一日目の終わり
「いやはや、慢心してたなぁ……」
何故わたしはこの厳しい異界において、『耐性を抜けるはずがない』などと思い込んでしまったのだろうか。少量のダメージとはいえ実際に抜かれてしまい、非常に恥ずかしい思いである。穴を掘って埋まりたい。掘れないけど。
しかし、ミノタウロスにそこまでの力は感じられなかったのも事実だ。ボス格ではあっても、あのモンスターハウスの中では最強というだけであって、警戒すべき強敵というほどの威圧感はなかった。
……途中から明らかに気配が変わったことに何らかの関係があるのだろうか。最初はそう強いモンスターでもなかったけど、あの最後の時までの間にトリガーを引いてしまった?
云々と唸りながら戦利品を拾い回っていると、わたしはあることに気付く。
「……うん? モンスターの数に比べて明らかに魔石のドロップが少ないな……?」
魔石はモンスターの心臓だ。魔石を狙って倒したりしなければ必ずドロップする。いくつかはうっかり壊してしまったかもしれないけど、それでも数が少なすぎる。ミノタウロスに踏まれて壊れたのだとしても破片すらない。ダンジョンの特性でアイテムが消えるとしても、こんなに早くは消えないはず――いや、まさか。
「ミノタウロスが倒したモンスターの魔石は、ミノタウロスに吸収された……?」
モンスターが他のモンスターの魔石を喰らって強くなるのはよくある話だ。ひょっとして今回は、喰らうモーションなしにミノタウロスの強化に使用された……?
うん、これが一番しっくりくるな。残った魔石が少ない理由、ミノタウロスが最後に強化された理由。どちらも説明がつく。
……つまりあのモンスターたちは、ミノタウロスの糧となるためにあえて相性が悪く用意された可能性が出てきた、と……。わたしがミノタウロスに倒させるよう誘導したことも強化の一環になってしまったと考えると、嫌な仕組みにもほどがあるな。
不可抗力の部分もあったとはいえ、次からはもうちょっとちゃんと自分でも倒すことにしよう……。
「……うげっ」
床にあるモノを見つけ、思わず呻き声を上げる。
それは……大斧で抉られた跡。
不壊属性のダンジョンでありながら弾かれることなく刻まれたそれは……ミノタウロスのあの一撃が、神クラスだったということを示す。
……マジかー……マジなのかぁー……。強さを見誤るにもほどがあるでしょう……。
以前に戦った炎の巨人スルトと似通う部分も多かったせいで比較してしまい、スルトより確実に弱かったミノタウロスを大したことがないと思い込んでしまい、正面から相対することを選んでしまった。昔のわたしなら命優先でまずやらない行為だ。感覚がマヒしている。
強さを得たことで慢心してしまっているな……。しかも、地の底のアレ相手にはみっともなく怯えていたくせに、弱いヤツ相手には強気に出るなんて、小者ムーブがひどい……!
本当に気を付けないと、この異界では命取りになる。物理的な痛みとは異なる手痛い教訓を胸に抱えながら、わたしは小部屋を後にした。
あ、宝箱の中身は隕石でした。貴重な素材はありがたいけど、スルトと激戦を経てやっとのことで得た身としては、ちょっと複雑なのよ……。
気持ちを切り替えて迷宮を進む。モンスターやトラップに遭遇することもあるけれど、ただ歩いているだけの時間の方が圧倒的に長い。ワープしてもほぼ気付かないだけあって構造が同じで、同じ景色しか見られないことも妙に精神を削ってくる。ちなみに、宝箱も中身を取ったら消えるので、すでに通った小部屋かどうかもわからなかったりする。マジで迷わせることに徹底している。
こうして延々と歩いていると、モンスターと遭遇することすら気分転換になってしまう。……異界の空を飛んでいた時と同じだな? こんなのばっかだな異界は……もっと変化を、変化を……!
などというわたしの叫びも虚しく、ゴールに辿り着くどころか特に変化もなく、その日の活動を終えることに。
このミノスの大迷宮では休むことすら油断ならない。いつものように穴を掘ることも出来ず、石ブロックで休憩所を作っても消失し、自分の身を守る壁が作れないからだ。聖水を撒いて聖域化したとしても、異界のモンスターであれば聖域に入り込んでくることもあるし、なんなら聖域の中にワープしてくることすらある。警備ゴーレムに警戒をお願いはするけど、警戒したって来るものは来る。聖域内でポップすることはないので聖域化に意味はあるんだけどね。
なので物理魔法ともに防ぐアイテムを装備して(しかもどんな強力な攻撃であっても防げるよう、高ランクの使い捨てを装備しなければ死にかねない)、ピリピリと神経を研ぎ澄ませて休まなければいけない。これでは疲れも取れやしない。なお、ゲーム時代は疲れが取れないなんてことはなかったけど、モンスターに殴られて就寝失敗することがしょっちゅう発生していた。
「何事もありませんように……」
そう願いながら敷き毛布の上に身を横たえて丸くなる。寝袋を使わないのもモンスターの急襲を警戒してのことだ。飛び起きた時に引っ掛かってスッ転んでも困るので毛布をかぶることも出来ない。大迷宮内は特殊な小部屋を除いて温度は一定に保たれておりそこまで寒くはないし、敷き毛布はフワフワなだけでなく微弱な熱を発するタイプなので風邪を引くことはないだろうけど。……だとしても、お布団に包まれたいなぁ。自室ではフリッカたちにくっ付かれて寝るのが常だったので、寒くもないのに余計に肌寒さを感じてしまう。
寂しさを振り払うようにギュッと目を瞑り、無理矢理にでも寝る。たとえぐっすりでなくても寝ないと今後に支障が出てしまうから。
……まぁそういう時はフラグが立つものであって。
バキン!と何か――防御用アイテムが壊れる音で目が覚める。早速か! しかも警備ゴーレムに引っ掛からないなんて、直近にワープしてきたか隠密タイプか……!? 初日の夜からこれは幸先が悪い!
勘に従って起きる前に横に転がると、つい先ほどまでわたしが寝転がっていた位置でゴッと音がする。正体を確かめる前に剣を突き出すが感触はない。避けられたか。
今度こそ飛び起きて壁を背にして背後を守りながら標的を確認する。大迷宮内は明かりも一定に保たれているので(これも特殊な小部屋を除く)、暗くて見えないということもない。……のだが、姿が見えない。あの一瞬で視界外まで逃げた?
「――違う!」
わたしは剣を上に掲げる。直後、剣にガツンと衝撃が走った。どこにもモンスターの姿は見えないのに関わらず。
……いや、姿が見えないだけで居る。不可視モンスターだ。
そう咄嗟に判断し、聖水を取り出して振り撒く。
ギギギッ!?
姿は相変わらず見えない。しかしモンスターの叫び声は聞こえた。
そして、振り撒かれた聖水により、不可視モンスターの輪郭が浮かび上がる。ゴースト系とは異なり実体が存在しているようだ。
場所がはっきりわかればこちらのもの、聖剣の一振りであっけなくモンスターは真っ二つになった。隠密に特化していて耐久力はさっぱりだったか。
力を失ったモンスターは、徐々にその身を露わにする。
「……アサシンゴブリンか」
不可視系モンスターはゴースト系の他にはアサシン種として数種類存在する。アサシンゴブリンはその内の一種だ。中には影に潜むシャドウ系も居るけど、一定間隔の一定光量と直線的な構造のせいで濃い物影が存在しないこの大迷宮では発生し辛い。
……寝ていたとはいえ、アイテムが壊されるまで気付かなかったのは非常に危険だな。とはいえこれ以上どう気を付けたものか……。
二度目の襲撃はなかったが、浅くしか寝られなかった。




