雪山の先へ
わたしたちは、雪山を苦難の末に乗り越え……たわけではない。ゼファーに乗ってひとっ飛びですよハハハ。落ち着いたら素材が眠ってないか探しに行ってみたいけど、冬の踏破をスキップ出来たのは大変ありがたいことだ。
しかし山を超えた辺りで大気にうっすらと瘴気が混じり始める。単に雲で暗いだけでなく、瘴気も関係していたようだ。そこまで濃くはないけれども、対策なしで移動するには辛い。
その瘴気にゼファーが怯えてしまった。ゼピュロスの死の原因の大半が瘴気だからトラウマでもあるのかもしれない。見通しも悪く、どこからか雷の音が響いていて空を飛んでいたい気分でもなかったし、わたしたちはまたも徒歩での移動となった
「……何というか、随分と見た目が寂しくなったのぅ……」
「そうですね……」
眼前に広がる大地を見て呟いたウルに、フリッカも寒そうに襟元を締め直しながら同意していた。
雪山を越える前は針葉樹林の森が広がっていた。しかし越えたら光景は一転、丈が短く色の悪い草がまばらに生え、岩がゴロゴロと転がっているだけだった。こんな感じをツンドラというんだっけか? けどこういう過酷なところにポツンと咲いている花が素材として強力だったりするんだよねぇ。強く生きてるからかしらん。
「こんなひでぇところにもモンスターは居るんだな」
「障害物がないと探しやすくていいね……?」
レグルスとリーゼの言う通り、そこらにチラホラとモンスターが見えていた。隠れる場所なんてないからよくわかる。
モンスターは普通の生き物と違って食物が必要ってわけでもないから、どこにでも居る。ゼファーたち拠点のモンスター組がご飯を食べているのは単に趣味?と好みである。……ヒトの肉が好みのモンスターも居るのだろうか。どちらかというと肉の味ではなく、肉に宿る魔力を喰らっているらしいけれども、結果はともかく意味は大きく違ってくる。
そしてモンスターはモンスターも喰らう。強くなるために。
「気を付けて。酷い環境に居るからこそ、生き残る強さを求めて強化されてるから」
「……へへ、腕が鳴るぜ」
レグルスがブルリと震えて拳を握りしめた。恐怖じゃなく武者震いだろう。
ゴアアアアアアアッ!
直後、新しい獲物であるわたしたちをロックオンしたモンスター、ブレードタイガーたちが獰猛な咆哮と共に駆けてきた。十頭は越えている。よくもこれだけの数が集まっていたものだ。集団で他モンスターの狩りでもしていたのだろうか。
ブレードタイガーは口からはみ出すほどの大きな牙と爪だけでなく、体の色々な部分から剣のように尖った骨を露出させているのが特徴だ。ヤツらはどこもかしこも凶器である。
「はあっ! ……っ!?」
飛び掛かってきたブレードタイガーにリーゼが槍を繰り出す。しかしいつもであれば必殺の槍は、空中で器用に体をくねらせたブレードタイガーの露出骨部分に当たった。それだけでなく骨の曲面を利用され、いなすように逸らされてしまう。敵ながら上手い!
「おらっ!」
ゴアアッ!?
すかさずレグルスがフォローに入り、ブレードタイガーの鼻っ柱に拳をお見舞いすることで、リーゼが食いつかれる未来は回避された。珍しく立場が逆転しているな。
「レグルス兄、ありがと!」
「おうよ!」
リーゼはすぐさま立ち直り、吹き飛んだブレードタイガータイガーに今度こそ槍を突き刺す。
要は部分鎧がある状態なので、攻撃面積が狭い槍は不利……と思わせて、すぐに修正して対応するのがリーゼの強いところだ。もう一体迫ってきたブレードタイガーに同じ轍を踏むことはなく、きっちり行動予測して攻撃を加えることに成功している。
「アーススピア!」
グルルッ……!
ブレードタイガーの足元が隆起し、土の槍となる。ブレードタイガーが前足を地に着ける良いタイミングで放たれたそれはヒットするかと思われたが、これも器用に前足で土の槍を掴まれ、槍の勢いに逆らわずむしろ自分から乗って跳躍することで避けられてしまう。
「やりおるのぅ。しかしこれならどうだ?」
ギャインッ!?
が、空中に居る間にウルの投石をまともに喰らってしまった。リーゼの槍のように逸らすことも出来ない剛速球……骨を粉砕し、胴体に大穴を開けるってどんだけよ……さすウル。
「フォローありがとうございます、ウルさん」
「フリッカも着眼点は良かったのである。ただ今回の場合は足よりも腹を狙った方がより良かったかもであるな」
「次からはそうしますね」
確かにモンスターは今までに比べて強く感じる。けれども、ウルはもちろん苦笑するフリッカにも、他の皆にも焦りはない。心配はなさそうだな。これはわたしも負けていられない。
ゴアアアアアアアアッ!!
咆哮。
ビリビリと肌に叩きつけられる、一般人が喰らえば恐慌をきたすこと間違いない重圧。
しかしわたしはもっと怖い破壊神を知っている。越えなければいけない黒幕がある。
たかが雑魚モンスター如きに恐怖など抱いてたまるか……!
わたしは心を乱すことなく剣――二代目聖剣ではなく耐久値を上げた丈夫な剣――を正眼に構え、破壊と終末の獣の力を、創造の力をつなぎにして練る。一つの力になるように作り変える。
ブレードタイガーが迫ってくる。正面から、と見せかけて急激な方向転換。わたしの脇からその爪を振るおうとする。それにも焦らず最小限の動きで体を向け、ブレードタイガーの頭の骨ごと砕く勢いで真上から剣を振り下ろす。
バキャッ!
「あっ」
骨が砕ける音――ではない。わたしの剣の刃と柄が砕けた音だ。
ブレードタイガーの骨の強度に負けたわけでもない。わたしの剣の刃の届く範囲、頭から胴の半ばまで左右真っ二つに綺麗に斬った上で、剣がぶっ壊れた。皆が目を点にしている。恥ずかしいから見ないで……!
それだけブレードタイガーが硬かった? それも違う。……わたしが、力の調整をミスったからだ。
攻撃力は良かった。しかし上手く力を使えず、剣にまで及んでしまった。ウルがツールを壊すのと似たようなものだ。……まぁ、壊す予感はしていたので二代目聖剣を使わなかったのだけれども、『壊すかも?』と考えている時点で未熟である証明なのかもしれない。
悲しい気分を抱えながら新しい武器を取り出して、残るブレードタイガーを殲滅していった。
「うーん……上手くいかないもんだな」
わたしはブレードタイガーの素材を剥ぎ取りながら、さきほどの攻撃を思い出す。
破壊の力と終末の力。二つの力は相性が良いので混ぜて使うことそのものには大して苦労はなかった。しかし調整をミスるとあぁなる。先日、セレネにもらったヒントでそこに創造の力も混ぜることでちょっと上手く使えるようになった気がしたのだけれども……完璧にはほど遠い、か。
混ぜる配分に問題があるのか、順番に問題があるのか、更に加工とか必要なのか。考える要素はたくさんある。色々試してモノにしないとな。
フゥと溜息を吐きながら空を見上げたタイミングで遠雷が響く。
「……アルタイルとかおったりするのかの?」
「それは……どうだろね」
アルタイルにまだ雪辱を果たせていないせいか、雷の音が聞こえるたびにウルはそんなことを言う。いくらあいつが空を自在に飛べるからといって、こんな世界の果ての方まで来てない……とは思いつつも、居ないと断言するほどの要素はなく曖昧に答えるしか出来ない。
……そういえば以前、雷雲に紛れてチラッと天空城を見た気がするのだけれども、アレは一体どこに行ったのだろうか? それとも見間違いだった?
まぁ素材はともかく、どうしても行く必要があるわけではない。何だか引っ掛かりはしても、こちらも考えたところでどうしようもないのでとりあえず放っておこう。




