魂の導き
「あぁもう、どれだけ進めば辿り着くんだ!」
このミノスの大迷宮に来て何日経っただろうか。七日も経っていない、はず、だけども、あちこちで肉体的にも精神的にも削られ、それでいて夜は夜でぐっすり眠れないのだから疲労もストレスも溜まってしょうがない。体力はまだ大丈夫だけど、精神の方がやさぐれてきてついつい叫んでしまった。これが普通のダンジョンであればモンスターを呼び寄せるやってはいけない行為だけど、この大迷宮であればモンスターが隠れるスペースがない、もしくはワープで飛んでくるかどちらかなので何をしたところで変わりはないのだ。
「はぁ……意思疎通の出来る召喚獣とか実装してくれないかな……」
一人で歩くことに飽きてきて、益体もないことを呟く。ファンタジー系定番のシステムではあるけれど、残念ながらワールドメーカーにはそのようなものはなかった。現実になったこの世界でも存在していない。ある程度自律機能のあるゴーレムは作れても会話なんて出来やしない。
「――ハッ。そういう魔法を創造すればチャンスはある……?」
命そのものを作り出せないという制限はあるけれど、それ以外のことは必要な物(スキルレベルや素材、魔力など)があれば、頑張れば出来そうな世界なのだ。召喚陣をゲートにしてすでに存在する誰かを呼ぶくらいは出来るんじゃないだろうか。
……ある意味異空間であるアイテムボックスに生き物は入れられないし、異界に来るには大掛かりな転送門を作る必要があるくらいには超高難易度の技術だし、この時のわたしはそんな簡単なことも思いつかなかった。きっと疲れていたのだ。
わたしは手を前に出し、床をジッと見つめる。そして魔力を放出し、即席の魔法陣っぽいものを脳内に描く。
「出でよ……なんでもいいから!」
何も考えていなかったせいで対象が明確に出来ず、そんな間抜けなことを口にする。
シーンと、変わらぬ静寂が流れた。
『……何やってるんだろ』とここでやっと我に返り、恥ずかしさを飲み込みながら手を引っ込めようとしたその時。
床が光った。
「は!? まさか成功した!?」
……わけがなく。
出てきたのは、迷宮内でよく見かけるナイトスケルトンだった。
つまり、丁度よい(?)タイミングでランダムワープしてきただけ。
「ですよねぇ!!」
わたしはハンマーを取り出して一撃で粉砕するのだった。八つ当たり気味に。
……一瞬期待させやがってぇ!
「……はぁ……」
何もない小部屋で、休憩をしようと壁を背にずり落ちるように座り込む。
過労で倒れないために、回復のために休憩は必須だ。けれど、今日は座り込むたびにお尻に根が生えそうになる。かと言って立ったままでは余計に疲れが取れないので座らざるをえない。……メンタルにきてるなぁ。
この大迷宮ではランダムワープが発生しているため、現在地が全くわからない。ついでに言えば目的地も全くわからない。進んでいるのか、進んでいないのか、後どれくらいで辿り着くのか、どれも不明。せめて何割進んだとか表示されればモチベが上がるものの……いや、逆に後退した時に落胆するか。もしも九割がた進んだところで最初の位置まで戻されたと知ったら、心がポッキリ折れてしまいそうだ。
「うぁー……なんか、めっちゃねむくなってき……た」
ちょっと休憩をするだけのつもりだったのに、猛烈な眠気が襲い掛かってきた。
辛うじて聖域化して、警戒用ゴーレムを多めに出したところで意識が落ちる。
とぷんと、体が水の中に沈んでいくような感覚がした。
『――』
……あれ? わたし、何してたんだっけ……?
ぼーっとする頭を振り、あくびをしながら目をこする。
『――――ぃ』
ゆるゆると周囲を見回すけれど、何も見えない。……ひょっとして、また無明部屋に飛ばされて――
「おいこら」
「ひえっ!?」
耳元にドスの利いた声がして背筋をシュッとさせる。戦闘態勢を取らなかったのはわたしが緩んでいたからではなくて、声に敵意がなかったからだと思いたい。モンスターだったら死んでいた……。
と、無意識にポロっと零していたらしい。わたしに声をかけてきた誰かから言葉が返ってくる。
「ハッ、儂はモンスターのようなモノであるのだがな」
「いやいや、そんなことは……って破壊神様!?」
「……貴様、頭は大丈夫か?」
一面闇の視界の中に姿を現したのは、大きくなったウル――ではなく、破壊神ノクス。
声の主が誰か、遅まきに気付いたわたしの頭を呆れ気味に心配されてしまった。ご、ごめんなさい。
そして今更ながら、声質も似ていることに気が付いた。モデルにしているからかな……? ウルが大きくなって少し声が低くなればこんな感じになる……って、ウルも神子だから見た目の年は変化しないんだっけ。わたしと同じく特殊な生まれゆえに神子を辞めることは出来ず、外見年齢を重ねることもないだろう。……ちょっと残念だ。
「またぞろ変なことを考えていそうな面よのぅ……まぁ貴様が阿呆なのは今更なのだが」
「ちょ――」
「そんなことよりも。貴様は一体何をしておるのだ? 何故さっさと儂の元まで来ない」
唐突な罵倒に抗議の声を上げる前に被せられて、その内容に詰まってしまう。
「……何故、と言われましても……この大迷宮は巨大な迷路ってだけでなく、ランダムワープで飛ばされてしまいますし……」
「? そんなの無視して、真っ直ぐに来ればよいだけじゃろ?」
「じゃろ?と言われましても……不壊属性の壁ですよ……? ランダムワープも見た目がわからないから、避けようがないですよね……?」
わたしが泣き言のように言うと、破壊神の目に呆れの色が強くなった。えぇ……理不尽では……?
「いい加減自覚をせぬか。鏡でも見ればよくわかるのではないか?」
「はい? 鏡?」
「貴様は誰の力を持っていると思っているのだ」
「誰、って……創造神様と破壊神様と、終末の獣……?」
答えさせておきながら、破壊神は目を逸らし「改めて聞くとおかしいのよな……」とか呟いていた。あのぉ……?
「貴様がおかしいのはさておき」
「ちょっ――」
「この破壊神の力を持っておきながら、何故、壁如きが破壊出来ぬと思うのだ」
「……さっきも言いましたけど、不壊属性ですよ?」
「……貴様、よもや不壊属性を勘違いしておるのか?」
勘違い?
……いやでも確か、不壊という字面でありながら、神クラスの力を持っていれば壊せるんだっけか。あのミノタウロスが床に傷を刻んだように。
けれど、神クラスの力なんて、わたしにあるわけが――
「本当に、そう思うのか?」
「……えっと……」
「儂に怯えなくなった貴様に、その力がないと思うのか?」
……あれ?
そういえば……全く怖くなくなったわけじゃないけど、押しつぶされそうとか、震えて仕方がないとか、そんなんじゃなくなってるな……?
いつから? この心臓が作り直されてから? 終末の獣の力を摂取しはじめてから? いや期間なんてどうでもいいか。
重要なのは、今のわたしにそれだけの力が付いているということ。実感は湧かないけど、破壊神から見てもそうであるならば疑う余地はないのだろう。
そしてこの言い分であれば、ランダムワープも何らかの見分け方があるのかもしれない。わかりさえすれば、無明部屋のトラップのように壊すことも可能なのだろう。
「――フン。あまり時間は残されていないのでな。早く来るがよい」
「あ、あ、ちょっと待って」
「む? まだなんぞあるのか?」
今にも消えてしまいそうな破壊神を反射的に呼び止める。怪訝な顔をしつつも止まってくれるあたり、やはり面倒見がよいな?
わたしが呼び止めた理由は一つ。
「もうずっと誰ともしゃべれてないから寂しくて寂しくて……!」
などと正直に吐露したら、『うわぁ……』って顔をされた。やや傷付くけど、ずっと一人だったからそれすらもなんか楽しい!
あ、ちょ、蹴らないで!? SMな趣味はないんですぅ!
「そんなにしゃべりたいならさっさと封印を解きに来い! この戯けが!」
「ごもっともですううううう!」
最後には破壊神に思いっきり蹴り飛ばされて、夢から覚めるわたしであった。




