世界樹を育てる
わたしたちが世界樹の新芽を持ち帰ったことで、案の定神様ズを含めた皆がとても驚いた。
皆が見学する中、果樹園横に新しくスペースを確保して植え替えながら、島で何があったのかを説明していく。神様ズは次第に顔をしかめ、頭痛が痛いとばかりに頭を抱えることになる。気持ちはわかる。
「世界樹にパラサイトマッシュだと……? 神子ルーエは一体何をしていたんだ……?」
「……強大なモンスターが棲み付いていたことを考慮すると責めるに責められないがな。リオンの場合はウルと言うそれを上回る手札を持っていたのであるし」
地神が苦虫を何匹も噛みつぶしたような表情で呻き、火神が難しい顔をしながらもフォローする。
……今更ながら、ここで初めてあの神子の名前を耳にすることとなった。興味もなかったので名前すら聞いてなかったのよね……。カミルさんと違ってたとえ先輩であろうと全く尊敬出来ないし、交流を深めたいとももう思えないのだから。
「……あの神子、世界樹のことは知っていたんですか?」
「アタシは直接会っていないから確実なことは言えないが、あの島で神子に任命したからには創造神から聞いているはずだ」
「いつものプロメーティアのうっかりで聞いていないとしても、大して広くもない島なんだから、自分のテリトリーくらいは把握しているはずだよねぇ」
地神と風神の説明になるほどと頷く。
世界全部を把握しろと言われても無理だけど、近辺探索は基本だ。わたしだってこの拠点近辺の地上部分は探索し尽くしている。わたしの場合はゼファーの背に乗って空から見ることが出来ると言う大きなアドバンテージはあるけれど、何年も神子をやっていて探索すらしてこなかったのなら怠慢にもほどがある。
あぁでも、神子任命時にはすでに瘴気で溢れていたなら難しい、か? いや、だとしても尚更モンスターとの戦いよりも浄化を優先すべきだ。根本である瘴気を浄化しないことには、ジリ貧になるだけなのだから。
……などと考えられるのは、わたしがゲームで予習をしてきたからだろうか。神子ルーエがセレネにやってきたことは到底許せないけれども、ぬるま湯で育ったわたしが実際の状況も知らずに横からチラ見しただけで『何で出来ないんだ』と苛立つのは傲慢な気がする。わたしだって初見プレイで難易度エクストラハードでやらされたらクソゲーと投げ出すかもしれない。
まぁ何にせよ、神様ズの機嫌がよろしくないので、ルーエは神子としては失格なのだろう。
「よし、こんなもんですかね?」
丁寧に石を取り除き、地神の力が籠められた土に植え、水神の力が籠められた水を遣る。風神、火神、光神も手を貸してくれるので、むしろ生育環境としては過剰で……世界樹であれば神様の加護くらいは普通か。
なお、持ち帰ったことに関しては特に何も言われなかった。世界樹がほとんど腐っていたことは残念がっていたけど、完全に死んでしまう前に新しい芽を保護したことはむしろ褒められた。……わたしが冥界に落とされたことで一年ほど対応が遅れてしまったのに。不可抗力ではあるのだけれども、この一年があれば物事は大きく変わったかもしれない、そもそも腐り果てることなんてなかったかもしれないと考えると、褒められるだけってのはどうにも居心地が悪い。
などと考えていたらアイティとふと目が合った。……逆に冥界に落ちたことで救えたのだから、悪いことばかりと言うわけでもないか。むしろ良かったのだと考えよう。
そんなアイティからツッコミのような補足が入る。
「リオン。世界樹は聖属性だ」
「……そうだね?」
「なので、聖水も撒くと良い」
「あ」
何を当たり前なことを言ってるんだろ?と思ったけど、当たり前のことが足りてなかった。恥ずかしい。
続けて水神からも追加オーダーが入る。
「聖属性値が高ければ高いほど良い樹に育つわぁ。なのでそれ以外にも色々やってもらえると助かるわねぇ」
「ふむふむ、わかりました」
わたしはまず聖水を撒き、聖石を埋めて土を聖属性に染めていく。聖火は直接やると当然ながら燃えてしまうのでちょっと離しつつ、聖火で温めた空気を火の粉が飛ばないように気を付けつつ聖風でいい感じに回す。聖光を放つライトも設置して、っと。聖闇は思いつかないな。
神様ズが何やら苦笑していることにも、他の皆が目を丸くしていることにも気付かずに、あれこれと付け足していく。
「他に聖属性は……あ、これがあったな」
わたしはナイフを取り出し、手首をザックリと切る。
滴る血を振り掛けようとして――
「ちょ、ちょっと待ったーーー!?」
皆に混じって見学していたセレネからストップが入った。
彼女は新入りなのでわたしの奇行、もとい行動に慣れていなかったのだろう。いきなり手首を切り始めればビックリもするか。
慌てて詰め寄って、手首を掴んでくる。あぁ、血がもったいない。せめて容器に入れさせて。と呑気なことをするわたしに更に困惑している。
「アンタ一体何してんのよ!?」
「何って、この血は聖属性だから一緒に与えておこうかと」
「血液も使うの!?」
「……血を好むきみが言うのも微妙な話では?」
「好むからこそ、目の前で雑に使われるのが許せないのよ!」
なるほど?
目を瞬くわたしに、セレネは苛立ち……と言うよりは焦ったように言う。
「アンタの血には破壊神様の力も含まれているのよ!? こんな大事そうなヤツに下手に使ってどうすんのよ!」
「……あっ」
それは盲点だった。どうやらわたしには破壊神の神子でもあると言う自覚が足りていないらしい。
……だ、大丈夫だよね? 今まで致命的な失敗はやらかしてない……よね?
今更ながらに事態を呑み込み冷や汗をかくわたしに、セレネはフンと鼻息荒く言い募る。
「ともかく、適当なヤツならともかく、そうでないならきちんと加工してから扱うことね」
「加工かぁ……血ではやったことないなぁ」
「……今回はアタシがやるわ」
「え?」と反応をする間もなく、血の入った容器を持っていかれる。
そして容器の口を塞ぐように手を当て、ブツブツと何事かを呟くと……わたしの血が、赤い光を放った。
「えっと……何をしたの?」
「何って、血から不純物……この場合は他の属性を取り除いたのよ。ほら」
あー、鍛冶の時に火神も同じようなことをやっていたっけ。あれ、火神は簡単にやってるように見えたけど結構難しいんだよねぇ。やり方を聞いて同じようにやってみてもあんまり上手くいかなかったし。わたしの場合は破壊神の力も影響しているのかもだけど。でも同じく破壊神の力を持っているセレネが出来ると言うことは、やっぱりわたしが下手くそなだけなのか。それとも彼女が血のプロフェッショナル(?)だからだろうか。
渡された血を調べてみれば、見事に純粋な聖属性になっていた。
「どういう風にやったのかな?」
「どういう風、と言われても……アタシの場合は、こう、不要な物を食べる感覚……?」
「……食べる?」
ちゃぷんと容器を回してみる。……さっきよりわずかに減っている気がするな?
セレネを見ると、そっと目を逸らされた。まぁこれくらいはいいか。指摘して、精製してくれたことには助かったのだし。
しかし、食べる、かぁ。そんな考え方もあるんだな。火神は属性を感じ取って寄り分けろと言ってたんだよね。その寄り分けると言う感覚が未だに掴めていないんだけども……。
ふむぅ。言われたやり方だけじゃなく、わたしに合うやり方を探してみるかな。
「今後もアタシがやってあげてもいいけど?」
「……申し出はありがたいけど、血が欲しいって下心もあるよね?」
また目を逸らされた。ウルと言いこの子と言い、欲望に忠実ですね……?
まぁせっかくなので、彼女に出来そうなことも色々探っていこう。ただ保護されるより、出来ることをやっていく、増やしていくのは自己肯定感にも繋がるだろうしね。




