世界を駆ける
封神石から解放された破壊神は二本の足でしっかりと立っている。力を吸われすぎてヘロヘロという事態になってなくてホッとする。
……他の神様たちみたいにラグナに吸われなかったんだ?と疑問が浮かんだけど、力の差があって駄目だったか、嫌いすぎて辞めたのか……両方かな。
「……さて、と――あっ」
破壊神がのそりと動き出した……かと思えば、長すぎる自分の髪の毛を踏んで、こけた。
……えぇー……?
「まさかのドジっ子、残念美人……?」
「……貴様は儂に何を勝手に期待しておったのだ」
おっと、口に出ていた。確かに、勝手に期待して勝手に失望……はしていないけど、ギャップにビックリするのは失礼か。
でもこのクール系美女の見た目でそれはない……いやアリか……?
……そんなアホな思考内容が漏れていたのか、無言で起き上がった破壊神にガシッと顔面を鷲掴みにされる。
「い、いたい、いたいギブギブ!」
うう、これでも力のコントロールに合わせて体の頑丈さも増してきたのに、本家本元、夢じゃなく現実世界の破壊神本神のアイアンクローはめちゃくちゃ貫通してくる……破壊神は伊達じゃないというべきか、こんなところで発揮してほしくないというべきか。
「む、どうしたその手は」
「えぇと……封神石にトラップが仕掛けられていたみたいで」
破壊神に気を取られて手の治療をしていなかったのを破壊神に見られた。目敏いというよりは血の臭いがしているからかもしれない。
ポーションを取り出して治す――より先に破壊神に手を引っ張られ、フッと息を吹きかけられる。すると……血はそのままだが、痛みが消えた。
「え? 治癒魔法とか使えるんですか?」
「違う。残っていた呪いを壊しただけだ」
……へぇ……そんなことも出来るんだ。というかこれ、呪いだったのか……こわぁ。
血を拭き取っていると、破壊神は髪をいじくりだす。
「さすがに長すぎるな……切るか。ハサミを寄越せ」
「え、切っちゃうんですか? せっかくの綺麗な髪なのに」
「……だからなんだ。デメリットの方が大きいわ」
「せめて切らずに結ぶとか……」
わたしの提案に破壊神は胡乱な目を向けてくるだけだった。まぁ、さっきみたいに踏んでも危険だし、維持も大変だろうしね……。いや神様であれば維持はそんなに大変でもないのか?
そんなわたしの感情はさておき、本神がとても面倒そうだったので残念さを押し込めてハサミを取り出して、背後へと回る。
「む?」
「切りますよ。自分でやるのも大変でしょう」
破壊神はフンと鼻息を一つ鳴らしたものの、特に拒否するまでもなく背を見せたままだった。背中からぶっ刺してこない相手くらいには信用してくれてるのか、わたし程度じゃ傷一つ付けられないとでも思っているのか。……心の安寧のために前者だと思っておこう。
チョキチョキと、破壊神が自分で踏まない程度にまで短くしていく。バッサリといかないのは勿体ない気持ちがあったからだ。それに何故か唐突に悲鳴を上げそうな創造神が脳裏を過ったからってのもある。わたしは神伝にしか聞いてないけど、創造神と破壊神は仲が良いらしいからね。創造神が構い倒して、破壊神が嫌な顔をしながらも大人しくしている。ぼんやりと、そんな平和?な光景も浮かんできた。
手元が狂うことなく無事に切り終えて、ふと切り離された黒髪を眺める。……素材。
「……貴様……」
「……アッハイ……」
破壊神にウワァというような目で見られたこともあって諦めた。すみません、さすがに自分でもアレだと思いました。
「儂に恐怖しなくなったかと思えば、軽ぅく接するようになりおって……何なのだ、その図太さ」
「そういえば、そんなに怖くないですね。……畏れ敬う方がいいですか?」
「……もういい、好きにしろ。それより何でもいいから飯を寄越せ」
呆れられてしまった。なんかこう、ウルに似てる(正確にはウルが似てる)からってのもちょっと関係してるだろうけど、初めて夢で会った時はともかく、実際に対面している今はヘヘェと平伏する感じにならないというか……これも神様相手に失礼か? でも好きにしろといわれたので、好きにさせてもらいますよ。
ご飯に関しては解放されたてで空腹、というよりは神力回復の意味合いの方が強いらしい。地神の時もそうだったな。……ちゃっかり酒を要求されてたのがなんか懐かしい。今となっては堂々と要求されるけど。……わたしが神様たちに気安くなってしまうのって、わたしの魂が他の世界出身かつ無神論者だったからってだけじゃなく、神様たちの態度のせいもあるでしょ、絶対。
「でも大丈夫なんですか? 創造の力が籠もってますけど」
「料理は創造の前に死を伴うものだ。問題ない」
……なるほど。料理に関しては最たるものかもしれない。動物にしろ植物にしろ、命を奪わずには作れない物だから。
何でもいいとは言われたけど、好む食べ物もあるかもしれない。アイテムボックスに残っている色んな種類の食べ物を取り出していく。異界で探索する用に作った、というわけではなく、わたしのアイテムボックス内はいつでもこんな感じだ。一年は余裕で食っていける。
『何でこんなに持ってんの?』とでも言いたげな目を向けられたけど、大丈夫です、エンチャントで賞味期限は長く美味しいままですから。……溜息を吐かれた。過剰在庫は命への冒涜になりかねないけど、腐らせているわけじゃないし、食料が不足している村に配ったりもしているので見逃してください。そうじゃない? じゃあなんでや。
ハンバーガーを手に取り、かぶりつく破壊神。一瞬だけ止まって目をぱちくりとさせてからモリモリと静かに食べ始めた。ウルみたいに賑やかではないけれど、割とわかりやすい反応にちょっとだけむずがゆくなった。破壊神はウルの外見のモデルになっただけで性格とかは違うはずなのに、こういうところは似てる感じがするのが不思議だ。
ついでにわたしも軽食で補給すること三十分ほど。軽く十人前くらい食べたところで破壊神の食事が終了した。体型に対する食事量は前例を見まくっているのでもはや驚くまい。どうやら肉類がお好みのようで。元がドラゴンだからだろうか。
……神力補給のために『オレサマ オマエ マルカジリ』とかされなくてよかった。などと考えていたのがまた顔に出ていたのだろうか、包み紙が顔に投げつけられた。スミマセン。
「貴様なんぞを喰ったら、創造神に怒られる以前に腹を壊しそうだ」
「えぇ……どういうこと……いや美味しそうな肉だと言われても困りますけどね……」
「それに貴様を喰うよりは貴様の飯を喰う方がよっぽど有意義じゃろ。美味かったぞ」
「……ど、どういたしまして」
突然の誉め言葉に照れてしまう。他の神様たちにも褒められることはあったけど、破壊神にも満足してもらえるくらいの料理の腕があったことに誇らしさが湧いてくる。
破壊神は立ち上がり、体の調子を確かめるようにあちこちを動かす。うむ、と一つ頷いた。
「さて、行くか」
「――はい」
そう、破壊神の解放が目標ではあったけど、これは途中経過に過ぎないのだ。早く戻って、日蝕に備えなければいけない。
……向こうの状況がわからないから、最悪の場合すでに始まって終わっているのだけれど、それは考えない。追い出すようにパンと両頬を張った。
「えぇと、あ、あそこに目印ってことは、あっちに転送門があります。わたしはスカイウイングで飛びますけど、破壊神様は……えぇと、ドラゴン形態で飛べたりします?」
「飛ぶのは問題ないが、向かう先はそちらではない」
「えっ」
言うなり、破壊神の体から黒い靄が溢れ、メキメキと音を立てて……変形していく。大きくなっていく。
衣服が破れるのでは?という心配は余計だったようだ。肌――黒い鱗に吸収されるように消えていった。ただの衣服じゃないことが興味深いけど、聞くのは全部終わってからにしよう。
間もなく……今までわたしが見てきたどのドラゴンよりも大きな、黒いドラゴンへと成った。
――ウロボロスドラゴン。
恐怖とはまた違った別の感情に、体がブルリと震える。
わたしが言葉を発せないでいる間に、破壊神はわたしをパクリと咥え、背中へとポイと放り投げた。
「え?」
『振り落とされるでないぞ』
「……え?」
ゴアアアアアアアアアアッ!!
耳をつんざく咆哮。
力の籠められた声は……空を、裂いた。
ギチギチと、まるで巨大な生き物が、口を大きく開くような。
それは……いつか、どこかで見た光景。
――わたしが、この世界に、来る時の。
――世界を、越えるための。
そう、思い出した瞬間、破壊神はわたしを乗せて空間の裂け目へと飛んでいくのだった。
年末は更新が乱れるかもしれません…




