出発前から前途多難
バタンと扉を閉め、外と隔絶された空間になった途端、フリッカが大きく溜息を吐いてわたしにすがりつくようにもたれかかってきた。手が震えており、かなりストレスが溜まっているのだと如実にわかる。単に好意を向けられるだけならまだしも、その先の、性行為の要求をストレートにぶつけられて過去のトラウマが蘇ったのだろう。……わたしの性欲は弱い方だけど、もしめちゃくちゃ強かったらどうなっていたんだろう、などとどうでもいい仮定が脳裏を掠めていくけど口にしない。
「えぇと……フリッカ、もう大丈夫だよ」
「……我もバートル村で似たような目に遭ったのでな、その気持ちは多少ではあるがわかるのである……」
ウルが乾いた笑みを貼り付けながら遠い目を浮かべる。あの時もひどかったからねぇ……。多くの村人が我先にと、障害を乗り越えぶち壊し、とにかく景品を目指して迫りくる。ウルの怯えた顔なんて超レアですよ。……ウルの時といいフリッカの時といい、獣人はいらんことばっかりするな? 実は一番の要注意種族か?
「今日はもう帰ろうか」
お祈りと称して作っておいた帰還石を使用すれば戻ってこられるので帰っても問題ない。不届き者が夜中に忍び込んできて『居ないぞ!?』と騒ぎになる可能性はゼロじゃないけど、そこまで気にしていられるか。フリッカの心の休息の方がよっぽど大事だ。
ポンポンと叩きながら促すと、フリッカは小さく頷いた。
フリッカは、皆でご飯を食べて、ゆっくりお風呂に入って、一晩中抱き締めて寝ることで翌朝には復活していた。
「……お手数をお掛けしました」
「いやいや、フリッカのせいじゃないから」
「あれは防ぎようがないしのぅ……」
念のため残るかどうか聞いたら「付いて行きます」と想定していた答えが返ってきたので、防犯用に強風の魔法の力が籠もった指輪を新たに作ってあげた。咄嗟の判断で使える状況にあるかどうかはわからないけど、ないよりはマシかな、と。フリッカが喜んでいるだけでもプラスだ。
マナの様子を見て今のところは大丈夫そうだと安心し、拠点を訪れていたレグルスとリーゼを丁度良いとピックアップする。村人さんたちには別行動していた仲間と合流したと伝えれば誤魔化せるだろう。間違ってはないし。
「うへぇ、さむっ!」
「同じ世界でもここまで気温が違うんだね……」
帰還石でラスア村のロッジ内に戻ってきたのだが、室内と言えど暖炉に火が入っていなければ当然寒い。なので、設定した耐寒効果が足りなかったらしい。寒暖差にレグルスとリーゼが震えていた。
唐突に増えた二人に驚かれつつも、司祭さんに聖域強化について軽くレクチャーをして(ベオルグさんのことを抜きにしても必要なことだ)、食料や衣類、回復薬などの物資を提供する。スキルレベル上げと素材集めが趣味なので無限に貯まっていくのだ。ちなみに、アイテムボックスの限界は未だに見えない。
そうしてあれこれを終えて、さぁダンジョンに出発するか、と村を出たところで……トラブルが発生する。
「俺も絶対に行くぞ!!」
声をかけてもいないのにジルヴァが押しかけてきたのだ。わたしとフリッカの顔が引き攣ったのは言うまでもない。明らかに嫌がっているのに引いてくれない。なんてめんどくさいんだ。
「あのダンジョンにはモンスターがいっぱい居るんだ! 人手は多い方がいいだろ!?」
「そりゃそうだけどさぁ……」
そのためにもレグルスとリーゼを連れて来たのだ。ウルさえ居ればどうとでもなるとは思うけれども、フリッカのことを考えると安全策を取っていきたいからね。
……それだけなら納得はともかく理解出来る話ではあったけど、レグルスに指を向けて余計なことを言うものだから始末が悪い。
「こいつが行っていいなら、俺が行っても問題ないだろ!」
「な、なんだよいきなり?」
状況が飲み込めないままに引き合いに出されたレグルスが困惑していた。
わたしとしても「は?」である。長年……というほど長くもないけど、ウルに次いで付き合いが長く、能力も認めていて、何よりも信頼の篤いレグルスと、昨日会ったばかりかつ能力的にも性格的にも信用がないジルヴァをどうして同列に扱わなければいけない? わたしの仲間にそんなことを言って、好意的に迎えられるとでも?
実際のところ、ベオルグさんの戦力は欲しい。しかしお前は要らん……とまでは後ろに立つベオルグさんの前では言えないから、二人とも要らないと言うしかない。
「わたしのことを気に入らない、という理由だけでわたしの指示を無視しそうなあんたを連れて行けると思っているの?」
「うぐぐ……ちゃ、ちゃんと言うことを聞くから!」
「じゃあ言うことを聞いて諦めて」
「なんでそうなるんだよ!?」
それはわたしのセリフだよ!
なお、後ろでウルがレグルスとリーゼに軽く説明をしており、『リオンの目の前でフリッカに手を出そうとした』の辺りで『……なんてバカなことを……』と戦慄し、それなら冷たい態度を取っても仕方ないと頷いていた。ハハハ。
イライラが募り、『もう手っ取り早くぶっ飛ばすか?』などと物騒なことを考えるわたしだったが、次の言葉で無視しきれなくなってしまう。
「俺が、俺たちがダンジョンの問題を解決して、ベオルグのことをラスア村のやつらに認めさせるんだ!!」
フリッカに執着しているわけではなく(もっとも、ゼロというわけでもなさそうだ)、ベオルグさんのためと言われては絶対ノー!とばっさり切れない。
ジルヴァも当然ながらわかっているのだろう。ラスア村におけるベオルグさんの扱いが、腫れ物のようであることを。
おそらく、先日彼らが村の外に出ていたのも、村のためのモンスター狩りだ。村のために行動を重ねて、それでも認められず余所余所しく。直情的で短気なジルヴァには耐えられない。
そこで、喫緊の大きな問題であるダンジョン攻略をすれば、今度こそ村の一員として認められることを期待して。攻略に役立つことで神子からの口添えも期待しているのかもしれない。
……全っ然好きになれないし、むしろ嫌いだけれど、自分のためではなく誰かのために必死になる姿までは否定出来ない。
わたしは、口を挟むことなく見守っていたベオルグさんに問う。
「ベオルグさん、わたしは彼の訓練に付き合う気はありませんよ」
「わかっている。俺が責任を持って面倒を見る」
「遅れたら置いていくかもしれませんよ」
「……それで構わない」
ベオルグさんからすればジルヴァに無茶はしてほしくなさそうに見える。けれどベオルグさんも、自分のためと言い張るジルヴァを止めきれず。自分以外の誰かと行動させることで、彼の成長を願っているのかもしれない。しかしわたしの邪魔をさせるわけにもいかず、わたしの言うことに対しただ頷く。
わたしは一つ大きな溜息を吐いてから、ジルヴァにとあるアイテムを投げつける。ジルヴァはわたしの不意の行動に対応出来ず、顔面で受け止めた。……投げつけておいてなんだけど、そこは反応しよう? 大丈夫か本当に。
「いって!? 何するんだよ!」
「それを身に着けて」
「は? 何だよこれ」
「一回だけ致死ダメージを肩代わりしてくれる身代わり腕輪。それが壊れる事態になったらあんたには荷が重いってことだから帰れ」
そこでやっとジルヴァは一緒にダンジョンに行く許可が得られたと気付いたのだろう。「よっしゃ!」とガッツポーズを取る。嬉しそうにしてるけど、わたしは出発前から疲れたよ。
フリッカに目で『ごめん』と謝る。わたしが断れないばかりにこんなことになってしまったのに、フリッカは苦笑しながらも許してくれた。彼女だけでなくウルにも、レグルスとリーゼにも申し訳ない。……リーゼはやや不機嫌そうに見える。細かい事情はともあれ、レグルスが貶されたと思ったのだろう。わたしのせいじゃないけどホントごめん。
はぁ、こんなぐだぐだな始まりで無事にダンジョン攻略が出来るのだろうか……?




