強化/狂化
400話に到達しました。
ここまで読んでくださっている読者の方に感謝します。
神子ルーエの全身から、闇色の炎が溢れ出す。闇炎に触れた葉が、草が、(元々瘴気で枯れかけであるのだが)生気を失い、塵となっていた。現象としては闇属性魔法のライフドレインに近い。あの闇炎は火属性よりも闇属性の方が強いってことか。火と闇の二属性魔法はあるし、闇神の存在もあって闇属性イコール悪ではないのでそれ自体は何ら問題はないのだけれども……結果が異様すぎた。
枯れるだけでなく、腐っているものもあるのだ。腐蝕となると別の……呪いや瘴気の領域になってくる。あの闇炎には、粘つくような重苦しさが混じっていたのだった。
この事態にウルも苦虫を噛みつぶしたような表情になる。
「……すまぬ、余計なことをせずにさっさと終わらせるべきであった」
「申し訳ありません、リオン様」
「……まぁ、わたしだってこんなことになるとは思ってなかったよ」
わたしの気のせいではなく実際に余計な事をしていたみたいで、その自覚はあったようだ。神子ルーエの怒りメーターが振り切った結果がコレであるならやるべきではなかったけど、わたしもアレ相手にストレスが溜まっていたのであまり責められないし、そもそも曲がりなりにも創造神の神子がこのような危険なアイテムを使うなんて誰も想定できやしない。
そして(縛られたままの)村人たちにとっても想定外だったようで、闇炎を纏う神子ルーエに対して戸惑うヒトが大半だ。信奉者でもある村人たちでこれなら、初めてのことなのだろう。なお極一部は興奮して『モンスターをぶっ飛ばしてくれ!』などと叫んでいる。あ、リーゼに槍で殴られて気絶した。
「フリッカ。後はわたしとウルで相手をするよ。下がってて」
「……わかりました」
「レグルスとリーゼは村人たちにも被害が及ばないようによろしく!」
「お、おう」
「了解だよ!」
今の神子ルーエに正常な判断力があるようには到底見えない。場合によっては村人すら巻き込むだろう。いくら争っている最中だからってわたしはそんなことまでは望まない。
わたしがそう判断した理由は憎しみに満ちハイライトの消えた瞳もだが……闇炎が神子ルーエすら傷付けているからだ。じわじわと肌が赤黒くなり、じわじわと蝕まれている。あの程度で済んでいるのはライフドレインの影響か。しかしそんなのがいつまでも続くわけがない。ドレインしようにも周辺は生気が少なすぎるのだ。そう遠くないうちにライフドレイン先が尽きるのは明らかだ。
……村人たちがライフドレインの対象になっても困るな。ただ殺さないように倒すよりも、何をするかわからない狂戦士から守る方がよっぽど難易度が高い。
「ウル、あの闇炎に触れないよう、接触は最低限に――」
「リオン、来るぞ!」
わたしがウルに警告する前に、ウルからわたしに警告が飛んだ。
それと同時に横向きに衝撃が加わる。ウルがわたしを押したからだ。その理由は――
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああっ!!!」
「――っ」
神子ルーエが剣を前に突っ込んできたからだ。
――速い!
辛うじて目で追えるけれど、これまでとは桁違いに速くなっている。ウルに押してもらわなければ喰らっていたことだろう。
ドガガガガガッ!
神子ルーエはわたしとウルの間を駆け抜け、勢い余って木へと突っ込む。何本もの木が耐えきれず砕け散り、その威力に息を呑む。……まともな理性がないからか、急激なスピードアップで持て余しているのか、技巧が失われているのが幸いであるけれども、安心しきれないほどにパワーアップしている。
「……自滅を誘うのも無理そうかのぅ」
「……随分と丈夫になったねぇ」
木片に埋もれていた神子ルーエがゆらりと這い出てくるが、大きな怪我を負った様子はない。耐久力も強化されていると見るべきだろう。石ブロックや鉄ブロックを進行上に置いたところでどれだけダメージが与えられることやら。いや、ダメージを与えられないだけならマシな方で、うっかり自爆で死なれても困る。試すに試せない。
「リオン、我が彼奴を止めるので、その間に何とかしてくれ」
「……わかった」
「がああああっ!」
ウルの宣言がされるや否や、神子ルーエが再び突っ込んできた。ウルは今度は避けずに、一歩前に出て神子ルーエの突進を受け止める。
「ぐっ……!」
闇炎がウルの体を蝕もうと吹き上がる。肉体を武器に戦うウルの欠点がここで出てきてしまった。
パワーアップだけならウルに止めてもらえば済む話だけれど、神子ルーエが纏う闇炎のせい触れるだけでダメージを負ってしまう。ウルは瘴気を始めとした諸耐性も高いし、無尽蔵の体力で早々死にはしないとしても、その分相手が回復してしまうことにも繋がる。また、ライフドレインだけとは限らず、もっと危険なデバフが付与される可能性だってあるので、力押しを続けるのは危険だ。
「ウル、かかったらごめんね!」
わたしはウルに謝罪をしつつ、神子ルーエに聖水を樽でぶっかける。闇属性の弱点は聖属性ではなく光属性だけれども、呪いや瘴気と同じような性質を持っているのでそちらの方が効き目があると思ったのだ。あと、本体には効き目がない(はず)ってのもある。
はたして、闇炎はジュワリと音を出して散っていった。
「ぐあああ……あ……っ!?」
大量の聖水に悶え苦しむような声を出す神子ルーエ。聖水が原因の怪我を負っているわけではなさそうだけど、マジでこいつの方がモンスターみたいになってるな!
とはいえこれが効くなら話は早い……と思ったのも束の間、闇炎がまたも溢れ出すだけでなく、より強くなった。
「ぬわっ!?」
「あ゛あ゛あああっ!」
闇炎に巻き込まれたウルが思わず神子ルーエの腕を離してしまう。神子ルーエはそのわずかな隙を見逃すことなく、苦しみながらも握ったままの剣を振り回す。
神子ルーエの剣は聖属性だ。闇炎を纏っていてもそれは変わらない。(比較的)弱点である聖属性で斬られてしまったウルは、その腕から鮮血を滴らせる。
「ウル!?」
「この程度なら問題ない!」
声にヤセ我慢が含まれているようには聞こえない。ホッと一安心である。
けれども、闇炎の勢いが増したことにより神子ルーエの体が焼けるのも早まっており、いよいよ猶予はなくなってきた。もう手加減などしている場合ではない、とウルも同じく判断する。
「気絶させてでも止めるしかないな……リオン、引き続き頼むぞ!」
「任せて!」
わたしの返事と共にウルが神子ルーエに拳を振るう。手加減なしのその一撃は、神子ルーエをガードの上から盛大に吹き飛ばした。ウルはすかさず追走をし、右ストレートを放つ。
「ぐあ……っ!?」
が、反応速度が更に上がった神子ルーエが寸でのところで剣を斬り上げ、ウルの拳が大きく斬り裂かれてしまった。
さすがのウルも痛苦の声を上げ、攻撃の手を止めてしまう。ニヤリと嗤った神子ルーエはそのまま返す刀でウルに止めを――
「わたしも居るんだっての!」
「じゃ、ま、あ゛あ゛ああっ!」
遅れて追いついたわたしが横から神子ルーエに骨の一本や二本折る勢いで棒を振り下ろしたが、わたしの攻撃はウルに比べれば遅い。神子ルーエは剣を振るう方向を横に変え、ガキリと打ち合わされる。わたしがエンチャントをして非常に硬くなっているので、斬り飛ばせなかったことに神子ルーエが眉を顰めたような気がした。
しかし拮抗は刹那。フッと神子ルーエが力を抜きながら後ろに下がったことでわたしの棒が下へ逸らされ、泳いでしまった上半身――頭に、神子ルーエの頭突きが炸裂する。
「いったあああい!?」
目の奥で火花が散ったぞ! すごい石頭だな!
浮かんでしまった涙で視界が滲み――強烈な悪寒を感じ、考えるより先に体を横に回転させた。
「いぎっ!?」
脇腹に、灼熱が走った




