ウルの変化
ラグナが取り出した剣は、これまた呪われていそうな赤黒い光りをほんのりと放つ大剣だった。ところどころに刃こぼれがあるが、きちんと手入れされていないだけなのか、何かしら意味があってのことなのか。
ウルは光神アイティと訓練することで武器を持つ相手への対処を覚え、火神ヘファイストと訓練することで徒手空拳の相手との対処も覚えた。付け加えるとリオンとの訓練で奇策への耐性も付いた。武神でもあるどちらの神からも褒められているので、ラグナ相手とて早々に遅れを取ることはないはずだ。とはいえ神たちはそのラグナに個別とはいえ封印されてしまったので、ラグナ側にも相応の手段があることは確実。現にあの大剣から嫌な気配を感じ、背筋がぞわぞわとする。ゼファーも嫌そうに「キュー……」と力なく鳴いた。
「……創造の力のみで戦うと自分で宣言したくせに、そのような気味の悪い剣を使うのかの?」
「うるせぇよ。これは確かに俺が作った剣だ。……時間経過で変化したがな」
昔は存外まじめ……かどうかはともかく、モノ作りをしていたらしい。後にラグナの邪気を受けて、あのような見た目になってしまったということか。リオンの剣が聖なる力を帯びるのと同じような原理だろう。つまりラグナのそれは創造の力ではないのでは、と突っ込みを入れたところで『じゃあ縛りやめるわ』と言われても相手の手数が増えて面倒になるので黙っておいた。
ウルの勝機は、ラグナが『ウルを舐めて全力を出さない』ところにあるのだから。憎しみに染まってはいても、格下と侮る目をしているからだ。
ひとまず、様子見としてウルは投石を繰り返す。ラグナは「馬鹿の一つ覚えかよ!」と吐き捨てながら避け、時には大剣で弾く。
先ほどから思ってはいたが、ラグナはウルの攻撃に反応出来るほどには目が良く、身体能力も高い。技能もへったくれもなく強大な力をぶっ放すだけの単細胞な奴だったら楽だったのに、世の中上手くはいかないものだ。ただ、達人というには遠い体捌きだった。この点ではアイティ、ヘファイストの方が勝っている。
しかしやはり上空というのは大きなネックだ。足であるゼファーが近接戦闘には向かないし、体がウルに比べて大きいためどうしても当たり判定も大きくなる。出来れば地上戦に持ち込みたいところだが、リオンのようにスカイウイングを身に着けているでもなし、ラグナが飛んでいる理由が自前のスキルなのかアイテムなのかさっぱり見当がつかない。後者ならアイテムを壊せば済むが、前者であればどうにもならないだろう。ひとまず戦ってから考えよう、とウルはその思考を端に寄せる。
「ゼファー、奴に体当たりするよう飛んでくれ。下から攻撃が来たら避けろ。上からなら弾くので任せよ」
「キュッ」
ゼファーは周囲を切り裂く風を纏いながら、ラグナへと真っ直ぐに突っ込んでいった。
「真正面から来るなんて、さすが獣の頭だな!」
ラグナは嘲笑うように口元を歪め、風圧をものともせず大剣を大きく振りかぶる。上段からの攻撃。
ゼファーはビクビクしつつもウルの言葉を信じ、進路を変えずに真っ直ぐ飛ぶ。
「おらあああっ!」
「フンッ!」
ラグナの頭上からの振り下ろしに合わせて、ウルは大剣の腹を殴ってかちあげる。
そのままラグナの腹の方に拳を叩き込もうとしたが――
「こん……のっ……! うぜぇ!」
「――チィッ」
目の前で黒炎の魔法を使用され、そちらを叩き潰すことを優先せざるをえなかった。ラグナが追撃してこずに、爆風で自分も吹き飛ばされていたのが幸いか。とはいえ怪我一つ負っていないのだが。
「ゼファー、大丈夫か?」
「ウキュウ……」
ウルは無傷だがゼファーの背が無事ではなかったのでポーションを振り掛ける。しかし傷は塞がらなかった。黒く焼け爛れてしまっている。ウルには何の症状が出ているのかわからなかったので万能薬を振り掛けてみたが、傷は小さくなったものの完全には塞がらなかった。
今すぐ墜落するような傷ではない。しかしこれが重なればゼファーは死んでしまうだろう。こうなっては、ウルとて決断せざるをえない。これまで自分とゼファーを繋げていた安全帯を引きちぎる。
「ここまでありがとう、ゼファー。次の接敵を最後に、主はここを離脱するがよい」
「……キュ」
置いて逃げろ。
そう告げられてゼファーは困ったような声を出したが、自分はラグナ相手には足手まといだとわかっているので了承した。しかし、戸惑ってはいない。
空での移動手段としてウルを背に乗せてきたゼファーが離脱することで、一体ウルはどのように空を飛ぶのか。
その答えは、すぐに出る。
「これでも喰らいやがれ!」
ラグナは大きく腕を引き、突きの体勢を取る。大剣が黒炎に包まれると同時に、ウルたちとの間にまだ距離があるのに勢いよく突き出すと、爆音と共に黒炎がレーザーの如く前方へと迸った。
ウルはゼファーの背を蹴って黒炎を避けながらラグナの方へと跳ぶ。ゼファーは「ギュエッ」と呻き声を上げるが、蹴られた反動のおかげで背を焼かれることなく黒炎から避けることが出来た。そのまま下へと飛び、戦闘空域からの離脱を計る。
「ハハハッ、火に飛び込んでくる虫か!? お望み通り焼いてやるよ!」
離れていく雑魚には目もくれず、無防備にもやってきたウルをラグナは嘲笑う。ただ嗤いながらも先ほど剣を弾かれたことは忘れておらず、巨大な黒炎の球を作って迎撃することを選択した。
空を飛べない獣に避ける術などない――そのはずだったのに。
黒炎球はウルに当たることなく遥か彼方まで飛んでいく。
ウルが、目の前から消えた。落ちたのか?と、下を見ても姿がない。
「――は?」
見失ったのはほんの一瞬。
でありながら、致命的な一瞬。
ゴッッッ!!!
「ガッ!?」
ラグナの横っ面に衝撃が走り、錐揉み回転しながら吹き飛んでいった。
これが地上であれば何バウンドもして余計にダメージを負っていたところだが、ここは空。しばらくしてラグナは何とか体勢を立て直す。
しかし、即座に視界を何かが過り、今度は正面から痛烈なボディブローを喰らうことになる。
「ごふっ!? ……クソがっ!」
今度は一撃だけでなく、吹き飛ばされながらも二撃、三撃と追撃されるが、このままやられるわけもない。ラグナは自分を中心とした全方位に向けて、盛大に悪態を吐きながら黒炎を炸裂させた。
「――おっと」
爆音に紛れながらも、ラグナへと攻撃を加えていた者――ウルの声が思ったより間近で聞こえた。
ここは変わらず空中だ。一体どういうことだ!?とラグナはウルを睨みつける。
そこには。
ドラゴンの翼を生やし、空に滞空するウルが居た。
ウルは、リザードではなく竜人をベースにした神造人間であると聞かされた。
そしてある日、ふと考えた。
『ドラゴンの要素があるならば、翼も生やせるのではないか?』と。
ゼファーもアルバもヘリオスも、ウルの知るドラゴンはみな翼が生えている。神造人間ゆえ体型は変わらないのだとしても、鱗が増えるならば翼も増えるのでは?などと思いながら、ジズーたち終末の獣の力を取り入れていたら……本当に生えてしまった。
肉体に元々潜んでいたポテンシャルか、破壊神や獣の力など外的要因かは不明だが、ウルは細かいことは気にしなかった。むしろ『空での戦いに使える』と喜び、飛ぶ訓練を重ねて今に至る。あっという間にアルバより上手く飛べるようになって泣きそうな目で見られたのは余談だ。
「むぅ。地上と違い踏み込みの力が乗らずちと弱いか? それとも単に防御力が高いのか……もしくはリオンのようにダメージ肩代わりアイテムを使っている可能性もあるかのぅ」
ウルはウルで、自分よりラグナが強いとわかってはいたものの、高耐久をまざまざと見せつけられて唸っていた。しかしウル自身も見た目と強さが異なると散々言われているのだ。敵側もそうだった、というだけのことだ。
何であろうと変わらぬことは一つ。
強かろうと弱かろうと、リオンの敵であれば粉砕する。




