弱さは罪かどうか
わたしたちはいつもの如く村長さんの家に招かれた。村長の家と言っても他の家に比べてちょっと大きいくらいで、無駄に権力を誇示しているわけでもなさそうだ。内装もほぼ木製で質素にすら見えるのは、金属製だと冷えて酷いことになるからか。代わりに手間暇掛けて作っていそうな織物がいくつもあり、センスは良い。
今は村長さんと司祭さんの二人と向かい合ってテーブルに着いている。村長さんはおそらく人間の男性のご老人で、司祭さんは妙齢の女性で……鹿の獣人だろうか。それっぽい角が生えている。
暖炉で薪が弾ける音をBGMにして出された熱いお茶をいただく。耐寒装備を身に着けていても体は冷えていたらしい。熱がじわじわと染みわたる。ふぅと一息吐いてから、わたしの方から切り出した。
「それで、この村が困っているとベオルグさんに聞きましたが、何があるのでしょうか? 必ずしも解決出来るとお約束は出来ませんが、可能な限りは対処させていただきますので」
「ありがとうございます。二点ほどありまして……神子様はどちらの方角から起こしになりましたか?」
「ここから南の方ですね。海を渡って来ました」
「なるほど……。すでにお気付きになっているでしょうけれど、北の地がどうにもおかしくなっているようでして」
一点目は想像出来た内容だった。
村長さん曰く、北の空が暗くなったのはここ数年の話らしい。今までに何度か調査しに行こうとしたものの、夏でも雪が積もっている山を越えなければいけないことに加えて、モンスターが強くて突破出来ず、未だに原因が不明とのことで。
「吹雪く日が多く、時折雷鳴も響き渡り……それだけでなく、怪物の雄叫びのようなものまで聞こえてくるとか」
……怪物の雄叫び、ねぇ。雷音がそれっぽく聞こえるのか、本当に何かのモンスターの声なのか。場合によってはそのモンスターのせいで暗くなっている可能性も捨てきれない。何にせよ、現時点では真相は不明だ。
今のところ北の地からモンスターが押し寄せてくるとかはないけれど、村人たちは常に怯えを抱えているので何とか出来るものなら何とかしてほしい、と。どのみち隕石探しの都合で行く予定はあるので、その旨を伝えるとホッとしていた。なお、隕石の落ちた場所を知らないか聞いてみても、北の地にあるという噂くらいしか知らないらしい。というか、ベオルグさんが村長さんから聞いたのだろう。
「二点目は、この村の近くに大きな穴が空きまして」
「穴、ですか?」
「はい。どうやら穴の先はダンジョン化しているようでして、モンスターが断続的に沸いてくるのです。村の戦える者で対処しておりますが、何分、人員そのものが少ないもので、ダンジョン核を浄化するには至らず……」
このラスア村は百人ほどしか住んでいないようで、他にもいくつか村が点在しているらしいけれど人口は似たり寄ったり。それなら手が回らなくても仕方がない。北の地といい穴といい、何とも忙しいことだ。
いっそ村を合併させたら多少は楽になるのでは?と聞いてみたけど、方針の違いでバラバラになっているとのことで。……この非常時に面倒な、と口に出しかけて噤む。誰もが仲良しこよしなんて無理な話だし、わたしの拠点も全然増えてないのだから、他所のことを言える立場ではなかった。
まぁ、遠くにあるならともかく、近くにあるなら寄り道してもいいだろう。ダンジョン核であれば素材にもなるし。それに、穴が空いているということは地下にダンジョンが広がっているのだろう。この地に辿り着いてからずっと足元に感じている妙な感覚の正体かもしれない。
こちらも探索してみると約束すると、「ありがとうございます……!」と二人は大きく頭を下げた。
これで話は終わりかな?と思えば、今度は司祭さんの方からおずおずと「お願いがあるのですが……」と声が上がる。
「聖域を強化したいのです。手ほどきしていただけませんでしょうか……?」
「それくらいなら大丈夫ですよ。何か月も付きっ切り、とまでは無理ですが」
「いえ、とんでもありません! あのモンスターにさえ効けばそれで……!」
「……あのモンスター?」
引っ掛かりに呟くと、司祭さんは「あっ……」とバツの悪そうな顔をした。何やらきな臭くなりそうな予感……?
長老さんにも何のことかわかっているようで、言い辛そうに口元をもごもごとさせてから話し始める。その内容に、わたしは耳を疑った。
「モンスターとは……ベオルグのことです」
「……は?」
「ベオルグは、北の地に生息しているスターベアーにそっくりなのです」
スターベアーとは、まんまシロクマの見た目をしたモンスターだ。
いやそりゃわたしも一瞬疑ってしまったけれど、あれだけ理性的で、ジルヴァも懐いていて、なんでそれでモンスターなどと思ってしまうのか。
「わかっています。わかっていますが……ベオルグは強い。この村の住人が束になっても勝てるかどうかわからないほどに。だからこそ……怖いのです。いつかその爪が、牙が、儂らに向けられたらと思うと……」
強そうとは思っていたけど、それほどなのか。
ベオルグさんはある日、ジルヴァを連れてひょっこりとラスア村にやって来たらしい。当然その時も騒動があった。
しかしベオルグさんは抵抗もせず、辛抱強く『せめてジルヴァだけでも受け入れてくれないだろうか』と頭を下げた。獣人の子一人だけなら……と了承しようとしたところで、ジルヴァが『ベオルグも一緒じゃなきゃ嫌だ!』となってまた一揉め。最終的には村人たちは恐れを抱きながらも渋々と受け入れたのだとか。
「……モンスターと恐れるくらいなら受け入れなければよかったのでは?」
「他の村でもこっぴどく追い返されて、もうこの村にしか希望がないと言われてしまえば……子のためにも見捨てられず」
……子どものために行動出来る人たちではあるのだけれど、心が弱い、ということか。
わたしがベオルグさんを恐れずにいられるのは、彼がモンスターではないと確信しているからというのもあるけれど……実際のところは、襲い掛かられても返り討ちに出来る確信があるからだろう。ウルより強いとは思えないからね。
「神子であるわたしからも断言しておきます。ベオルグさんはモンスターではありません」
ゼファーやアルバみたいに、モンスターでありながらヒトと共存出来るタイプかもと頭を過ったけど、そうではないと神子としての感覚が囁いている。彼は本当にただの獣人だ。
わたしの言葉に二人は項垂れている。……『悪いと思っている』のならば、ここで開き直ったりしないのであれば、やはり彼らは悪人ではない。どこぞのマーマンとは大違いだ。
はたして、恐れるのは、拒絶するのは、罪となじることが出来るだろうか。わたしは強者になった(正確にはウルが強者である)ことで傲慢になっていないだろうか。そこの自省も必要かもしれない。
「しかし、邪険にし続けることで仲が険悪になり、トラブルに繋がることもありえます」
まるで脅しみたいだけど、悪く扱われ続けて平気でいられるヒトなんて早々居ないだろう。居たとしたらもはや聖人では?
……全く荒れた様子を見せないベオルグさんはかなり我慢強い、良いヒトでは……? ジルヴァも懐くわけだ。……何故そんな人に育てられてあぁも生意気に……謎が深まるばかりだ。
「すぐに受け入れろとは言いません。しかし、歩み寄る努力をしていただけたらと願います」
「「……はい……」」
説教臭くなってしまったけど、聖域強化の手ほどきも約束もして、その話は終了となった。
「ところで神子様。申し訳ないのですが、この村には空き家がなくて……」
「あぁ、でしたら建てるので大丈夫ですよ。ある程度空いている場所はありますか? もしくは伐採してもよい場所とか」
「は? 建てる?」
「創造神様の像の近くだとなおよいですね」
何が何やら?という顔をされながらも、祭壇の裏手まで案内してもらい、好きに伐採してもよいと言われたのでガッコンガッコン切らせてもらう。
そして伐採した木と、周辺の建物を参考に設計図を用意して作成スキルを発動。別に道中と同じように石室でもよかったけど、せっかくだからね。
「では、ちょっと休みますね。あ、負担になるでしょうから、食事会とかも要らないです」
あんぐりと口を開ける村長さん&司祭さん&近寄ってきた村人さんたちをあえてスルーして、わたしたちは出来立てほやほやのロッジへと入っていった。




