リオン観察記その七
時系列は闇神を連れて帰る前です。
「初めましてお嬢さん! 創造神の神子にして破壊神の神子リオンです! 破壊神様の要請により、あなたを迎えに来ました!!」
窓をぶち破ってきた侵入者は、臆面もなくアタシに向けて手を差し出して、思いも寄らないことを言い放った。
……アタシが混乱していたこともあって、碌に話も聞かずにいたことに後から申し訳ない気持ちが湧いたりしたけど、これはアタシのせいだけじゃないと主張したい。訳がわからなかったし……アタシは創造神の神子と敵対していたのだから、実際は敵だと思っても仕方がないじゃない。
けれど、アタシの大嫌いな赤髪の創造神の神子と、よくわからない金髪の創造神の神子は共闘もせずに争い始めた。
前者の赤髪も憎悪をぶつけられたことしかなく名前すら知らない。そして後者も本当によくわからない。つい先ほど会ったばかりだということだけでなく、この人間?からは創造神の力に加えて、破壊神様の力も感じ取れるのだから。
……リオンと名乗った人間は、アタシを迎えに来たと言っていた。にわかには信じられなかったけれど、赤髪と激しく剣撃を交わしている様を見ていれば徐々に現実味を帯びてくる。飛び交う口撃の内容からして、アタシのこと抜きにして因縁はあるみたいだけれども……アタシを赤髪から庇うように位置取りをしていることは、素人でもわかる。
とはいえこのまま眺めているだけなのは……と悩むアタシを凍り付かせる叫びが響く。
「我らの神もそのモンスターを滅ぼせと命じた! 決して邪魔させるものか!!」
赤髪のそのセリフは、アタシの心を大きく抉り取った。
アタシが嫌われていることなんてとうの昔に知っている。
知っていたけれど……神様にすらモンスター扱いされて、死を望まれていたことを改めて突きつけられて……積もりに積もってカラカラにひび割れていた精神に止めを刺した。
最早抵抗する気力も消し飛んでしまった。今、あの赤髪の剣がアタシに振り下ろされれば……そのまま受け入れてしまうだろう。
アタシの命もここまでか。諦念に支配され目を閉じたその時。
「たとえ神様が相手だろうと、生き死にを勝手に決めつけられてたまるか! そんなことを言うクソ神はぶちのめしてやる!!」
「――」
息が、止まるかと思った。
誰からも嫌われ、罵声と憎しみしか与えられなかったアタシなのに。
……よりにもよって、創造神の神子が、神様に逆らう発言をするだなんて。いえ、アタシと同じ破壊神様の神子でもあるんだっけ? ややこしい。
なんであれ、その答えは勢いで口から出てしまったのではなく、発せられる怒気から本気度が察せられて。
このヒトは、本当にアタシを迎えに来てくれたのかと、今更ながらに沁みてきた。破壊神様に言われて嫌々ではなく、ちゃんと自分の意志で。
干乾びた大地に、待ちに待った恵みの雨が降り注いだような感覚。
そして……冷え切った心に熱が伝わり、この身にも血が流れていたことを、思い出す。
全身が、熱い。鼓動が、大きく脈打つ。指先が、震える――
ぼうと呆けている間にも続いていた神子二人の争いはやがて終わりを迎え、狭い古城から広い世界に飛び出すことになった。一生出られないと、ここで独り寂しく死んでいくのだと思っていたのに。
アタシは生涯、あの言葉を胸に刻み続けるだろう。
初めて触れた他人の暖かさを、身に灯し続けているだろう。
視界一杯の広い広い光景を、目に焼き付けているだろう。
……めちゃくちゃ怖くて危うく乙女の尊厳が失われるところだったので、ほんの、ほんの少しだけ恨みごとがないでもないけど。
その後にも訪れたも訪れた怒涛のアレコレに、目が回る思いだった。
ドラゴンと破壊神の神子とも仲良くやっていることに驚いた。特にドラゴンはアタシみたいに支配している風でもなく自然で、更にはアタシより小さな子どもたちが懐いているなんて、何度見ても目を疑いたくなる。
神様がいっぱい居ることにもものすごく驚いた。……神様たちはアタシを排斥する様子もなくむしろ同情的で。今までが、赤髪がおかしかったのだと少しずつ考えを改めるようになった。
リオンがその神様たちに家族扱いされていること、神造人間であることにも驚いた。……どう考えても神もしくはそれに順ずる存在なのに、全く自覚がないのはどうなんだろう。
……リオンに同性のお嫁さんがいることにも驚いた。思わずアタシも立候補してしまったのは今でも恥ずかしいけれど後悔はしていない。むしろまだ諦めてない。
独りで生きてきて、何も持っていなかったアタシに、色々なモノをくれたヒト。
……正確にはモンスターたちも居たけれど、碌に会話も出来なかったのでカウントには入れられない。多少なりとも愛着はあっても、望まぬ支配で従わせられていた方としては仲間扱いなんて溜まったものじゃないでしょう。アタシのせい(話を一切聞き入れないバカ神子のせい)で死んだ子もいっぱいいるし……。何の力もなく一人古城を出たアタシが、せめて残った子たちは生き延びてほしいと願うのも、勝手なのだろう。
腐っていない、美味しいご飯をくれた。穴の空いていない、綺麗な服をくれた。フカフカの、命が狙われる心配のない寝床をくれた。どれもこれも、涙が出そうになるくらい温かかった。アタシの種族が吸血鬼であることに引くこともなく、飲ませてもらった血は濃すぎる上に色々な味が混ざりあっていて舌がびっくりしたけど、慣れればこれはこれで味わいが……んんっ。
でもやっぱり一番は、必要とあらば神様であってもぶちのめすと言い切った、その優しさ。聞けばエルフの子、フリッカも助けてもらったらしい。……フリッカは親切なのだけれど、ものすごくナチュラルに惚気てくるので(恐ろしいことに本人にその意識はない)ハンカチがあれば噛み締めていたかもしれない、というのはさておき。リオン本人は『神子だから……』と謙遜しているけど、顔を見れば殺意をぶつけてくる赤髪に比べれば天と地ほどの開きがある。創造神の神子、と一括りにしてはリオンに失礼なくらいだ。
モノ作りが関わるとおかしな言動になるのはこの短い期間でもありありとわかってしまったけれど、それくらいの欠点はむしろ可愛らしいでしょう。モノ作りが好きすぎて、破壊神の神子であるアタシがモノ作りに関わる意志を見せた時、めちゃくちゃ笑顔で喜ばれてしまったのも印象深い。……あれは卑怯すぎる。心臓に悪いので不意打ちはやめてほしい。
そうして料理を始めてみたものの、やることなすことどれも上手くいかなくて。……だって、あそこには本当に何もなかったのだから。アタシが血でも栄養摂取出来る吸血鬼じゃなければ死んでいたでしょう、ってくらい何もなくて。まともな料理なんて望めないし、そもそも食材も器具もなかった。
でも、いくら失敗しても、リオンもフリッカも全く怒らなくて。根気よく教えてくれて。……時折、妙に生温かい視線をしてくるのは微妙な気分になるのだけれども。
そんな感じでモノ作りについては迷惑かけてばかりのアタシだったけれど、アタシの血を扱う能力が、属性の除去がリオンの役に立てたことは、とても嬉しかった。……何もなかったアタシにも、取り柄があることがわかったのだから。
リオンとフリッカだけではなく、ここに住むヒトたちは皆が親切だった。神様たちも、モンスターですらも。……一部、とてもうるさかったり、怖かったりするので苦手意識はあるけれども。
敵意も殺意もない、こんな……温かく、優しい世界があるなんて、知らなかった。
破壊神様の声を聞いたのは加護をもらった時だけで、ずっと放置されて、見捨てられたのかと思ってたけど……封印されていたのであれば、加護をもらえただけでもありがたいもので。その加護のおかげでアタシは生き延びることが出来て、神託のおかげでリオンが迎えに来てくれて、皆に出会えて。破壊神様にも感謝しています。
古城に住んでいた時は、生きてて意味はあるのか、いっそ死んだ方がと何度も思ったけど……今は、生きててよかったって、心から思える。
だからアタシは、リオンの、皆の役に立ちたい。恩を返したい。
……頑張ろう。
フィンと似ているようで過酷度マシマシ。
書けば書くほど破壊神の神子の肩書が似合わないなぁと思う作者。吸血鬼の性質そのものは破壊神寄りですけども。




