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終末世界の開拓記  作者: なづきち
第七章:廃地の穢された闇黒

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背後に潜んでいたモノ

 早速行きたいところだが、気絶中とはいえこのまま神子ルーエを放置してはおけない。気が付いた時にまた邪魔しにくる可能性が高いからだ。

 わたしは逸る気持ちを抑えながら神子ルーエを後ろ手に拘束する。他の村人たちとは違い縄ではなく金属製の環(いわゆる手錠)で、対応した鍵を使わなければ易々と破壊は出来ないようになっている。神子ルーエは破壊神由来のスキルである分離セパレーションスキルなんて使えないし。ただ後日に鍵を外しに行くのも億劫なので、一日で自壊するように耐久値を減らしている。

 そして、拘束していた村人の中でも大人しそうなヒト数人を選出して、残りをこのまま村に連れて帰れと伝えて縄を解く。『こちらの意図に反して縄を解いて襲い掛かってきたら、今度は全員縛って木にくくり付けて放置する』と警告おどしをしておくのも忘れない。神子ルーエの領域内とはいえ、いつモンスターが現れるかわからない森で動けない状態で置いていかれたら恐怖だろう。顔色を青くしながらもカクカクと頷いてくれた。ここだけ切り取ればまるで悪役ムーブだけど、こちらの命を奪おうとしてきた連中相手と考えればかなり有情だと思う。


 そんな感じで雑に後処理を済ませ、わたしたちは回復をしながら嫌な気配が溢れてきた方へと向かう。


「……なぁリオン。ここって本当に神子の領域なんだよな……?」

「その割には……なんていうか……寒いというか、気持ち悪いというか……」

「領域内のはずだけど……自信なくなってきたなぁ……」


 レグルスとリーゼの疑問に、わたしは苦笑いをしながら答える。

 二人が疑問を持ってしまうのも仕方がない。ここまで肌が粟立つ、怖気を誘う気配がだだ漏れの状態を、それも村が近くにあるのに放っておくなんて普通に考えればありえないからだ。まぁ戦闘終了辺りから漂ってきたので、これまでになかった異常事態なのかもしれないけれど。もしくはわたしが神子ルーエを気絶させたことで、今まで彼女の手によって抑えられていたモノが溢れてきたとか……ないと思いたい。

 うっすらと瘴気も漂っている。浄化しきっていないのは何故なのか……単に毎日のように発生するから追いついていないのだろうか。苦労は偲ばれるけど、今までの言動と心象が悪すぎて同情する気にはなれない。


「見間違いでなければ、指向性を持っているようにも見えますが……」

「うん、そうだね」


 そのフリッカの疑問には素直に頷く。

 瘴気はうっすら漂いながらも、ゆるゆると移動もしているのだ。……まさにわたしたちが進んでいる方へと。


「うーむ……周辺の瘴気を集めて浄化していた、とかかのぅ……?」

「それはあり得るけども……このただならぬ気配がねぇ……」


 わざわざ歩き回って個別に浄化するよりは、一か所に集めて浄化する方が素材や労力の節約になるだろう。そういう意図であれば納得出来る。

 だとしても、この嫌な気配の理由がわからない。集めすぎておかしな具合になっている? でも瘴気とはまた別のナニカを感じる気がするんだよなぁ……。

 それこそ、神子ルーエが強化(狂化)された時に感じたアレ――いや、もっと前から。

 ……神子ルーエの領域に、入った時から。

 この辺りの土地自体がおかしくなって、神子ルーエの作成メイキングスキルにも異常が発生している? 日常に浸食されすぎて誰も気付かない? まさか精神も浸食されて、神子ルーエを含む村人全員がおかしくなっている可能性も? 創造神の神子でありながら創造神の神託すら拒絶するくらいだし、ありえないとも言い切れない。うーん、この元凶を何とかすればもうしーらない、で済まそうと思っていたけど……まぁ後のことは後で考えよう。(おそらく)決戦前に落ち込むのはよろしくない。


「ここでわからないことをあれこれ考えても仕方がない。行けばわかるだろうし、わからなくてもこの原因をぶっ潰すだけだよ」


 皆から同意の言葉が返ってくる。気配が尋常じゃないせいかウルを除いて空元気やら虚勢やらが混じっているけれど、引き返す気はなさそうだ。駄目そうな時は退避してもらうけど、ギリギリまでは皆の意志を尊重しよう。


 明るい会話をしておかないと気が滅入ってきそうな澱んだ空気の中、どんどんと濃度が増し粘つき纏わりつかれているように体が重くなっていく中、やがてわたしたちの視界に瘴気が集まっていると思しき建造物が入ってくる。

 それは一言で言えば朽ちた神殿だった。そこかしこが崩れ、ひび割れ、荘厳さの欠片もない。火神の神殿も酷かったが、ここは瘴気のせいで悪魔の棲家と言われても納得してしまいそうだ。

 観察しながら、まずは壁(壊れていて壁の用途を成していない)伝いにぐるりと神殿跡を周ってみたけれど、特筆すべきものは何もなかった。やっぱり敷地内に入らないと駄目か。

 しかしこの神殿、どの神様を祀っていたものだろう。装飾を見てもそれらしき紋章がどこにも残っておらず、判別出来ない。神子ルーエも、本来なら神聖な場所を修復するでもなくボロボロのまま瘴気の集積地にするなんて、どれだけ神様が嫌いなのだろうか。ん? つまりここは創造神の神殿か?

 などと考えながら、敷地内のボロ石畳に一歩足を踏み入れたその時。


「――リオン!」


 ウルの切羽詰まった声と共に後ろへと思いっきり引かれ。


 ドガガガガガガガガガガッ!!!


 石畳が、激しい音を立てながら弾け飛んだ。

 下から上へと強い衝撃が掛かったのだろう。石畳は更に小さく砕けながら上へと飛び散っていく。石畳だけではなく、地上に辛うじて残っていた壁や柱が全て砕けていった。慌てて前面を腕でガードし、破片から身を守る。ウルが引っ張ってくれなければ巻き込まれて一緒に上に飛ばされていたことだろう。下手をしたら石畳と同じように粉砕されていたかもと思うと背筋が冷える。

 衝撃と同時に粉塵と瘴気がブワリと溢れ出る。二重に視界を塞がれ、咳き込みながら聖風で瘴気を散らしていく。しかし後から後から溢れ出て大した効果にはならない。わたしたちの周囲だけでも守るように、地面に聖水を撒いて臨時の小聖域を作成する。瘴気の流入は減ったが粉塵のせいで未だに何が起こっているか把握出来ない。


「手出しをさせるものか!」


 ウルの叫びと、ガツリと何かが激突する音。

 声の内容からして破片が飛んできた、というわけではなさそうだ。悪意のあるモンスター――神殿跡を吹き飛ばした何者かが粉塵に紛れて攻撃してきたのだろう。

 殴打の音と倒れる音が何度も繰り返される。集団で襲ってきているのか。わたしもいい加減に参戦しなければ。


「ウル! 一瞬だけ後ろに下がって!」

「心得た!」


 ウルがわたしの横まで下がるのを確認してから、前方に複数個のブラストボールを投げ込んだ。いくつもの暴風が発生し、粉塵とついでにモンスターらしき影も吹き飛ばしていく。もう一度聖風で瘴気を散らし、やっと視界がある程度確保できた。

 そうしてわたしの目に映ったのは。すり鉢状に抉れた……というよりは地下部分が存在し、地下の屋根、つまり地上の床がなくなったのだろう、露わになった空間と、そこにひしめく何匹ものモンスターたち。ウルもしくは暴風で倒れたモンスターは少数で、元気なモンスターの方が多い。

 そして、地下部分中央のやや小高くなった位置には――


「……あれ? 誰かヒトが居る……?」


 レグルスの言葉通り、スラリとした人影が見えた。

 しかしその人影は、モンスターに捕まっているようでも、襲われているようでもなく。


「……ヒトの形をしたモンスター……?」


 リーゼがごくりと息を呑みながら、槍を構え直す。

 少しずつ瘴気が散っていき、ヒトの顔が見えてきて――



「酷いじゃないか……。誰が、モンスターだって……?」



 冷たくも冴えた声。

 わたしの後ろに居たフリッカがビクリと震えたのが伝わってきた。

 それは恐怖? それとも……畏怖?


 人影は髪を搔き上げる。

 露わになった、その顔は。



「……闇神……様……?」



 呆然としたわたしの呟きは、どこか遠くから聞こえたように感じた。

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