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終末世界の開拓記  作者: なづきち
第八章:凍土の彷徨える炎獄

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変化の兆し

 ダンジョンは奥に行くにつれて広くなるらしいが、入口部分は戦闘するには二人が精一杯の幅だった。それでも十分に大きな穴か。わたしたちの行動パターンとしては、急ぎの時はウルが、そうでない時はレグルスとリーゼの二人が前衛を務めることが多い。

 が、今回はイレギュラーで、レグルスとジルヴァの二人が前衛となった。ジルヴァが前に行くと主張したからだ。レグルスに対抗意識があるのかもしれない。あまり手間取るようなら引っ込むという前提で許可をした。説き伏せるのが面倒だったともいう。


「うおりゃあっ!」

「……っ、くそっ……!」


 モンスター、サイレントスパイダーの存在を察知するや否や、レグルスが疾風のごとく飛び出し、ワンテンポ遅れてジルヴァも短剣を手に走り出す。レグルスは大きな蜘蛛の足の間を潜り抜け、胴体に痛烈な一撃を叩き込んだ。痛み……というよりは衝撃で動きの止まった蜘蛛の足をジルヴァが斬り付け、切断した。


 ギャギャギャッ!?


 サイレントスパイダーはガラスを引っ掻いたような耳障りな叫び声を上げて、蜘蛛糸を辿って天井に逃げようとする。わたしやフリッカであればアイテムや魔法で蜘蛛糸を切って逃走自体を封じることも出来るが、今回は様子見で手を出さないでおく。


「逃がすかよ!」


 ジルヴァが素早く弓を構え、矢を放つ。図体のでかいサイレントスパイダー相手に外れることはなかったが、決定打にはならなかった。手の届かない天井に張り付かれ、口から毒液を噴出されてしまう。

 舌打ちして避けるだけだったジルヴァに対し、レグルスは避けながら壁を蹴って天井にまで飛び上がり、サイレントスパイダーの足を引っ掴んで地面まで引きずり落とす。洞窟の狭さを活かした行動だ。間髪入れず素早く体勢を入れ替え、頭を踏み潰す。

 しかし虫型モンスター……に限らず、モンスターたちはLPライフポイントを削り切るか核である魔石を壊すか引き離すまでは死が確定しない。凶器となりうる足をばたつかせ、抵抗を試みる。

 うっかりが多いレグルスであるが、彼もきちんと成長を重ねている。倒したと油断せずに足を避け、胸元にもう一撃。今度こそ魔石に当たり、暴れていたサイレントスパイダーは徐々に動きを止めるのだった。

 その戦い方はウルから見ても及第点だったようだ。腕を組んで「うむ」と頷いている。逆に不満を見せるのはジルヴァ。何か納得行かなかったのか、レグルスの方へと突っかかる。


「……おい」


 だが、レグルスは応答しない。難しそうな顔をして洞窟の奥を見ている。無視される形になってカチンと来たのか、ジルヴァは更に大きな声で――


「すまんリーゼ、頼んでいいか?」

「オッケー」


 直前、レグルスの声かけに了承を返したリーゼが槍を投げた。それはジルヴァの前髪を掠め(……わざとだろうか?)、闇の奥の天井に張り付いていたもう一匹のサイレントスパイダーを穿つ。


「……はっ?」


 目の前を槍が通り抜けていったことと、またもサイレントスパイダーの耳障りな叫び声と、巨体が落ちる音を耳にして、ジルヴァがしばしの混乱を見せた。わたしたちの後ろ、最後尾に位置していたベオルグさんが困ったように小さく溜息を吐いていた。三十点、と聞こえた気がする。


「え? な、何だ?」

「ん? ……まさかもう一匹に気付いてなかったのか?」

「気付いて……そ、そうだ、何でお前は気付いたんだよ!?」


 近場のモンスターが居なくなったことでレグルスは会話に応じ、首を傾げる。ジルヴァは一度目も戦闘への参加が遅れ、二度目なんか全く気付いていなかった。自分の能力に自信があったからこそ、自分と同程度、ひょっとしたら下だと思い込んでいたレグルスに上回られ、プライドが傷付いたのかもしれない。


「モンスターは呼吸や足音、風切り音で察知するだろ。……さっきの蜘蛛はそれがなかった。それなのに、お前は何でわかったんだ……!」

「何でって……気配があるだろ?」

「……気配、って――」


 レグルスのざっくりすぎる説明にジルヴァが口をぱくぱくとさせていた。

 索敵時は、先ほどジルヴァ自身が言っていた呼吸音や足音などモンスター自身が立てる音を探るのは当然であるが……サイレントスパイダーは名前の通り静か(サイレント)で全く音を立てない。

 それなのにレグルスはどうやって察知したか。気配と一言で言っているけれど、もうちょっと細かく説明するとすれば、他の情報としては例えば熱源、例えば放出魔力、もっと言ってしまえばモンスターが必ず持っている魔石の感覚などがある。

 ウルもよく『勘』と言うけど、これらの情報を無意識に受け取って判断しているのだ。口頭説明出来るほど考えてはいない(言い方は悪いけど、頭で考えずとも反射で行動する)ので勘と言っている……と思われる。

 正直わたしもわたしで説明し辛い。モンスターの話ではないけど、『どうやってダンジョン核を察知してる?』と聞かれても『そういう特性がある』としか言えないし。おそらくダンジョン核が特殊な波動を垂れ流している……んじゃないかなぁ。しらんけど。

 ともあれ、森の中でもあったけど、ジルヴァの索敵能力は甘いと言わざるを得ない。とは黙っておき、気配についての補足をそう述べていくと、何故かレグルスが感心していた。


「……そうか」


 ジルヴァは悔しそうに拳を握りしめながらも、反論をせずに俯いた。またギャーギャー言われるかと思ったけど意外だ。

 ……ひょっとして、本当に、わたしと戦った時は懐に入られたこともあって見えてなくて、比較対象にすら出来なかったのだろうか。こうしてハッキリ目に見える形でレグルスとリーゼが活躍したことで、やっと自分に力が足りていないことを悟り始めたのだろうか。

 さてはて。これで彼が己を知って、素直に受け止めて成長してくれれば今後のトラブルが減りそうだけど……まだダンジョン探索は始まったばかり。どうなることやら。



「この辺りの小道は全部行き止まりだ。もうしばらく直進してくれ」

「了解です」


 時折ダンジョンを隈なく探したくなる欲求に駆られるけど、さすがにそこまで時間を掛けていられない。鉱石探知機でもディメンションストーンの反応がないことだし、ベオルグさんの案内に従い、わたしたちは太い道に沿って奥へ奥へと進んでいく。

 小道で何もないとは言ってもそれは安全とは限らない。ジルヴァの言っていた通りモンスターが多く、前からも小道からもどんどんやってくる。しかしわたしたちからすればまだまだ余裕と言える範疇だ。レグルスとジルヴァがたまに掠り傷を負う程度で、大きな問題は発生していない。

 最初のサイレントスパイダー以降、ジルヴァは大人しくなった。モンスターと戦う時は勇ましいのだけれど、それ以外の点でだ。特に同じ年頃で同性であるレグルスとよく話をするようになり、時には素直ではないながらも教えを請うようになった。変わりように目を疑ってしまったよ。

 レグルスもわたしたちと一緒の時は自分以外全員が女性なので、同性の相手をするのは気楽なのかもしれない。単に持ち前の陽気さかもしれない。逆にレグルスからジルヴァに戦い方を聞いたりして、すっかり打ち解けたように見える。リーゼがちょっと寂しそうにしてるけど、ウルやフリッカが雑談を飛ばしているのでそればかりに気を取られることもない。

 一方のわたしはボチボチとベオルグさんと話をしている。主にこのダンジョンについてだけど、ジルヴァについての話も少し混ざる。もちろん本人に聞こえない程度の声量で。


「リオン殿には感謝している。ジルヴァがあんなにはしゃぐ姿を見るのは久々だ」

「わたしじゃなく、レグルスのおかげですけどね」

「いや、リオン殿を始め、皆が俺を恐れずに居てくれるからだ」


 ラスア村でベオルグさんが恐れられているせいで、彼を慕うジルヴァは反発してしまい、村の中でベオルグさん共々孤立に近い状態に陥っていたそうだ。村人さんたちの気持ちもわかるし、不本意ながらジルヴァの気持ちもわかってしまうので、何とも言えないところだ。……フリッカの件さえなければ、わたしたちともこじれることはなかっただろうに。ホントにもう、クリティカルなことしてくれやがって……!

 そのムスっとした感情が漏れてしまったらしい。ベオルグさんに謝られてしまう。


「真に申し訳ない」

「……まぁ、この失点が取り戻せるかどうかは、今後のジルヴァ次第ですね」


 ひとまずわたしは、ジルヴァに対する怒りフィルターを少し薄くすることにした。

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