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終末世界の開拓記  作者: なづきち
第八章:凍土の彷徨える炎獄

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クモ掃除

「はあああっ!!」


 ウルの拳がクイーンアラクネの顔面へと炸裂する。

 その直前。


「――ぬあっ!?」


 ウルの体に、上方から飛んできた大量のクモの糸が絡み付いた。天井に張り付いていたことで激流を浴びることなく無事だったクモたちが一斉に浴びせかけたのだ。

 毒液などであれば鉄壁スキンであるウルに効果はなかった。しかしクモの糸であれば別だ。粘性、伸縮性のあるそれは、ウルですら易々と引きちぎることが出来ない鎖となる。


「ぐっ……!」


 雁字搦めにされたウルは、文字通り手も足も出ない状態で地へと落とされる。もぞもぞとしても糸は取れず、好機とばかりにクモたちが這い寄る。

 くそ、これはわたしの判断ミスだ! 巣を作るだけではなく、クモの糸を直接掛けて行動を阻害してくるなんて十分にあり得ることだった! 早く引き剥がさないと……!

 しかしここには、わたしよりずっと冷静な人物がいた。


「ファイアボール!」


 フリッカの放った炎の球がクモたち――にではなく、ウルに当たって炸裂した。わたしはこの意図を瞬時に理解し、内心で膝を打つ。ジルヴァとベオルグさんが視界の端でギョっとしていたが、これは誤爆ではない。わざとだ。

 ウルであればこの程度の(というとフリッカが凹みそうだけど)魔法では傷付きはしない。攻撃のためではないのなら、何のためなのか。


「すまぬフリッカ、助かったのである!」


 もちろん、ウルを絡めとっていたクモの糸を燃やすためだ。水で流すよりはよっぽど確実で手っ取り早い。

 ここでわたしはあることをふと思いついた。炎を纏っていればクモの糸は脅威ではない。普通であれば武器に付与するものだけど……ゲーム的制限のない今のわたしであれば出来ないことはないはずだ。


火属性エンチャント付与ファイア!」

「お、おぉ?」


 わたしは直接ウルの拳に炎の属性を付与した。それは成功し、ウルの両肘から先が赤熱を帯びる。……熱かったとしてもウルなら大丈夫!

 閉所での火の使用は怖い、とこれまでは躊躇っていたけど、クイーンアラクネ戦でもそれでは埒が明かない。ちまちまやるよりは速攻で畳みかけるべきだろう。もしも辺りに燃え移って火事になりそうな時はウルごと水をぶっかければいいしね。……ウルの扱いが酷い? 信頼と言っておくれ。


「ウル、それならいける?」

「……ふむ」


 自由になったウルを再度捕縛しようと、四方八方からクモの糸が襲い掛かる。

 しかし今度は、ウルの腕の一振りですべて燃え尽きた。


「これは爽快であるな!」


 ウルは獰猛な笑みを浮かべ、クイーンアラクネへと迫る。クイーンアラクネも巧みに糸を操りウルを捕らえんと試みるものの、同じく焼かれ。地を抉るほどの勢いでウルは高く飛び、クイーンアラクネの頭部へと拳を繰り出した。

 ゴッ!と大きな音が鳴り、クイーンアラクネの頭が半回転する、ヒトであればそれだけで即死するが、モンスターであればそうはいかない。特に虫系はしぶとさに定評がある。


 ギギギギギッ!


 女王を守るべくクモたちがウルへと群がった。一際体が大きい個体が体当たりでウルを退け、その隙に別のクモが自らクイーンアラクネに食べられにいって回復を図る。くそ、もっと取り巻きを減らさないとダメか。


「皆、もっと数を減らしてウルのフォローを! 特に回復要員になりそうな大きいヤツから!」


 力強い応答が響き、わたしたちはとにかく雑魚狩りを進めていった。


 モンスターを産むクイーンが居ること、そのクイーンがガーディアン化して強化されていること、更にはダンジョン核からエネルギーを得ていると思われポップ速度が上がっていることなどの要素が積み重なっていたが、ここまで幾多の困難に直面してきたわたしたちからすれば乗り越えられない壁ではない。

 レグルスもリーゼも、今更瘴気を纏っていないただのモンスター相手に早々に遅れを取らない。二人で死角を潰しあい、抜群のコンビネーションでクモたちを屠っていく様は頼もしい。

 無理矢理くっついてきたジルヴァが懸念点ではあったけど、道中で少しずつ言動が丸くなってきたし、ベオルグさんのフォローもあって今のところ大きな怪我はない。むしろ皆の動きを見て吸収しているのか、急速に動きが良くなっていっている。元々それくらいの素養はあったのだろう。

 そしてベオルグさんが本当に強い。共食いをして強化されたクモですら一刀両断する技術と膂力がある。一度はジルヴァを危機に陥らせてしまったが、それも一度だけで、以降は安定して守っており攻防共に一級品だ。ジルヴァが戦闘中に育って手間が減ったこともあり、後衛で魔法を放つフリッカのフォローも十全に担当してくれたくらいだ。別にわたしがフリッカを見捨てたわけではない。見捨てるわけがない。単に巣の大半を破壊したことで、前線に出ることを選択したからだ。


「よっ! はっ! ほいさ!!」


 ことここに至っては訓練などとは言ってられない。アイテムを解禁し、とにかく多くのクモを巻き込むことを念頭に入れる。風で切り裂き、水で押し流し、土で分断し。その甲斐もあってかなり雑魚クモの数が減って来た。

 強化クモとてものすごく強いというわけではない。単純にサイズが大きいためベオルグさんみたいに一刀両断とはいかないけど、大きく手間取ることもなく倒せる。うーん、わたしも強くなったものだ。ゴブリンに傷を負わされていた時代が懐かしい。


「ほらほらどうした!」


 ウルの声が耳に入り、チラと見る。クイーンアラクネ(たまに取り巻きクモ)を相手に笑顔で立ち回っていた。クモの糸を燃やせるのが相当に楽しいらしい。もしくは普段無手で武器を持つことがないから、属性ガントレットを装備しているような新鮮な気持ちを味わっているのかもしれない。

 拳で取り巻きクモを粉砕し、クイーンアラクネの足を剛力で毟る。クイーンは残った足でウルを引き裂こうとするが、掴まれて更に毟られる。取り巻きクモの支援が入って回復するが、また毟られる。クモたちの頼みの綱であったクモの糸が通じなくなったことにより終始優勢だ。……酷い絵面すぎて『むしろウルが魔王では?』みたいな気分になってきたよ。いや、破壊神の神子か。

 糸も状態異常の体液も効かない。足による攻撃もまともに当たらず、接近戦では分が悪いと悟ったのか、クイーンアラクネは取り巻きを盾に距離を取ろうとするが、ウルの足の方が早く、逃げられない。……やはり魔王か?


 ア゛……ア゛……――


 脅威的な回復速度を誇っていたクイーンアラクネであっても、それ以上の破壊を繰り返されてはどうしようもならない。懸念していた火事にもならず、無事にクイーンアラクネの討伐は完了した。

 クイーンさえいなくなればこれ以上クモたちが増殖することもない。わたしたちは慌てず落ち着いて残ったクモたちの掃除も完了し、ガーディアン戦はこれにて終了となった。

 皆、大きな怪我も負ってないし――実はウルも少し火傷を負っていたけど、すぐに治る範囲だった。これは結構な好戦績と言ってもよいだろう。


「……お、おわっ……たのか……?」

「あぁ、そうだ」


 おそらく、今まで経験したことがないであろう激戦を終えたジルヴァがポツリと呟く。ベオルグさんが肯定し、ジルヴァの頭を『よくやった』とでも言いたげに大きな手で撫でる。疲労が溜まっていたことで手に抗えずペタリと尻もちをつくジルヴァ。そのままの姿勢で目を何度か瞬き、やがて小さくガッツポーズを取るのだった。

 実力の差はあれど、彼がよく戦ってくれたことに変わりはない。細かなことを言うのは野暮ってものだろう。

 わたしはベオルグさんに倣い、皆を労うことにした。

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― 新着の感想 ―
[一言] >ウルの足の方が早く、逃げられない。……やはり魔王か?  いや、 >そうして独りで挑んだのは、ゲーム内の隠しボスにして最強のモンスター。  もっとヤバいモンでっせ?(じゅんすいなおめめ…
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