古城に戻り……
「うーん、期待はしてなかったけど、やっぱりダンジョン核は持ってかれちゃったかぁ……」
数日後。セレネもひとまず拠点の皆と慣れてきたところで、わたしたちは島の探索を再開することにした。
連れて行った日の翌日は刷り込みされた雛の如くずっとわたしの後ろをくっ付いてきていたけど、過ごすうちに害がなさそうだとわかってくれたのだろう。うちには面倒見の良い地神と光神がいるし、セレネ自身が悪さをしない限りはトラブルが起こっても公平に対処してくれるので大丈夫だ。
そしてまたもウルとゼファーで海を越えて、古城までそのまま空路で戻ってきた。セレネ曰く「多分アイツらももう用はないと思うから、一時拠点くらいには使えるんじゃない?」とのことで。ついでにダンジョン核が残ってたりしないか探してみたんだけど、残念ながら空っぽで、この古城はダンジョンとしての機能を失い、ただのちょっとばかり大き目の館のようになっていた。
さしあたって屋上――念のため外から見えづらい位置を選んで創造神の像を設置し、フリッカとレグルスとリーゼを呼ぶ。セレネも一緒に来たかった……と言うよりはわたしにくっ付いていたかったのだろうけど、彼女はこの島に連れて戻らないと決めているので拠点でお留守番だ。お子様組と仲良くしてね。
「はー……マジでモンスターが襲ってこないんだなぁ」
レグルスが視界内に居るのに敵意を見せない……どころか何やらビクついている(破壊神の気配が色濃いウルかわたしが怖いのかな?)モンスターを見て目を丸くする。
彼らはセレネの特殊能力、血の支配を受けたモンスターたちだ。この数日で発生したモンスター以外は全部支配下にあるらしい。
ゆえに、セレネの血を帯びたアクセを持っているわたし(とその周囲に居る皆)に襲いかかってくることはない。そのアクセを作るのにわたしの血を(控え目に)要求されたけどそれはさておき。
同じくモンスターの様子が気になったリーゼが、ポツリと懸念を漏らす。
「……味方だからいいんだけど、敵になったらと思うと……ちょっと怖いかな」
「その気持ちはわかるけど、本人には言わないであげてね。めっちゃ気にしているから」
「うん、わかってるよ。悪い子じゃなさそうだしね」
このリーゼの懸念は、それこそあの神子が抱いた懸念そのものであろう。
敵に回したらそこらのモンスターを自在にけしかけられるのだ。普通のヒトからすれば十分恐怖の対象になる。なってしまう。
けれど……それは敵対すればの話だ。きちんと友好的に接すれば彼女は敵にならない。モンスターとは違い、理性があり話の通じる相手なのだから。むしろ臆病とすら言える性格に見えるので、先制で理不尽に攻撃しなければまず問題はない。これで問題があると言うのなら、黙って殺されろと言うのと同義だ。
そもそも操るだけであって生み出しているわけではないのに、上手く使えばモンスターの被害を減らせるのに、何故あぁも頑なに拒絶したのか。わたしには全くもってわからない。
「……グルル」
「……」
古城に残っているモンスターの数は少ない。大半が倒されたか逃げたかしたのだろう。
今はセレネの支配下にあって大人しいけれど……いずれ影響が消えてヒトを襲う日が来る。
だから、今のうちに倒すのが正しいのだろう。彼らはただのモンスターであって、話せば矛を収めてくれる特殊なモンスターではないのだ。
倒すのが正しい、正しいのだ。
――けれども。
「……はぁ。やっぱダメだな」
「グル……?」
わたしは、剣を向ける意志を放棄した。
たとえ支配されていたからだとしても、セレネを助け、孤独を多少なりとも埋めてくれたのは彼らなのだから。
『願わくは、誰も傷付けませんように』と、無責任に祈るだけに留めた。
ダンジョンではなくなったけど何かめぼしい物が残ってないかと探索していたのだが、特に有用なアイテムは見つからず。ダンジョンだからと言ってアイテムがあるとは限らないのだけど、有用なアイテムは根こそぎ神子たちが持っていったのだろう。
やがてセレネの私室らしき部屋まで移動したところでフリッカとウルが顔をしかめた。わたしも同じだ。
「これは……ひどいですね」
「うむ……」
こんな島では碌な素材もなかったのだろう。あったとしても、破壊神の神子とモンスターではモノ作りも厳しいか。
部屋の中はただただシンプルに、粗末なベッドとテーブルセットと棚。
これらが……めちゃくちゃに壊されていたのだ。
それだけに飽き足らず、床や壁、窓にも傷がたくさん付いている。
もちろんセレネに従順なモンスターたちがそんな無意味なことをやるわけがない。では誰がやったのかと言えば……言わずもがなだ。
「……殴る理由がまた増えたなぁ。可能なら会いたくもないけど」
創造神の神子のくせに、物に当たって壊すだなんて言語道断だ。いやもうホント、これで破壊神の神子じゃないってのがね……。
そんなに逃げられたのが悔しかったのか。
それとも……ヒトらしい生活を送っていたことが、許せなかったのか。
ヒトらしい生活と言っても、最低限と言う感じだった。わたしが会った時、彼女は服も粗末な物を着ていたし。
だからわたしが服をプレゼントしたのだけれども、何の変哲もないただの服にめちゃくちゃ喜ばれてわたしが戸惑ったくらいだ。
きちんとした服を着て、ご飯を食べて、ぐっすり寝る。
こんなヒトとして普通なこと――この世界の現状ではそれも難しいヒトは多いのかもだけど――がまともに得られてないのに、それでも怒りが沸くのか。
「……リオン様」
「……おっと」
フリッカに手を重ねられて気付く。拳に力が入りすぎて血が出ていたことに。
落ち着けわたし。怒るのはいいけど、自覚しないままに力を揮うのは駄目だと火神が言っていたじゃないか。自分で自分を壊していたら世話がない。
わたしの状態を正しく察したフリッカが、わたしの負の感情を散らしてくれるような提案をする。
「帰ったら、たくさん甘やかしてあげればよいのではないですか?」
「えっと……それはそれでいいのかな、って感想が……」
「私も同じくらい甘やかしていただければ?」
「……そっか」
フリッカはセレネが眼中にない……と言うよりはただ寛容なだけだな、これは。……むしろ未だにウルを引き込もうと(?)画策しているのだし。
うん、今回の件にキリが付いたらゆっくりしたいな。
創造神の像が一か月くらいは保つように簡易装置を作成し、モンスターたちにも「危ないから近付かないように。でも出来れば守ってくれると嬉しいな」とお願いをしておく。まぁ壊れても、壊されてもその時はその時だ。
「それで、世界樹を探すのかの?」
「そうだねぇ。瘴気の発生源を何とかしなきゃいけないのは同じだけど……先に世界樹の保護をしておくほうが心の余裕が出来るかな、と」
発生源を解決出来たとしても、タッチの差で世界樹が枯れ切ってしまったら泣くに泣けない。創造神の様子からしてすぐにどうこうなるわけじゃないとは思うけど、この先何がどう転ぶかわからないし。
なお、モンスターたちにも世界樹の場所を聞いてみたけどわからないようで首を横に振られた。残念。
なのでわたしはまた【導きの杖】を立てて手を離す。しかし前回までの挙動とは異なり、フラフラとしてからパタリと倒れた。
「む? 今のは?」
「んー、瘴気の影響で特定しづらいみたいだね。もしくは……世界樹の根が色んなところにまで伸びていて反応している、とか?」
わたしはアルネス村のイビルトレントのことを思い出す。あれはめちゃくちゃデカい木だった。世界樹は枯れかけとは言え、あれより広範囲に広がっていてもおかしくはない。
前者が原因で導きが外れていたとしても、丁度一時拠点を作ったところだ。ここを起点に探せばただ彷徨うよりは消耗も減るだろう。
「んじゃ、皆、行こうか」
「おう!」
レグルスが元気に返事をし、女性陣は頷きで返してくる。
わたしたちは鬱蒼とした森の奥へと歩みを進めるのだった。




