寒くなってきた
マナには申し訳ないけれども、わたしたちはずっと拠点でゆっくりしているわけにもいかない。面倒見のよい地神と光神が居るし、明らかな子どもであるフィンやイージャ、ルーグくんに対してはさすがに警戒心もないようなので何とかやっていける……と思いたい。セレネは制御を頑張っておくれ。破壊神の神子であることが原因で避けられるのはトラウマを刺激されるのか、根が優しい子でマナを怖がらせたくないからなのか、地道に努力している姿が時折見受けられる。あとマナはアステリオスとジズーにもちょっと引いている。モンスターだからか、終末の獣だからか……。今のところ大きな問題は発生していないので、経過を見守るしかない。
移動して創造神の像を作成して、拠点に戻っては訓練して。そんなことを繰り返しながら海岸線沿いに北へ北へと進んでいく。
あの竜宮城でめげたりせずに、ボチボチと見かける村には立ち寄りをしている。幸いにしてあれ以来気分の悪くなるトラブルはなく、会ったヒトたちと揉めることもなかった。もしも悪いヒトがあっちもこっちも居たら対人恐怖症になってしまいそうだ。
モンスターやダンジョンに困っていれば可能な範囲で潰し、素材が足りなけば差し上げて、教えを請われたらあまり時間は掛けられないながらもちょこっと教えて。……熱烈に滞在を求められた時だけは少し困った。基本的にウルとゼファーを置いて村訪問をしているので、一晩泊まることすら出来ない。下心がある場合はさらりとかわすけど、純粋に神子を歓迎している場合は断るのも一苦労だった。早く神子が増えてほしいものである。
「――へっくしょいっ」
大きなくしゃみが出てしまった。誰かがわたしの噂をしている――わけではない。単純に寒いのだ。気付けば、吐く息の白さも濃くなっている。
防寒機能を一段上げながら(上げると耐久の減りが早いので必要最低限にしている)下の方を見ると、あちらこちらに雪が積もっていた。
「リオン様、大丈夫ですか?」
「うん。フリッカも寒さに気を付けてね」
ずび、とくしゃみの勢いで出てきた洟をすすりながら、背後から抱き付いてくるフリッカに返事をした。厚い衣服越しではあるけど温かさが伝わってきたような気がする。
「ウルの調子はどう?」
「我は平気である」
「……きみは寒さに弱いと思ってたんだけどねぇ」
「あれはリオンの聖域の影響を受けていたからであるな」
以前に何度も、毛布にくるまりながらも寒い寒いとわたしに抱き付いていたのに、それよりもずっと寒い今現在の方が平気だなんて不思議な感じだ。最近は少しずつ慣れてきて寒さも和らいでいるらしいけど。……終末の獣の力で強化されてる影響もあったりするのかしら。
「ゼファーは?」
「キュ!」
平気らしい、元気に返事をした。爬虫類は寒さで冬眠するイメージが強いけど、ウル同様そこは最強種のドラゴンということか。風属性なのも関係しているかな? アルバはまだ飛ぶのが微妙で長時間ヒトを乗せられないし、わたしたちの移動はゼファーにかかっているのだ。冬眠されなくて本当に助かっている。
空を見上げると、うっすらと雲がかかっているが雪が降るほどではなさそうでホッとする。多少なら雪でも移動出来るけど、吹雪となると遠慮したいところだ。今はまだギリギリ水神の領域、しかしこの先――闇神の領域に入ったら寒さが激しさを増すので、そういったことも覚悟しなければならないだろう。
「こんなに積もっているなんて、この辺りで生活するのは厳しそうですね」
「さすがにずっと住んでいるなら寒さ対策もしてるだろうけど、雪は物理的にもジャマだしねぇ」
拠点近辺は真冬だろうとほとんど雪が積もらない。拠点にほど近いアルネス村もだ。付け加えると、元の世界でも雪が積もらない、そもそも降ること自体が少ない地域に住んでいたので雪には慣れていない。ゲームでは寒さそのものや雪を歩くのに体力を取られたりしたけど、それくらいだ。冷たさの体感はしていない。なので寒そうだなぁ、雪かき大変そうだなぁ、というアバウトな感想しか沸かないのだ。
しかし豪雪地帯であろうとヒトはあれこれと工夫をして住む。この世界でも住人はいることだろう。
「でも雪はジャマなだけじゃなくて、遊びにも使えるんだよなぁ」
「む? どんなのがあるのだ?」
「スキー……は難しいにしても、ソリで滑るとか、雪合戦とか」
ちなみにわたしはスキーやスノボの経験がない。道具は作成スキルで作れるとしても滑り方を教えられないのだ。……ウルの場合、感覚ですぐに覚えそうだな。颯爽とスノボでトリックを決めそうだ。見てみたくなってきたぞ……?
「平和になったら、皆で遊びに来るのも面白そうだなぁ」
「……私は何も出来る気がしません……」
フリッカは、言っては悪いけど運動神経があまりよろしくないので、体を動かすことに苦手意識がある。……フィンは普通で、たまにウルと一緒に体力作りをしているくらいなのにね。わたしからすれば欠点の一つや二つあっても可愛いけど、本人が気にしてしまっているのでどうしたものか。向上心があるのはいいことでも、深く気に病むのはよくない。決戦に向けてピリピリとした空気が流れているのも焦らせてしまっている原因なのかなぁ。魔法は随一なので、強みを活かしてほしいものである。
「雪像作りとかもあるよ。いつか一緒に作ろうか」
「……それなら出来そうですね。楽しみにしておきます」
腰に回されたままの手をポンポンと叩きながら提案したら、柔らかい声で答えが返ってきた。この約束を実現するためにも頑張らないとな。
「っと、ディメンションストーンの反応があった。この方角は……陸地の方かな」
「寒さも増してきましたし、また海に潜らなくていいのは助かりますね」
「我は寒さはどうとでもなるが、陸の方が楽なのは確かであるな」
ディメンションストーンの数はまだまだ足りないので発見したら採掘しなければ。
ゼファーに方角を伝えて進路変更をしてもらい、うっかり村の近くを通って住人を驚かせることのないように目を光らせながら反応地点へと向かう。
「モンスターが群れておるのぅ」
「ついでだから倒していこうか」
たまたま進行方向に居た――ひょっとしたら鉱石探知機の魔力に反応した――モンスターたちを蹴散らしつつ、無事にディメンションストーンもゲットだぜ。
そんな一幕もありつつ、更に北へと進むことで……やがてボロボロの灯台が視界に入る。
「む、あれが目印であるか?」
「多分ね」
水神から、水神の領域の北端に灯台があると聞かされていた。なお海と小島も含めると領域はもう少し先まで含まれるらしい。灯台は実際には破壊されていたわけだけど、跡形がサッパリなくなっているとかじゃなくてよかった。
一応何か目ぼしい物がないかな、と周辺を探してから(残念ながら大した物は何もなかった)、灯台の天辺に立ち、北の海を見据える。
小島が点在する海を渡った先に……闇神の領域がある。
「……空が暗いですね。闇神様と関係あるのでしょうか」
「うーん、何も聞いてないから違うと思うけど……」
碌に日が差さない、極夜みたいな地域だとしたら事前に何か言ってくれている、と思う。帰った時に確認しておくか。
空の暗さは単に天気が悪いだけか、それとも……トラブルが発生しているのか。前者も後者も大いにありえそうで、後者だったらと思うと溜息の一つも吐きたくなるけれど、歩みを止める理由にはならないし、なおさら行かねばならないだろう。
「んじゃ……行こうか」
「うむ」
「はい」
「キュー」
そうしてわたしたちは、闇神の領域に辿り着くのだった。




