クモまつり
「あぁもうウジャウジャと!」
それは誰の叫びだったか。しかし全員が同じ気持ちだったことだろう。
今わたしたちは、大量のクモモンスターに襲われている。道中から増えてきて、クモの巣もあちこちに見かけるようになったので数は居るだろうなぁと思っていたけど……多すぎた。虫が苦手なヒトだったら卒倒しているレベルだ。しかも二度と目が覚めないタイプの。
「くそ! また巣が引っ掛かった……!」
厄介なことに、大量に貼られた巣がわたしたちの行動の邪魔をする。武器を、体を絡め取ってくるのだ。細くてもそれなりに耐久性があり、ネバネバしてて取り辛い。更には、クモたちは巣などないかの如くスイスイと通り抜けてくる。どうしてあれで巣が壊れないんだ!と叫びたいくらいだ。
これが地上であれば広範囲の炎で焼き尽くしてやるところだけど、洞窟内でそんな怖いことはしていられない。精々が武器に付与して焼き斬るくらいだ。次善の策として。
「フリッカ! 奥に水の範囲魔法を!」
「はい!」
フリッカのウォーターボルテックスに合わせて、わたしも同様の効果を持つアイテムを投げつけ威力をアップさせる。通路一杯の水が押し寄せることでクモの巣は破壊されクモと一緒に流されていった。ただクモ自身にはそこまで効果はなく、流されてもすぐに戻ってくる。
「うぬぅ……まだまだ巣が続いておるのぅ」
戻ってきたクモを倒しながらウルがうんざりした声で呟く。
一旦道は開けたが、クモの巣は奥に進むにつれて密度が増していっているのだ。うんざりもしたくなる。でもさすがに瞬時に巣を作ることは出来ないようで、減ってはいるので無駄ではない。
「これは、もしかしなくてもクモ型モンスターがガーディアンだね……それもクイーン系統の」
わたしたちがこんな難儀な道を移動しているのはもちろん、この先にダンジョン核の反応があるからだ。でなければこんな気持ち悪いところからさっさと抜け出したい。『喜んで素材回収しているのでは?』とでも言いたげなリーゼの視線はスルーだ。倒したからには回収するのは自然の節理だからね。
「これまでもクモはたまに出現していたが……クイーン系統?」
「えぇ。いくらなんでも数が多すぎるので……これだけの数が単に溜まっていると考えるよりは、今この瞬間にも生み出されていると、より最悪の想定をした方がいいかと」
ベオルグさんの疑問に答えていると、フリッカが顔をしかめた。以前のクイーンスライムのことでも思い出したのかもしれない。あれは災難だったけど最早懐かしく感じるな。
クイーン。モンスターを生み出すモンスター。
放っておくと災害級の被害を生み出しかねない危険なモンスターに、この程度の数で遭遇出来たのは逆に幸運だ。ダンジョン外であまり見ていないのであれば、まだ数は少ないと判断していい。遅れていたらラスア村も、近隣の村も、酷いことになっていただろう。ひょっとしたら、神子としての感覚がこれを察知して、空を選ばせず地を往かせたのかな、なんて。
「あんな村でも手出しさせっかよ……ここでぶっ潰してやる!」
ジルヴァが闘志を籠めて吼えた。ふむ、これだけ大量のモンスター、そして強者の示唆にも怯えることなく立ち向かう気概を持ち続けていられるのは、なんだかんだで彼も戦士ということだろう。数が多くて猫の手も借りたい状態なので、送り返す必要がないのは助かる。
「まぁ敵が誰であれ倒すのみだのぅ。リオン、フリッカ、巣を頼む」
「そうだね」
「わかりました」
わたしのアイテムとフリッカの魔法で巣を壊していく。そして残ったクモを他の皆で倒していく。……フリッカ以外は魔法は苦手なのか、アイテムを渡しても効果が薄いのよね。その分、近接で頑張ってもらってるけど。
そうしてジリジリとダンジョンを進み続けていると、やがて、大きな空間が見えてきた。
その真ん中に。
「うわ、でっけぇ……」
「……数も多いね……」
レグルスとリーゼが引き攣った声で感想を漏らす。
真ん中に鎮座していたのは、予想通りクモ型モンスター、クイーンアラクネであった。
上半身はヒトの姿をしているけど、間違いなくモンスターだ。それにヒトといってもあくまでヒトのような物体なだけで、実際にヒトの体を持っているわけではない。顔部分も大きな複眼で、実は美人とかそういうこともない。クモ界隈での評価は知らんけど。
体高は折りたたんだ足を加味して四メートルほどか。この空間の高さの半分弱くらいを占めている。大きいことはそれだけで脅威ではあるけれど、限られた空間で巨体はジャマなこともある。しかしクモであれば天井に張り付いたりも出来るので、どちらにせよ油断は出来ない。
そしてクイーンアラクネの周りには、彼女?を守るようにクモモンスターが大量に居た。ポイズン、パラライズ、カース、テラー、状態異常を付与してくるクモ系のオンパレードだ。しかも卵もたくさんあり、今まさに殻を割って外に出てこようとするクモも居る。これはクイーンアラクネが実際に産んだわけではなく、そういう出現方法になっているだけだ。
そしてそして当然ながら、クモの巣もいっぱいある。無暗矢鱈に突っ込んでは捕まってしまうだけだ。
まぁ、そうならないためにもわたしとフリッカで壊していくのだが。
「わたしとフリッカが巣を壊していくから、動けるようになるまでは迎撃に専念して!」
皆の了承の声を聞きながら、これまでと同じようにフリッカと水魔法で巣を壊し始めた。
その暴挙をクモたちが黙って見ているわけがない。クモたちが一斉に飛び掛かってくる。
「やらせるわけがなかろう!」
ウルの拳が一匹のパラライズスパイダーを破裂させる。内臓していた麻痺液が飛び散るが、そのような物は彼女には効かない。何の影響も受けず、次から次へと一撃必殺でクモたちを倒していく。
「どりゃあっ!」
「はああああっ!」
レグルスの拳でカーススパイダーをかちあげ、隙だらけの体にリーゼが槍を突き刺す。それだけなく、カーススパイダーが刺さったままの槍を振り回し、カーススパイダーを弾丸として他のクモたちを巻き込んでいった。
「こんの、やろ……っ!」
ジルヴァがポイズンスパイダーの毒液を寸でのところで避け、カウンターで短剣を足に叩き込む。しかしクモの足は八本だ。残った足がジルヴァに襲い掛かり、切り裂く――前に、ベオルグさんのハルバードでポイズンスパイダーは真っ二つにされた。
「ジルヴァ、もっと周りを見ろといつも言っているだろう」
「うっ……すまねぇ……」
「とはいえ、お前の武器では相性が悪い。数が減って落ち着くまで俺のサポートに回ってくれ」
「……わかった」
ちゃんとベオルグさんが有言実行でジルヴァの面倒を見てくれているから、あちらも大丈夫そうだ。なお、あえてピンチを無視したわけではなく、ベオルグさんが動くのが見えていたから、と弁明しておく。そこまで鬼ではない。
いくら状態異常クモといえども、喰らわなければどうということもないし、もし喰らったとしてもわたしのアイテムですぐに治療出来る。クモの巣も、クモたちも、順調に減らしていった。
クイーンアラクネまでもう少しか、といったところで、あちらさんも焦りを募らせたのか、違う行動を取り始めた。
「な、なにしてんだあいつら……?」
レグルスがごくりと唾を飲み込みながら震える声で言う。
何故なら……後方の、わたしたちの進行を遮らない位置にいるクモたちが共食いを始めたからだ。前方のやつらが絶えず攻撃を仕掛けてくるため、後方にまで手が届いておらず、無傷なモンスターたちがそうすることが理解出来ないらしい。
でもわたしは、やつらがそうする理由に心当たりがある。
「気を付けて! やつら、仲間の力を喰って強化する気だ!」
「はぁ?!」
モンスターたちは、一致団結しているわけではない。モンスター同士で争い、その力を取り込んで強くなる個体が偶に発生する。
その強化を、今まさに目の前で行っているのだ。数よりも質を選んだということだろう。
――ギャギャギャギャギャッ!
一回りも二回りも大きくなったクモたちが、嗤い声を上げた。




