問題解決には程遠い
ディジーズグリズリーを始めとしたモンスターたちを倒せたとしても、まだ問題解決はしていない。問題の大元である寄生キノコが残ったままだからだ。
とは言えさすがに疲れたので、わたしたちは聖域で一旦休憩をとっている。
「もぐ……こいつら、何とか出来んのか?」
未だにウネウネしている根っこを横目に、食事をしながら尋ねてくるレグルス。わたしはそれにお手上げと言った仕草をしながら答える。
「レグルスは、この視界一杯どころか視界以外にもわんさか潜んでいる寄生キノコを何とか出来ると思う?」
「オレは無理だけど、リオンなら出来るかもって……」
「……その期待が胸に痛いねぇ……」
確かにわたしたち創造神の神子は様々なアイテムを作ることが出来るけれど、決してゼロをイチにすることは出来ないのだ。
つまり、リソースが必要と言うこと。
これだけ広範囲を汚染する寄生キノコを駆逐するアイテムを作成するには、それ相応の素材を用意しなければならない。しかも寄生キノコは胞子で簡単に増殖するし、ただのキノコならともかくこいつはモンスターだ。自分が滅ぼされないために(どこに脳があるのかわからない形状だとしても)知恵を働かせる。一度にまとめて駆逐しないとまた何処かでこっそり増えてイタチごっこにしかならない。
聖域はその性質上、範囲が狭ければ狭いほど強力である。つまり逆に言えば、範囲が広ければ広いほど弱くなる。ほとんど腐っているとは言えど世界樹は広範囲に渡って根を張り巡らされている。これを全て囲むかつ地下にまで及んでいる寄生キノコを残らず駆逐する強力な聖域を作るにはどれだけアイテムがあっても足りない。
聖水を撒いても無理だ。圧倒的に量が足りない。聖水の雨どころか聖水の洪水で水没させてやっと何とかなるかならないか、と言ったところだろう。
「こいつらを放置しておくと島丸ごとダメになりそうだからいずれはやらないといけないんだろうけど……一帯の森を全部燃やして、土も全部入れ替えないと無理じゃないかなぁ……」
「……それ、もうこの島は手遅れなんじゃないかな……?」
リーゼの力ないツッコミにわたしはそっと目を逸らした。
……創造神は否定していたがったけど、『廃棄大陸』の呼称は免れられないかもしれない。瘴気ではなく寄生キノコで。
「そう言えば、瘴気の発生源はどうなっているのでしょうか? このキノコが原因なのですか?」
「それね……」
フリッカの疑問に、わたしは大きく溜息を吐いた。
確かに寄生キノコは世界樹を蝕んでいるし、瘴気も多少ながら吐き出している。多少と言えど、これだけ数が多いと結構な量になる。
では寄生キノコが発生源かと問われると……わたしはこれも一部だけだと思う。
「むぐむぐ……どうしてそう思うのだ? あ、おかわりが欲しいのである」
ちょっとした軽食どころかガッツリと食べているウルに苦笑し、追加の食事を出してやってからわたしは答える。
「今のところは神子としての勘、としか答えられないかなぁ」
「……まぁ、勘はバカに出来ないのであるな」
勘で生きている(と言うとめっちゃ失礼だけど)ウルが言うと途轍もなく重要に聞こえてくる。
「一部だけ……。ひょっとして、根本の発生源が存在するのではなく、小さな発生源が数多く散らばっているだけなのでしょうか?」
「うーん……どうだろう」
フリッカの言葉に否定出来る要素は今のところない。現にここに来るまでにいくつも小さな発生源を潰してきた。
けれど、やはりそれも違う、と思う。上手く言葉に出来ないけれど……もっと、巨大な何かが蠢いている気がしてならないのだ。
あとついでに、未だにダンジョン核の位置もわからない。ここにあるかと思ったけど、そうではなさそうだ。
あることはわかっているんだけど……場所が掴めない。どうにも阻害されているような不快感。寄生キノコのせい、でもないと思う。
少しずつ瘴気の発生源を潰してきて、少しずつこの島は良くなっているはずなのに……少しずつ増していく危機感。
一体、この島で何が起きているのだろう……?
「まぁ、まずは世界樹を何とかしないとね……」
わたしは目の前のボロボロの世界樹の幹を見て、再度大きな溜息を吐く。
さてはて、ちゃんと生きている部分はあるのだろうか。ひとまず、幹をぐるっと回って聖域化してみるか。
「ウル、まだ食べているところ悪いけど護衛をお願い。他の皆は聖域で待ってて」
「んぐっ。任された」
まだ根っこが襲ってくるので対処をウルに任せつつ、わたしは幹部分の聖域化を試みる。いつも通り幹を中心に聖石を設置していくことに加えて、わたしの血を少しずつ垂らしていく。ウルはいい顔をしなかったけど、今回ばかりは止めてこなかった。必要なことだと呑み込んでくれたのだろう。わたしの性格上、こう言う時は止めても止まらないと諦めているだけかもしれないけれど。
セレネに色々混じっていると言われてから詳しく調べてみたけれど、わたしの血はやっぱり聖属性だった。ただしそれは主属性が、である。他の属性も微量に混じっていた。血を使うことはあっても毎度詳細な検査をしているわけじゃなかったので、何時頃からそうなっていたのかはわからない。そうは言っても聖属性は聖属性であるし、属性値が低くなっているわけでもない。むしろ高くなっていた。属性混じりが原因で聖域がダメになることはなかった。
そうして一周回り終えて、聖域が完成する。目には見えないけれど(目に見えて寄生キノコは萎れていくけれど)、空気が一瞬にして変わったのが肌で感じ取れた。
その時。
フワリと、幹の中心から光が零れてきた。
「……えっ?」
光と言っても強くはない。淡く、今にも消えてしまいそうな儚いものだ。
ただ、鬱蒼とした瘴気の森の中では非常に目立つ。
皆も気になったのか、後ろからゾロゾロと聞こえてくる足音を耳にしながらわたしはごくりと唾を飲み込み、そろりと幹の中?を覗き込む。
よく見ていなかった、見えていなかったけれど、幹は中心部に向けて抉れるようにすり鉢状になっている。中まで寄生キノコに浸食され、すっかりと腐っていた。むしろ中の方が酷く、寄生キノコの絨毯のようになっていた。まぁ聖域化したことで寄生キノコは干からびているのだけれども。
その干からびキノコの中心辺りから光が漏れていた。実はヒカリキノコだったとかそんなことはなさそうだけど、では一体何なのか? わたしは幹の中にソロリと足を踏み入れ、干からびキノコを掻き分ける。
「……これは……」
そこには……小さな芽が、生えていた。
そして、最初は豆粒サイズだったのがわたしの目の前で育っていき、やがて高さ三十センチくらいまで伸び、止まる。以降はジッと見ていても大きくならない。
「……世界樹の、新芽……?」
呆然としたわたしの呟きに、皆が息を呑んだ。そりゃビックリだろう。わたしもめっちゃビックリしている。
実は全然関係ない植物の芽……とかではない。小さいながらもしっかりと聖属性を帯びた、世界樹の芽だ。わたしが聖域化したことで、生まれ変わりでもしたのだろうか。はたまた最後?の力を振り絞ってリソースを一点に集めたのだろうか。まぁその辺りは何でもいい。
今生えている世界樹を救えなかったことは残念だけれども、その命を繋ぐことは出来たのだから。
「んー……ひとまず拠点で育てるか」
「そんなことをして良いのかのぅ?」
「いや、ここに置いていく方がマズイでしょ。常時見守れるわけでもないんだし」
「……それもそうであるか」
せっかくの新芽をこんな危険な場所に置いておくわけにもいかない。未だ寄生キノコがうようよしているのだ。いくらマメに訪れて聖域化をして保護したとしても、環境が悪すぎて限界がある。
一旦拠点に植え直してある程度まで育ててから、ある程度までこの島が安全になってから戻せばいいだろう。……あの神子の怒り顔が脳裏を過ったけど、そんなのは知ったことか。ウルが懸念したように神様たちが『この島じゃないとダメだ』と言ってきたら元に戻すけど、それでも一定期間は保護するべきだと言うわたしの主張には納得してくれるだろう。
「さて、一度帰ろうか」
そうしてわたしたちは、世界樹の新芽を持ち帰るのだった。




