またやらかしたかもしれない
「よ、良かったよおおおおぉ……」
わたしは安堵でフリッカにしがみついた。もちろんケガはポーションで治療済みだ。しかしせっかく治した体をまた潰してしまわないように細心の注意は払っている。
ぐりぐりと頭を擦りつけるわたしに、フリッカは苦笑交じりの声で応える。
「リオン様のポーションのおかげでこの通りすっかり治りました。ですので、もう嘆かないでください」
「でもでも、傷とか残ったらと想像すると!」
「たとえ傷が残っても変わらず愛してくださるでしょう?」
「そりゃそうだけど、それはそれこれはこれ……!」
などとやりとりをするわたしたちの横から。
「……リオン、そうやって視界を埋めていないでそろそろ現実を見るがよい」
「ふぐっ」
ウルの呆れたツッコミに逆らえず、わたしはゆるゆるとフリッカから離れて後ろを見つめ直すことにした。
視線の先には。
小さくなった闇神が横たわっていた。
闇神は二十台半ばくらいの見た目をした青年だ。……さっきまでは。
今では十代前半くらいの、成長期手前の少年の、風神より少し小さいサイズになっていたのだ。
これにはわたしだけでなく、闇神を見ていた全員が驚いた。そしてわたしは猛烈に焦った。
この結果は……わたしのせいではないか? と。
先ほど浄化するにあたり、聖属性だけでなく光属性の素材も大量に使用した。
闇神の弱点属性である光属性の効力が強すぎて、闇蛇だけでなく闇神の力そのものも削ってしまったのでは? という可能性に思い至ってしまったのだ。
だとしたら大失態だ。よりにもよって神子が神を傷付けたなんて知られてしまったら、特大の怒られが発生してしまう……! 水神のマジ切れ顔を想像するだけでも大量の汗が流れてきそうになる。
「えーっと……非常事態だったし、情状酌量の余地はあるんじゃねぇの……?」
「だ、だよね。ちゃんと弁護はするよ……!」
レグルスとリーゼが戸惑いながらもフォローを入れてくれる。なお彼らに大きなケガはなかった。闇蛇が人質の三人を絶対に逃がさないよう全身の骨を折ってから拘束、とかやらなくてよかった。……まぁフリッカの腕の骨は折ってくれやがったわけですけど……思い出すだけでも腹が立つ。
彼らのいう通り、確かに非常事態ではあった。けれども、わたしが冷静さを欠いて明らかに必要以上の、過剰な浄化をしてしまった自覚は残っているのだ。こんなの、失態以外の何者でもない。
ぐるぐる目で頭を抱えるわたしに、ウルから指摘が入る。
「リオンよ。これは本当に、つい先刻に小さくなったのか?」
「……はい? ウルも浄化前の闇神様がどんな見た目をしていたかしっかりと見ていたでしょう……?」
「そもそもあの姿は、まやかしでないと言い切れるのか?」
「うん?」
ウル曰く、闇神の見た目は闇蛇による誤魔化しであり、力を吸い取られ続けてもっと以前から小さくなっていたのではないか? とのことで。
誤魔化す理由としては神子ルーエの存在があるだろう。さすがに小さな子どもの姿では何かあったのではないかと追及があるはずだ。わたしもローブの下を見たのは少しだけで、あれが本物かどうかなんて確認してなどいない。そんなことをする理由もなかった。
そして創造神に会わない理由は、会えば即バレするから。そう考えれば辻褄が合わないでもない。まぁサイズ以前に闇蛇の気配でバレそうだけど。
「……そういえば、闇神様を斬った時に血が出なかったような……?」
「それこそまやかしの証であると思うがのぅ」
殴った感触はあったから体そのものはあったのだろうけど、闇蛇の力で実体も補われていたということだろうか。
わたしのせいではないかもしれない、その芽が出てきたことで少しホッとする。
「大丈夫です、リオン様」
「フリッカ?」
「もし怒られてしまいそうになったとしても、先ほどレグルスさんとリーゼさんが仰ったように私たちが全力で抗議しますから」
「うむ、我も同じだ」
フリッカが笑顔であるのに妙に圧の感じさせる声で宣言する。ウルも不敵に笑っている。そして何故かレグルスとリーゼは一歩下がる。
……ま、まぁ、うん、頼もしい限りですね……?
「ひとまずその件は脇に置いておくとして。ダンジョン核を探してくるね」
「む、結局ここにあったのかの?」
「うん。といっても、闇神様の浄化に巻き込まれたっぽいからもう力は失っているけどね」
「……そうであるか」
闇蛇が搔き集めていた周辺一帯の瘴気もついでに浄化されて危険度はガクっと下がったけれど、念のため皆に周辺の警戒を頼んでから床を掘り始める。
逆に力を失ったことで見つけ辛くなったものの、ありそうな場所にアタリを付けて何度か掘っていると、ぽっかりと小さな空間を見つけた。覗き込んで、思わず「うへぇ」と声を上げる。なんだなんだと釣られて覗き込んだレグルスも呻き声を上げた。
「……栽培でもしてたのか?」
「かもねぇ」
浄化の影響ですっかり枯れ果てていたけど、パラサイトマッシュの残骸があったのだ。下手すると他の場所も寄生されているかもしれず、この島での仕事が増えたのかと思うとげんなりもする。
「っと、あったあった」
気持ち悪い感触のする残骸を掻き分けると、無事にダンジョン核であった魔石を発見できた。かなり育っているのかとても大きい。レア素材が見つかって嬉しいような、それだけの被害を撒き散らしていたとすると悲しいような、複雑な気分だ。
「これでよし。さて……この状態の闇神様は放置出来ないので拠点に連れて帰るしかないよね」
神子ルーエに預けるのは現時点ではありえない。少なくともあの異常なまでの敵意と短慮が闇蛇のせいだったと確認が取れるまでは会わせるのも却下だ。下手すると「貴様のせいで闇神様が!」とまたも罪を擦り付けられる。
小さくなった闇神からはもう瘴気も嫌な気配も感じられない。浄化しきれたといっていいだろう。なので、拠点に連れていっても大丈夫、と思いたい。
「神子の村の方はどうするのだ?」
「あー……あっちはひとまず放置でいいんじゃないかな……」
「それでいいと思います」
ウルの問いに顔をしかめながら答える。今からあそこに赴いてあれこれと説明する気力もない。瘴気は浄化したしダンジョンもなくなったし喫緊の問題もないだろう。ないということにしておこう。フリッカもわたしの心情を汲み取ってくれたのか同意してくれた。
「それじゃ皆。帰ろうか」
一向に目を覚ます気配のない闇神をウルに運んでもらい(肩に担ぐその様は敬意の欠片もないけど、まぁ今更だ)、わたしたちは帰還石を使用するのだった。
xxxxx
同時刻、とある場所にて。
「……あ? おもちゃの反応が一つ消えた……?」
男の声がポツリと零された。
纏っていた気だるげな気配はやがて苛立ちへと変化して、男はガリガリと髪を掻きむしる。
「はぁ? 闇神に付けていた奴が消えたの? あの傀儡神子にそんなやる気も実力もあったのか? マジかよ」
特大の舌打ちをしながら中空に視線を彷徨わせ、もう一度舌打ちする。
「クソ、現在地が遠いな。あそこに確認に行けるのは何日後だ? 数日遅れたところで変わらんだろうが……イライラするな。いや、落ち着け俺。この程度で取り乱すような愚か者ではないだろう?」
男は椅子の背もたれに体重を預け、目を閉じて深呼吸をする。
再び開いたその瞳は……闇以上に、暗かった。
「解放されたとしてもまた堕としてやればいいだけ。何も結末は変わらんさ。ハハハハハ――」
粘着質な嗤い声が、空虚な空間に木霊していった。




