとって』都合の悪い話って。
「詳しい話は後で六神全員を交えてからもう一度するが、まず一つ。プロメーティアが馬鹿なせいで……いや必要なことだったとは頭ではわかっちゃいるんだが、ともかく。アンタへ神力を渡しすぎたせいで、創造神としての活動が全く出来ない状態さね」
「……それは……」
限界まで力を渡してくれたのは、幼女にまで縮んでしまったことからもわかる。おそらくだけど、そこまで渡してくれたからこそ、ウルへ聖属性が付与出来たのだし、一時的な太陽の代替アイテムも作ることが出来た。もし少しでも足りなかったら作成出来ず、最悪の結果になっていた可能性が高い。
だからこその、弊害。それもとても大きな。しかしこの日蝕を乗り切らなければ未来はなかったので、間違った選択とは言えない。
「つまり、わたしに創造神様の活動を代替しろってことでしょうか?」
「……そうなるさね。とはいえアンタは新米。出来ないことの方が多いから完璧にやることは期待しちゃあいないので、出来る範囲でいいさね」
「ですよねぇ。神子歴数年のわたしに出来ることなんてそう多くないですよねぇ」
うんうんと同意していたら、地神が乾いた笑みを向けてきた。フリッカも困ったような、曖昧な表情だ。
……何だろう、途轍もなく嫌な予感がする。今すぐに耳を塞いで逃げてしまいたい。
実際に逃げ出す直前に、地神にがっしりと肩を掴まれて動けなくされた。肩に置く手はただのほっそりとした女性の手なのに、大きな力で圧し掛かっているように感じる。
重々しく開いた、しかしながらどこか自棄になったような地神の声が……全くもって現実味がある言葉として捉えられなかった。
「今はアンタが創造神さね。……オメデトウ」




