続・事後処理
「み、神子殿おおおおぉ……本当に、本当に申し訳なかった……!」
「きゃあああああっ!? ア、アンタ誰よおっ!!?」
神子ルーエの村から拠点に戻ってきて、あの村で起こったことを報告……の前に、どこかで見たような珍事が唐突に発生した。
たまたま通り道を歩いていた破壊神の神子が視界に入った途端……闇神が勢いよく土下座をしたのだ。そういえば闇神は不安定だったので、わたし以外の、セレネ含む拠点の皆とはまだ顔合わせをしてなかったっけ……わたしの時もだったけど、初対面でこれは軽くホラーでは?
「……闇神様、村では普通だったじゃないですか……何でまたこうなってるんですか……?」
「……いや、ほら、こう、あの神子の前ではしっかりしなければという気持ちがね……?」
「セレネの前でもしっかりしてもらえませんかね……」
「もうエネルギーが残ってなくて……」
「は……? あ、闇神、様ぁ……??」
わたしの呆れ満載のツッコミに、よくわからない回答が返ってきた。エネルギー切れってなんなん。
そしてわたしの呼びかけに、目の前の変人が闇神だという(イヤな)事実を知って、ビックリしすぎて涙目になっていたセレネが顔を青褪めさせていた。不敬云々よりは『こんなおかしいヤツが!?』という悲観な気がする。土下座相手ではないウルも幻であってほしいと願うように目頭を揉んでいた。二人の気持ちはわかる。
「とりあえず、こんな場所で謝られるセレネがかわいそうですよ……せめて移動しましょう?」
「……配慮が足らずに申し訳ない……」
本当だよ。
「戻ってきたか……おや?」
そうして神様ズハウスのテラスへと移動するわたしたち。わたしとウルと闇神だけなら結果報告に来たのだと察せられただろうけど、セレネが加わっていたことで地神が首を傾げている。重要な報告もあるのだけれどちょっと後回しです。文句は闇神にお願いしますね。
言わずとも地神は何かを感じ取ったのか、眉を顰めながら少し離れたテーブルに着いたのでひとまず放っておいて、セレネにリラックス効果のあるお茶を出す。……ウルがおなかを押さえていたのでマカロンを出すと、それを持って地神の方のテーブルへ向かった。部外者だと思ったのだろう。ちゃっかりマカロンをつまむ地神、むくれるウルに和んでから、切り替える。
「まぁ、言いたいことは大体わかりますけど、だからこそわたしから言うことではないですね。闇神様、エネルギー切れだろうと、落ち着いて、セレネに説明してください」
「……あ、あぁ」
落ち着いて、の辺りを強調して、闇神に促した。改めて闇神に見つめられたセレネは緊張で身を固くする。
「まずはきちんと名乗っておこう。僕は闇神ハディスだ。……君が、リオン殿が保護したという、破壊神の神子だろう?」
「……そう、ですけども……?」
「神子ルーエが君を排除しようとしたのは……僕のせいだ。……そのことを、深くお詫びしたい」
「――――な」
闇神の告白に目を見開き、息を呑むセレネ。
……あの島での仕打ちを思い出したのだろう。冷や汗が流れ、息が荒くなる。指先が、震えている。くらりと頭を揺らし――
「セレネ、大丈夫だよ」
「……っ」
倒れそうになる前に、支えてあげた。ハッとわたしを見上げるその顔色は悪い。
大丈夫、大丈夫と繰り返し頭を撫でてやるとだんだん血の気が戻ってきて、わたしもホッとする。
「闇神様のせい、とは、どういうことでしょうか?」
ゆっくり深呼吸してから絞り出したその声は震えていたけれど、背筋はシャンとしていた。
逆に、闇神の肩に重しが乗っているかのように背が丸まっていくが、後ろから咎めるように「ハディス」と地神の声がしてピッと伸ばした。いやほんと、しっかりしてください神様……。
闇神は訥々と経緯を話していく。自分が蛇に乗っ取られてしまったこと、蛇の主人が大の破壊神嫌いなので神子ルーエを通じて破壊神の神子であるセレネにまで被害が及んでしまったことを。……今更だけど、ウルだけでなくわたしに対しても初手から険悪だったのもそのせいだよなぁ。
セレネは不愉快そうに顔を歪めながらも、一定の納得を見せる。
「……なるほど。そりゃあ神様の命令であれば、神子は盲目的に言うことを聞きますよねぇ……」
「……いや、神子ルーエにも蛇の手が伸びていた。あれは彼女のせいでは――」
「神子のせいではないと。そうですか……」
そこでセレネは俯き、呟くように問う。
「……で? 神子のせいではないから、許してあげてほしいと仰りたいのでしょうか?」
「……全ては、僕のせいだ」
「闇神様の責任の有無は聞いていません。神子を、許せとでも、仰りたい?」
再び顔を上げた時――彼女の鮮やかな赤眼は……血だまりのように、濁っていた。
ゆらりと、暗い赤光が揺れる。
神であっても、体が小さくなるくらい力の大半を失っている闇神は、気圧されたように息を呑んだ。
答えない闇神に対し、セレネは立ち上がる――前に。
「セレネ。神子ルーエを殴りに行きたい?」
「――ッ」
声を掛ける。
これ以上、彼女を澱ませないためにも。
「どうする? きみを二度とアレと会わせないと言ったけど……きみが望むなら連れて行くよ?」
「………………仕返しはいい、って……アタシも言ったよね?」
困ったように笑うセレネから、よろしくない気配ががゆるゆると抜けていった。
……行くと言われたら本当に連れて行く気ではあったけど、そこで留まってくれて内心で安堵をする。
そしてできれば闇神にも遺恨を持ってほしくないので、もうちょっと引っ掻きまわしてみる。悪化したらゴメンナサイ。
「じゃあ代わりに闇神様を殴る? とでも言いたいところだけど……正直オススメしない」
「……どうして?」
「殴ったら、『もっと殴ってくれ、罰してくれ』とか迫ってくるマゾだから……!」
「ぶっ」
セレネの闇神を見る視線が、『敵』から『変神』へと、熱い怒りが生温いものへと変わっていく。よし、逸れた。なお、後方からも白い目で見られるオマケ付き。「僕はマゾではないけど……!?」と小声で抗議が聞こえてくるけど無視だ。マゾはともかく言ったことは事実なのだから。
「後はまぁ……責任を問うとなると、実はわたしも関わってくるんだよねぇ」
「な、なんでっ?」
「だってわたし、本当はもう一年くらい早くあの島に行く予定だったんだけど……うっかり冥界に落とされちゃってねぇ」
「は!? 冥界!??」
あの期間がなければ、セレネはあそこまで擦り切れる前に保護出来たはずだ。光神を救えたことは無駄ではないのだけど、セレネからすれば溜まったものではないだろう。
「だから……えーっと、殴っておく……?」
「……リオンが冥界に落ちたのは我を庇ってのことだ。リオンを罰したいなら我も罰するがよい」
おっと、ウルにも飛び火してしまった。きみを責めたいわけではなかったんだ、ごめんよぅ。
セレネはしょぼくれるウルをチラと見てから、大きく溜息を吐く。
「……アタシがそれで本当に殴るとでも思われてるの?」
「……きみは破壊神の神子って肩書が似合わないよねぇ」
殴るとは思ってなかった、というと卑怯な気がしないでもないので遠回しに伝える。それでもセレネは気を良くしたのか頬が緩んだ。
ウルだって好戦的ではあってもむやみやたらに暴力を振るうわけではない。破壊神の神子とは一体。蛇に取り憑かれていた闇神や神子ルーエ、ひいては黒幕の方がよっぽど破壊的だよ。
「リオンを殴る気はないわ。もちろんウルも。……でも、あの神子は……たとえ理由があったとしても、許せそうにないわ」
「うん、それでいいと思うよ」
わたしは毒気が抜かれてしまったけど、長い間苦しめられてきたセレネまでそれに倣う必要は全くないのだから。
拠点でゆるーく暮らして、心を癒して、忘れてほしい。
「闇神様も……とても複雑ですけれど、謝罪は受け入れますから、これ以上アタシに謝るのは止めてください」
「……わかった。感謝する、セレネ殿」
ふぅ、よかったよかった。これでなんとか丸く収まった。
……のだけれど、最後にちょっとだけ。
「次に謝ったら、マゾだって言いふらしますから」
「ち、違うよ!?」
闇神の心に微妙に傷を残してしまったけど……自分の撒いた種だから仕方ないよね。




