絡まれたので返り討ち
探索は問題がないという点では順調に、何も見つからないという点では不順に進んでいった。モンスター素材以外は碌に収集出来ず、テンションが上がらないったらありゃしない。
そのモンスターもやたらと数が多いので、訓練になると喜ぶべきか、探索速度が落ちると嘆くべきか。
「うぬぅ、大して強くもないが面倒であるのぅ……」
基本的に瞬殺するウルさんですら辟易とし始めた。
というのも、わたしたちは今、大量の鳥モンスター、アサルトバードに襲撃されているからである。こいつらは体は大きくないし個の強さもたかが知れているが、群れで行動する性質があるのだ。数匹とかではなく、数十匹というレベルで。しかも体の小ささを活かしてちょこまかと飛び回り、風魔法でも使っているのか急停止や急発進もお手の物。とにかく動きがトリッキーなのである。
キイイイッ!!
「――ここだっ!」
それでも目が慣れればどうということもない。アサルトバードの急降下に合わせて内側の力を意識して剣を一閃、また一匹打ち取ることに成功した。
直後に、ゾワリと、異物が体内を這い回るような錯覚。それに気を取られた隙にまた別のアサルトバードたちが――
「アースウォール!」
ギュアアアアッ!?
わたしを守るようにフリッカが作った土の壁に突っ込んで、その速さ故に自爆した。
「ごめん、ありがと!」
「どういたしまして」
わたしは力の制御訓練を兼ねて範囲攻撃や石ブロックガードをあえて使わないようにしている。なので、こいつらに有効である面の攻撃・防御がフリッカしか出来ないでいる状態だ。ケガをしてまで戦い方にこだわるべきでないという気持ちはあるけれど、わたしは早いところこの違和感を馴染ませなければいけない。ウルとフリッカには手を掛けさせてばかりである。
「リオン、フリッカ、おかわりが来たぞ!」
「うえぇ……」
「……大変ですね」
ウルの警告に顔を上げてみれば、追加のアサルトバードが飛んできているのが見えた。
いくらなんでもキリがない。今日のところは訓練はここまでにして、他の手段を解放するべきだろうか?と考えていたら。
「おらああああああっ!」
「ゴアアアアッ!!」
二種類の叫び声――咆哮が響き渡り、上空のアサルトバードが何匹か蹴散らされた。風魔法……それともウォークライ? やや遠目で判別は付かないけど、『ヒト』による攻撃が為されたようだ。
新たにこちらに向かってきていたアサルトバードの群れが、急襲者が居るらしき方向へと転換していく。
「リオン、アレは無視してこちらを先に片付けよう」
「うん」
誰だか知らないけど引き付けたからには撃退する自信があるのだろう。わたしたちもひとまず目の前のアサルトバードたちを殲滅していくのだった。
モンスターを全て倒し終わり、雪原に静寂が取り戻される。
特に騒ぎ声が聞こえないということは、あちらさんも大ケガをしてるわけでもなさそうだ。ちょっとホッとする。
散らばった素材を回収していたら、サクサクと雪を踏みしめる音が一つ。現れたヒトは二人、その内一人が同じく素材回収をし、もう一人がこちらまでやってきたようだ。
「よぅ。無事か?」
声を掛けてきたのは、灰銀の髪と狼耳と思われるモノを生やし、褐色の肌をした、レグルスと似た背格好の獣人の少年だった。ウルが何も言わないので彼に敵対心はないのだろう。助けに?来てくれたことだし、素直に相対をする。
「加勢ありがとうございました。わたしたちは大丈夫です。そちらは?」
「へへ、あれくらい俺たちからすればどうってことねぇよ」
自分の力に自信があるのだろう、少年は牙を見せて得意気に笑う。美少年というほどでもないが、ワイルド系が好きなタイプであればその野性的な笑みにときめく女性も居るのではなかろうか。わたしたちは全員対象外だけど。……男性が苦手なフリッカは別として、ウルに好みとかあるのかしらん……?
好みはさておき。ゴーグルをしたままで顔を見せないのは失礼かな、と思い取り外す。
……わたしにつられてフリッカもゴーグルを外したのがトラブルの始まりだった。彼女は何も悪くないけど。
「――」
少年が、ピシリと固まった。
視線はわたしから逸れて……背後のフリッカに注がれている。
大きく目を見開き、ワナワナと震え、褐色肌でもわかるほどの――あ、これアカンやつや。
「お嬢さん――」
「ちょっと待ったぁ!」
咄嗟にフリッカを隠すように移動すると同時に少年が飛び掛かる勢いで前に出てきて、わたしと衝突する。
体重の違いはあるけど、わたしは弾き飛ばされず耐えることに成功しつつ、逆に少年を弾き飛ばすように押す。後ろ手でフリッカに離れているように促し、ウルは言わずともフリッカのフォローに回ってくれた。
「うおっ!? 何で邪魔するんだよ!」
「邪魔するに決まってるでしょ! いきなりなんなのさ!!」
……まぁ、理由は聞くまでもなかった。そんな予想は当たってほしくなかった。
「お嬢さんに一目惚れした! 俺と番になって子を産んでくれ!!」
後ろから、ヒュッと息を呑む音がした。それは、怯えに塗れていて。
ピキリと、こめかみに青筋が立つ音がやけに大きく聞こえた気がする。ぐるぐると体中を巡る熱で、今なら炎すら吐けそうだ。
「却下だ!!!」
「は!? お前には聞いてねぇよ! 引っ込んでろ!!」
「彼女はわたしの嫁だ! 引っ込んでいられるか!!」
キレる少年にキレて返すわたし。少年はその答えに目を剥いた。
「はっ? お前そんな面して男なのか!?」
「女だよ! それがどうした!!」
正確には違うけど、そんな細かい説明をする必要はないし、性自認は女であるので全くの間違いではない。
しかしそれは少年には尚更納得がいかないみたいで。……納得させる必要もないけど。
「はああ!? ふざけてんのお前!?」
「ふざけてこんなこと言うか!」
「だって子ども作れねぇじゃん! 何の意味があるんだよ馬鹿!!」
「子どもにしか意味がないとでも言うの!? そっちの方がよっぽど馬鹿だ!!」
「俺たちは命を次世代に繋げていくのがでっかい仕事じゃねぇか! そこをあえて放棄するなんて馬鹿でしかないだろ!!」
……まぁそれはそうね。正しい。ヒトが増えずに減るばかりでは衰退の一途を辿る。
だからといってそれが全てと思ってもらっても困るし、実際は一組程度では世界の人口に何も影響はない。
それに、この世界は創造が力となる世界だ。わたしとフリッカの間で何も作れないと決めつけるのはやめてもらおうか。
……などと、説得?する気力などあるわけもない。言ったところで聞きゃしないだろうし。
だからわたしは……実力行使に出ることにした。
この手の輩は力でぶちのめすのが一番効くとバートル村で学んだ。
というか、獣人は嫁が関わると相手のことを省みない傍迷惑暴走特急になる性質でも持っているんですかねぇ!?
「……どうしても彼女が欲しいというのなら」
指の骨をボキボキと鳴らし、無手で構えを取る。武器を使用しないのは温情だ。
「わたしを倒してみろよ。わたしより弱いヤツに渡す気なんざサラサラない」
「――へっ。アサルトバード如きに手こずっておきながらよく言うぜ。女だからって手加減しねぇから後悔すんなよ」
計算通り、己に自信のある少年は乗ってきた。
相手の力量すら見極められないで突っかかってくるなんて、愚かなのか盲目になっているのか。
どちらにせよ、これで遠慮なく叩き潰せるし、何より。
――フリッカを怯えさせたこと、お前こそ後悔しろ。
「おらあああっ!」
わたしを舐めきっているのか、少年はまっすぐ、何のひねりもなく殴り掛かってくる。
昔のわたしならいざ知らず、今のわたしは接近戦もそれなりに出来る。
怒りで頭を沸騰させつつも冷静に手で少年の腕を軽く叩いて逸らし、カウンターでこれ以上ないくらいに綺麗なボディブローを決めた。




