巨人の慟哭
って、ちょっと待ったぁー!?
隕石は、あいつの背中の隕石はどうなっているの!? こんな世界の果てまで遥々とやって来て、やっとのことで見つけた超貴重な隕石が使い物にならなくなったらガチ泣きするよ!?
……ザっと見たところ、わずかに巨人の身に残っている岩は焼けてはいても灰になってはいない。地面から吸い取っている分がおかしくなっているだけで、身に着けた状態の物は大丈夫……と思いたい。そう思わないと心が挫けそうだ。
今すぐ背中側に回って確認したい衝動に駆られながら、巨人に問いかける。
「邪魔って一体何のことだ!?」
「俺ハ、えねるぎーヲ溜メル必要ガアル! 無駄ニ、使ワセルナ!!」
エネルギー……魔力的な何かを蓄える必要があるのだけれど、わたしたちとの戦闘で予定外に消費させられているから怒っているのか。
……いや理不尽じゃないですか?? 戦う気満々で、先に手を出してきたのは巨人だよね? あいつが隕石を背負っているから最終的には戦うことになったのだとしても、消費がイヤなら戦いを避ける立ち回りをするべきだったのでは? それとも抵抗せずに殺されろとでも言いたいのか?
「そもそもおまえの方から攻撃してきたんだろう! 攻撃をせずに去る、もしくは問答無用で敵対せず、対話をしようとは思わなかったのか!」
「貴様ラハ俺ヲ、マタ倒ソウトシニ来タノダロウ! 一度ナラズ二度マデモ邪魔シニキテオイテ対話ナドト、フザケルナ!」
「はぁ!?」
倒そうとしに来ただって? こいつ、わたしを誰かと勘違いして――あっ、もしかしなくても一度目の封印は神子がやったのか? わたしが神子の気配をさせているから、同じことをされると思ったってことか……!
ってことは……やはりこいつは炎の巨人スルトなのか? くそ、封印した過去の神子は何故封印方法とか残しておいてくれなかったんだ……!
「俺ハ、故郷ニ帰ルノダ! コノヨウナ凍テツイタ地デ、汚泥ニ塗レタママ果テテナルモノカ!!」
「――」
故郷に帰る。
脳裏にレヴァイアサンのことが過った。
冥界に落とされてしまい、故郷に、現世の海へと帰りたがっていたレヴァイアサン。わたしは直接相手をしておらず光神とウェルシュの話を聞いただけだけど、その叫びは哀切に満ちていたという。
しかしレヴァイアサンはすでに死んでおり、帰ることは叶わず。残された魂アイテムだけでも……と思いつつも、世界情勢が不安で帰してあげることも出来ず。わたしの拠点にお墓を作ってそこに安置している状態だ。なんか力が滲み出てるけど。
何故、炎の巨人が全くもって似つかわしくない凍土に居るんだ……と思っていたけど、不慮の事故か何かで彷徨いこんでしまったということか。
この巨人の言葉は……怒りと同じくらいに渇望に満ち溢れていた。もし帰りたいだけであれば、いっそ協力して帰してあげたいという気持ちがほんのり湧いてくるくらいには。
けれども、巨人の憤怒は神子の言葉を聞く耳を持たない。
……どのみち、世界を焼くこいつを放っておくことは出来ない。故郷に帰してあげたところで、こいつの炎は故郷すらも焼いてしまうだろう。いくら炎に強い素材だろうと、アレはダメだ。耐えられず無に帰す。
わたしは創造神の神子として、創造に繋がらない破壊は決して許容出来ない。見逃すことも出来ず、絶対に倒さなければならない――
大きく溜息を吐くと、ウルもわたしの切り替えを察してくれたのだろう。元より臨戦態勢ではあったが、わたしに小さく頷いてから巨人へとより一層集中する。
巨人は問答中からずっと敵意を漲らせ、じわじわと地面を焼くように吸収している。あれはエネルギー補充になってしまうし、地にとってもよろしくない。即刻止めなければ。
「ウル、あいつの吸収行動の阻害を最優先にしてほしい。まぁウルと戦いながら吸収なんて容易く出来はしないと思うから、ガンガン攻めてくれればそれでもいいかな」
「うむ。回復されるのは厄介であるし、速攻を決めたいところではあるな」
可能であれば、吸収出来ないよう環境の方にバリアとか張れればいいんだけど……聖域化しても関係なさそうな予感しかしない。というか、聖域化したら瘴気が弱まって、巨人を蝕んでいる瘴気も薄れて力を取り戻してしまいそうだ。それは避けなければ。
「ゴアアアアアアアアアッ!!」
「くっ――」
ウルが駆け出すよりわずかに先んじて、巨人が全身から炎を噴き出させる。熱気と圧に遮られ、ウルの小さな体では近付くことが出来ない。
獣のように地に伏せるウル。そのウルの背に隠れやり過ごすわたしこそ、ここを打開しなければ。
「ウル、切り拓くよ!」
「――頼む!」
想像するのは、頂点を前方に向けた円錐の風の壁。ほんの少し斜めに逸らしてやるだけでも圧は変わってくるはず。
取り出したアイテムに魔力を籠める、籠める、籠める。
創造する。やつの炎を貫く凍てつく風を。やつの炎を破壊する槍を。
二つの、いや三つの力を一つにして。
熱された周辺の空気が急激に冷えていく。吐く息が白い。風が凍り付き、不可視のそれが形を見せる。
さぁ今ここに、立ち塞がる炎を、乗り越える力を――!
「いっけぇ! 破壊の凍風!!」
ゴウッッッ!!!
巨大な氷の風槍が射出された。
それは想定通りに炎の壁を、モーセが海を割るが如く穿ち分け、地面を凍らせながら突き進む。
ゴバッッッ!
「ゴロアアアアアッ!?」
業火に溶けきることのなかった槍は巨人にも突き刺さる。再度の水蒸気爆発の勢いも合わせて巨人の体が大きくのけぞるのが見えた。さすがにラーヴァゴーレムの時のように上半身消失はしなかったか。本当にタフだ。
そして再び炎で閉ざされる前に、氷の道をウルが駆け抜けていく。滑って転びやしないか一瞬不安が頭をもたげたが、ウルに限ってそんなことは起こらなかった。一息に辿り着き、体勢を立て直せず仰向けに倒れた巨人の鳩尾へと勢いに乗った拳を放つ!
「ゴ――ッ」
たまらず炎を吐く巨人。その炎すらもとぐろを巻き、ウルを焼かんと纏わりつこうとする。
「ちょっと口を閉じているがよい!」
「ッ――!?」
ウルは腕の一払いで炎を弾き飛ばしてから、巨人の肩に残ってた岩石を素手で引っぺがし、巨人の口へと突っ込む。いくらウルの肌が強靭とはいえ、赤熱した岩を素手で鷲掴みするシーンは冷や汗というか、変な笑いがこみ上げてくる。
もちろんこれで巨人の口内が焼けることもないだろう。しかし思いも寄らぬ行動で(口に岩をぶち込まれるとか一体誰が想像するのか)またも思考が止まる。ウルを目の前にしてそれは悪手だ。
「はああああああっ!!」
巨人に馬乗りになって、ウルが巨人の顔面をひたすら殴る。ぐしゃりという音は巨人の骨が砕けたのではなく、巨人の口内の岩が砕けた音だ。それくらいには頑丈であるが、脳を揺さぶられては思考も定まらないだろう。
しかし思考が途切れかけたことで逆に巨人の生存本能が刺激されたのか、炎の噴出が始まる。馬鹿の一つ覚え――というのは容易いが、一般人はこれでとっくに灰も残らず焼け死んでいるくらいには強力だ。ただ強力であり強者であるからこそ、戦いの駆け引きが育つ土壌を持たなかった、なんて思ったりした。この巨人はパワーだけ(だけ、というには余りにも突出した能力であるが)で、技術はリーゼどころかレグルス以下だろう。
ウルは足で巨人の胴体をガッチリとホールドし、炎の噴出に耐えながらポツリと呟く(念話アイテムで轟音がしようと声は届くのだ)。
「いい加減、面倒になってきたのぅ……。貴様のその機能、破壊させてもらうのである」
……えっ?




