焦燥感
今、わたしの中には三種類の力が宿っている状態である。
一つ目は言わずと知れた創造神の力。二つ目は破壊神の力。三つ目は終末の獣の力。
二番目と三番目は似たような力であるけれども――具体的にどこがどう異なるのか答えよと言われてもわたしには答えられない。今の破壊神ノクスが破壊神になる前に終末の獣の力を得たこともあって、根本から混じり合っているのかもしれない。
そして、一つ目の力はその二つとは真逆だ。つまり……取り扱い注意である。
「うげっ!?」
ボフンといっそコミカルな音がして、作成が失敗した。素材が名状しがたい謎物体へと変化してしまっている。大して貴重な素材ではなくても、失敗するとそれはそれで凹む。
失敗の原因はわかっている。作成時に制御をミスって終末の獣の力が流れてしまったからだ。力を手に入れてからそこそこの時間が経っているけれど、未だに意図せず力が励起してしまう。まぁ早々に使いこなせないからこそ、ジズーたちが不意打ちしてでもわたしに摂取させようとしたのだけれども。
ウルの場合は、前述の通り破壊神の力と似ていて相性が良いため、受け入れるための体さえ出来上がってしまえば、おそらくわたしより十全に使用出来るようになるだろう。その体を何とかするのに時間が掛かっている状態だけれどもね。
そもそもわたしの場合、今まで例を見ない、創造神と破壊神、対極の両神の力を持った不思議神子である。まずそこからしてきっちり力を使いこなせていない。その上でさらに別の力を注がれてしまえば、神ならぬ身の未熟者では制御困難に陥ることは火を見るよりも明らかだ。
……得てしまったものは仕方がないし、状況によりそうならざるをえなかったし、泣き言を言っている場合ではない。
「……フゥ――」
深呼吸をして、体の内側に集中する。
ジズーは言った。力を意識して巡らせよと。もちろん最終目標は意識せずとも使い分けられるようになることだけど、今はその段階ではない。ひよっこもひよっこだ。
穏やかな創造神の力、荒々しい破壊神の力、凪のような嵐のような終末の獣の力。その内の創造神の力だけを抽出して、いつもの言葉を舌に乗せる。
「作成――」
手のひらから光が溢れ、素材を包み込む。ぐねぐねと素材が形を変えて、光が収まると目的のアイテムへと成る。よし、今度は成功した。
実際には作成の大半が成功しているのだけれども、もうずっと手癖でやってしまっていたように思う。改めて集中して取り組むことで、ほんのわずかにだけれども質が上がっている、ような気がする。
この調子でガンガンやっていこう。わたしは素材をどっさりと取り出し、気合いを入れ直して作業台へと向き合った。
「よし、こんなもんかな」
「リオン様、終わりましたか?」
「ひえっ!?」
素材の山がなくなりキリを付けようとしたその時、耳元でフリッカの囁きが聞こえて思わず変な声が出てしまった。
「フ、フリッカ、いつから来てたの?」
「えぇと……三十分くらいは前でしょうか」
「思ったよりずっと前だった!?」
まっっったく気付かなかったよ……! 実はフリッカはニンジャだった……なわけないよね。
……これもしかして、モンスターに襲われても気付かないとか……? いやさすがに拠点の中には沸かないだろうし、拠点の外でモノ作りするとしても一人だけってことはまずないから大丈夫大丈夫……気を付けよう。
「ご、ごめんね、無視しようと思ったわけじゃないんだけども」
「問題ありません。集中していらっしゃったのであえて声を掛けませんでしたし、リオン様が神様ですらスルーするのは知っていますし」
「そうだったね!」
「いっそくっ付いてみてもわからないのでは?という感想が浮かびましたが、邪魔になりたくないのでやめておきました」
「あ、あはは……」
今のわたしでは集中力を乱されたら失敗するかもしれないけれど、それくらいで乱されないように訓練するべき……か?
「えぇと、何か用だった?」
「もうすぐ夕食ですので呼びにきました」
「……あれ、もうそんな時間?」
窓の外を見てみれば、空は夕焼け色に染まっていた。冬なので日没時刻が早いとしても驚きだ。何せわたしは昼食後に作業を始めたのだから、四時間はぶっ続けでやっていたことになる。これが夏だったら熱中症か脱水症状に陥っていた可能性もあるな。
立ち上がり伸びをすると、時間経過を示すように全身がバッキバキだった。ほぐすように肩を回したり屈伸したりする。
「これ以上ハラペコ組を待たせても悪いし、行こうか」
「ふふ、そうですね」
フリッカがスルリとわたしの腕を取る。ラスア村以降、フリッカからのスキンシップがちょっと増えた。ストレスから来るものだと考えると『おのれジルヴァ……!』と恨み言の一つも出てくるけど、甘えられるのは嬉しい。存分にストレス解消しておくれ。
腕をさすってくるのもその一環……と思ったのだけど、違ったようだ。
「……腕の鱗の数、増えていますね」
「え? そうなの?」
「はい、一枚増えています」
「……いちまい……」
わたしは一度、心臓の神石が破壊されたことで死に掛け、ウロボロスリングを素材に心臓部が作成されたことで生き延びた。未だにこの身に一般的な意味での心臓がないこと、神石が埋まっていることに対する自覚がない。創造神お手製なだけあって機能に違和感はないし、手を当ててみれば鼓動だってするのだ。胸を掻っ捌いて見てみるわけにもいかないしねぇ。
そうして破壊神の力を大きく得て以来、わたしの腕――に限らず全身の色んな部分に黒鱗が生えてきている。作業前に袖を捲っていてそのままだったのだが……それがフリッカの目に付いた。それだけでなく、わたし自身でも気付いていなかった数の違いに気が付いた。フリッカのことなので間違いではないだろう。……よく見ていると感心するべきか、よく見すぎていると恥ずかしがるべきか、複雑なところだ。
「体は大丈夫なのですか……?」
「たまにモノ作りで失敗することはあっても、体に異常は感じていないかな」
嘘は言っていないけれど、わたしの体に破壊神の力だけでなく、終末の獣の力が混じり始めていることは未だに伝えていない。元々破壊神の力を通じて混じっていた疑惑もあるので結果的には変わらないのかもだけど、隠し事に胸がチクリと痛む。作り物であるのにこんなところまで高性能でなくても、という気持ちがほんのり湧いてくる。
「モノ作りにはちょっとばかり不利だとしても、破壊神様の力が馴染んでわたしの力が増しているってことだと思うから、よいことでもあるよ」
これまでのわたしであればモノ作り最優先であったけど、黒幕との決戦が近く戦闘能力を高めることは急務だ。終末の獣の力も最初の内は異物感が酷かったものの、ゆっくりながら馴染んできている。
……わたしの体が作り変えられているということでもあると考えると微妙な気持ちになるけど呑み込む。それと同時にフリッカから掛けられた言葉にわずかに鼓動が跳ねる。
「リオン様であることに変わりはありませんしね」
「……そうだね」
フリッカには伝えていない。伝えていないのだけど……察している可能性は非常に高い。言外に含んでいるような気がしてならない。
それでも決して口にしない彼女の配慮に感謝しつつ、自分の不甲斐なさに申し訳なさを感じつつ。
せめてものお礼に組んだ手に力を入れると、フリッカは笑みを返してくれた。
二人で食堂へと向かいながら空を見上げる。あっという間に夕方になったように、時が経つのが本当に早い。
……わたしは、間に合うのだろうか……?




