次の段階へ
「へっ……くしょいぃ!」
「む。リオン、風邪か?」
「冷えてきたからな……気を付けることだ」
「しっかり汗を流して暖かくして寝るんだぞ!」
訓練中のわたしの唐突なくしゃみに、ウルと光神、火神がそれぞれに気遣ってくる。
そう言えば、この体になってから風邪らしい風邪は引いたことがない。……そもそも神造人間が風邪とか引くのだろうか? などと疑問を零したらアイティに呆れ顔を向けられた。
「不養生をしていれば引くに決まっているだろう」
「だな。いくらお前の体が神に――ごほん、創造神に作られたものであろうと、俺たち神とは条件が違うのだからな」
「その言い方だと……神様たちは風邪を引かないので?」
「無論、俺は一度たりとも引いたことないぞ!」
火神が無駄に胸を張って答える。……何だろう、このそこはかとない『何かが違う』感は。『バカは風邪を引かない』的な何かは。隣でアイティがこめかみを揉みほぐしていた。同じ感想を抱いたのかもしれない。目が合うと「フッ……」と乾いた笑みを見せられた。お、お疲れ様?
言動がどうあれ火神は決してバカではないし、さすがに本神に面と向かって言うようなことはしないけど。まぁ言ったところで笑って済ましてくれそうな気はする。ちょっと暑苦しくて声が大きいだけでいい神様なのだ。言動がどうあれ(二度目)。
「しかしリオンもなかなか様になってきたな。正直ここまで早く慣れるとは思っていなかったが……さすがだな」
「そう? このまま素直にいけばいいんだけどもね」
アイティの言う『様になってきた』はわたしの破壊神の力の制御についてだ。訓練中に力んでうっかり木剣の柄を握り潰すことがかなり減った、と言うのが指標の一つだったりする。もちろんそれだけじゃなく、踏み込みの時に地面に小さなクレーターが出来たとか、勢いが付き過ぎてずっこけたとか……つまりは予想外の結果が引き起こされていないかどうか。幸いにしてわたしの体も頑丈になっているので、反動で筋を痛めたり骨が折れたりとかはない。……さっきはくしゃみが出たけど、風邪を引きにくくなっている、ってのもあるかもしれないね。
モノ作り面での失敗も減ってきている。ツールや素材を壊すことも減ったし、見た目普通の激マズ料理とかもない。……真っ黒になって明らかに食べられないナニカが出来上がることはあったけどさ。
でも結局のところ『減っている』……つまり偶に発生するので、気が抜けないことには変わりない。ウルや神様たちは丈夫だからいいけど、フリッカやフィンたち子ども組を相手にするには心許ない。
「恐れる気持ちはわからんでもないが、そればかりでは進展もないぞ! そろそろ次の段階に移行するか!」
「次の段階……?」
「そうだ。今までお前は意図しない力の表出を抑えてきた。であれば次は、意図した力の表出をするべきだろう!」
「……そうですね」
火神曰く、破壊神の加護が元であっても『力は力』であり、それ自体に善悪はないのだと。わたしもその意見には同意である。力をもって悪事を働くのは御法度でも、力がなければ守りたいものは守れない。
わたしは……この力を恐れて封印するのではなく、有効利用するべきなのだ。たとえそれが神の力であろうとも。
「……今まで散々他の神たちの力も便利に使っていたので、今更であるな」
「おっと」
ボソッとウルがツッコミを入れる。その通りすぎて何も言い返せない!
アイティと火神も「むしろどんどん使え」と推奨してきて、『敬意が足りない!』とか怒られるようなこともなかった。ふぅ。
「まぁそれも明日以降だな。日も暮れてきたし……お迎えが来たようだぞ」
「もうそんな時間か」
初冬と言うこともあって日暮れが早い。空を上げれば夕日で赤く染まっていた。
そしてアイティの視線を追うと、フリッカとセレネがこちらへやって来ているのが見えた。
この二人、意外と(?)仲は悪くない。いやまぁ敵対する要素もあるようでないのだけれども。フリッカは大らかだし、セレネもたまに複雑そうな顔はしても突っかかるようなことはしない。平和であると言ってもいいだろう。こっそり裏で……とか、二人ともそんな陰湿な性格でもないし。
あと、フィン、イージャ、ルーグくんの子ども組ともそれなりに仲良くやっているようだ。ルーグくんはともかく、フィンとイージャも引き取られ組だから思うところがあるのだろう。なにくれと世話を焼いている微笑ましい姿がちらほらと見受けられる。モンスターが相手の時とは色々と勝手が違ってセレネが戸惑うことも多いようだけど、トラブルはないと報告は聞いている。よいことだ。そしてそのモンスター相手で経験?を積んでいたからか、ゼファーとアルバ、アステリオスには早々に慣れたみたい。時折遠い目をしているような気がしないでもないけど、きっとキノセイダ。
一方、ドワーフ夫婦には苦手意識を持っていた。理由を尋ねると『お酒が入るととてもうるさい』とのことで……あっはい……ここに居るのは(神様たちを含めても)ダメな大人ばかりでごめんね……。わたしもそのダメな大人に仲間入りしないよう気を付けないとね……。
神様たちとも大きな問題はないようで。風神と火神がやかましく、水神が笑顔でもちょっと怖いと聞いてはいるけど……『慣れて』と言うしかない。そもそもわたしが期待しているのは地神とアイティだけ……とはさすがに言い過ぎか。
「訓練お疲れ様です。そろそろ夕食ですよ」
「いつもありがとうね、フリッカ」
「……ア、アタシも手伝ったんだからね」
「うん、セレネもありがとう」
そう、実はセレネはモノ作りが出来るのだ。この事実を知った時にウルが『なん……じゃと……?』と愕然として膝から崩れ落ちていたのはさておき。
セレネの破壊神の加護はウルに比べて大分少ないらしいし、他への影響が小さいんだろうね。もしほんのちょっとでも破壊神の力を持っていたらモノ作りが出来ないとなったら、わたしだって出来なくなってしまうし。失敗することはあれどモノ作り自体は出来る範疇である。
それでも多少なりとも影響はあるのか、セレネは卵を割る時にグシャっと失敗したり、野菜を切る時に不揃いだったり……いやこれ、もしかしてただ不器用なだけか……? ……発生してからずっとあんな古城に居たのであれば、きちんと料理をする余裕があるわけもないか。仕方ないね。これから学んでいけばいいさ。
なお、数あるモノ作りの中で真っ先に料理に手を出し始めた理由が『胃袋を掴むのが重要らしいし……』とのことで。どこでそんな知識を手に入れたんですかねぇ……。でも頑張るなとも言えない。その直後にウルに『掴まれているのは主の方ではないか?』と言われて目を逸らしていたのもさておく。まぁほらうん、ご飯を美味しいと思ってもらえるのは素直に嬉しい、ってことで。ここで言うご飯とはごく一般的な飲食物のことであってわたしの血のことではない。
血と言えば、属性の除去に関してはまだまだである。どうにも上手くいかないんだよねぇ。
取り除く……寄り分ける…………分離? と連想して、分離スキルのことを思い出した。
でもあれは創造神の力を壊している感覚なので……あ、いや、『他の属性を壊す』と考えれば……いけるか……?
ちょうど火神に『意図した力の表出』について言われたばかりだし、その線で試して――
「……リオン、もう戻らぬか?」
「……おっと。ごめんごめん」
考え込んでしまっていたようだ。すっかりご飯モードに切り替わってしまったウルが困っている。
わたしもお腹が減っていることだし、試すのはまた今度にしてご飯を食べに戻ろう。




