攻防
「かは……っ」
わたしが使用したライトボムと対になるダークボムだろうか。しかしわたしのライトボムよりずっと高威力だ。神であることだけでなく、瘴気が混じっているせいもあるだろうか。
全身からミシミシと骨が軋む音がする。何本か折れたかもしれない。内臓が圧迫され、喉からゴボリと血がこみ上げてきた。
肌が焼けていく嫌な臭い。ステータスを確認すると、呪い、火傷、汚染の各状態異常がレベル四と表示されていた。万能耐性薬は万能ゆえに効果が少し落ちるとはいえ、創造神の神子の素の耐性と加算した耐性レベルを一気にブチ抜いてくるなんて、めちゃくちゃ強力だ。一体どれほどの瘴気を溜め込み、濃縮していたのだろうか。身を蝕まれる感覚に、火傷を負っているのに強烈な寒気がした。
それだけでなく、残った闇が先ほどのウルの時と同じようにわたしの全身に纏わりついてくる。体が重たいうえに、締め付けでLPがジワジワと減っていく。
わたしは痛む体と朦朧としてくる意識を気合いで繋ぎ止め、口元の血を拭って(というか回収して)から、LPポーションで回復をする。次に各種回復薬を使用してみたけど、状態異常のレベルは減らなかった。周囲に漂う闇のせいで継続して掛かっているのかもしれない。それでもないよりはマシと聖水を浴びてから、聖剣で闇の鎖を斬り払う。
ひとまず動けるようになったところで闇神を見る。闇神としても負担の掛かる攻撃だったのか、肩で息をしていた。これが光神か火神であれば追撃が来たことだろう、少しだけホッとする。これほどの強い攻撃は早々に繰り返されないと願いたいな。
視線を剥がさないようにしながら、同じくダークボムに巻き込まれ、闇に縛られ片膝をついているウルの方へとジリジリと近付く。幸いにして合流を阻止されることはなかったが、ずっと俯いていて何事かをブツブツと呟いているのがとても不気味だ。
「ウル……大丈夫……?」
「……うむ……。リオンの方こそ、大丈夫ではなさそうだが……」
ウルもわたしほどではないけど傷を負っていた。さすがに耐えられなかったか。けれど状態異常には掛かっていないとのことで、頑丈さが羨ましい。耐性というより無効レベルなのだろうか?
わたしと同じくLPポーションを使用して、闇を斬り払った。まだクネクネと蠢き、虫を連想させる闇はとても気持ち悪い。
そして足元部分に極小さな聖域を作成することで、状態異常レベルはそのままだけど少しだけ体が軽くなった気がした。聖属性によるデバフよりも先ほどの攻撃のデバフの方が大きかったのだろう、ウルもそっと息を吐き、小声で話し掛けてくる。
「……リオン、どうする?」
「……瘴気が相手の攻撃のブーストになっているから、この場全体を浄化してしまいたいところだけど……まぁさすがに無理だろうね」
「ぐぬ……我が足止め出来ればよかったのだが……すまぬ」
「十分助けられてるから気にしないで」
範囲が広ければ広いほど、瘴気が濃ければ濃いほど浄化に時間がかかるし、まずもってそんな大掛かりなことを許してくれるとは到底思えない。
撤退なんてもっと許してくれなさそうだしこのまま攻めるしかないけど、遺憾ながらわたしのステータスが悪化した。確実にパフォーマンスが落ちている状態でどこまで出来るだろうか。それでもやるしかないのだけども。
「アイテムはどれくらい残っているのだ?」
「状態異常は解除できないけど、聖属性、光属性共に大量にあるよ。尽きることはまずないかな」
「そ、そうか。さすがリオンである」
貯め込み大好きですからね!
まぁ、それらの属性アイテムを有効に活用出来ていない感覚はある。そもそもまともに闇神に当たっていないのだから。まずはなんとかしてクリーンヒットさせなければ。
しかし闇神はウル以上に、属性攻撃をしてくるわたしの接近を嫌がるはずだ。ジェットブーツは魔力を流すだけだから体調が悪かろうと機動力に影響はないけど、これでどこまでいけるか。
そこまで考えたところで、闇神の呟きが止まっていることに気付いた。深呼吸をして聖風を体内に取り込みつつ、次の攻撃に備えると。
……闇神の呪詛が、聞こえた。
「――いい加減に、死ね――」
「うげっ……!」
「多いのであるな……っ」
闇神の周辺に高濃度の瘴気がウゾゾと集まり、またも無数の槍を形作る。ちまちま槍を放つよりは逃げられないほどの広範囲攻撃が手っ取り早いのだと理解したようだ。単純だけど、物量で押すのはそれだけで脅威である。
闇の槍がわたしたちに殺到する。わたしは飛び出そうとするウルを押さえ、足元を大きくシャベルで掘って即席の塹壕を作成した。頭上を通り過ぎ、わたしたちの背後にあったボロボロの壁が更に穴だらけになる。……フリッカたちにはモンスター掃討が終わったら避難してと伝えておいたけれども、どれだけ離れてくれただろうか。巻き込まれていないか心配だ。悲鳴とか聞こえないから大丈夫だとは思うけど……。
冷や汗をかいている間もなく、今度は塹壕の上に闇の槍が出現する。やっぱりバレバレか……!
わたしは今度は前方を掘り、前に転げながら掘った石畳や土を収納せずに盾代わりに闇の槍へとぶつけた。計算していたのか今度は闇の槍が大きく破裂し、割れた石畳が散弾となりわたしたちへと降りかかる。
「いつものぉ!」
特別製石ブロックを取り出し更なる壁とすることで事なきを得た。もはや本能のようにサッと出てくるな。
「……リオンよ、普通の盾はないのか……?」
「あるにはあるけど、広範囲だとこっちの方がいいかな、って……」
わたしだってわかってるよ! ちゃんとした盾を盾として運用するべきだって! でももう染み付いてしまってどうしようもないんだ……!
「では仕方がないな。前方に連ねるように石ブロックを出してくれ。それを盾にして突っ込むので、リオンは後ろをついてくるのだ」
「えっ」
と、戸惑っている場合ではない。闇の槍の雨が三度襲い掛かってくる。
ウルを信じて特別製石ブロックを繋げた状態で取り出すと――ウルはその剛力で、本当に石ブロックをブルドーザーのように押しながら駆け出した。
「ぬおおおおおっ!!」
全く重量など感じさせないほどの速さだ。わたしは状態異常で痛みの引かない体に鞭打って、慌てて後を尾ける。
前方から何度も石ブロックを叩く音が響くがウルはとにかく突き進む。左右、後方、上方にはわたしが石ブロックを出してガードしていたが、足元から出てきたやつは危うく刺さるかと思った。
そしていかに特別製といえど本来は盾ではない。あっという間にヒビが入った。壊れる寸前にウルは石ブロックを前面に押し出し、わたしがその隙間に新しい石ブロックを装填すること四回。馬鹿みたいな方法ではあったけど、闇神の前に辿り着いた。……馬鹿みたいな方法であったからこそ、闇神も想定出来なかったのかもしれない。
「近付いたからって、どうにかなるとでも――」
闇神が手振りで魔法を放つ直前。
わたしは……聖剣を構えることなく、闇神の足元をシャベルで掘った。がっつりと、大人の背丈以上の深さに。
「は――?」
呆けたような顔をして闇神が穴へと落ち、咄嗟のことに受け身も取ることも出来ずに転がる。意識が散漫になったからか闇の壁も闇の槍も出てこなかった。いくら神として強大であろうと、武闘派神様でないことによる戦闘センスの拙さがここにも現れた。
その大きな隙を逃してはいけない。
「ウル! 目をガード!」
わたしは大量の聖属性、光属性攻撃魔法アイテムを取り出し――全部、穴の中に投げ入れた。
物量には物量を――!
カッ―――――!!!
天にまで届きそうなほどの、巨大な光の柱が立った。




