わたしの血の味は微妙らしい
夕食時に皆にセレネの紹介をしたけど特に反対もなく。いつもの『リオンだから……』で済まされるやつ。信頼と受け取っておこう。実際にありがたかったし。セレネ自身が面食らっていて、一体今までどんな扱いを受けてきたのかと思うと目を覆いたくなってしまう。大体アレが悪いんだろうけどさ。
そして空き部屋に案内したところで、小さなトラブル……と言うほどでもないけれど、発生するのだった。
「えっ……お嫁さん以外と寝てるの……?」
「……いやまぁ、色々と事情がありまして……」
ウルに関してはわたしの中では今更すぎて、突っ込まれると返答に困る。最初はウルの不調が原因だったし、何なら今でも微妙に調子が悪いみたいだけれども。
「あれ、そう言えばセレネはわたしの聖域の中でも大丈夫なの?」
夜間になると自動で聖水が散布されて、この拠点は全体が聖域化するのだ。ウルの不調の原因はまさにこれ。そしてウルが聖域の影響を受けるのは破壊神の神子であるからでして。
だったら同じ破壊神の神子であるセレネも不調になりそうなものなのに、昼間と比べて大して違いがないように見える。
「んー……実感はないわ。アタシが神子としてそんなに力がないのと、夜間の能力上昇のおかげ……かしら?」
能力上昇か。そう言えば地神もそんなこと言っていたっけ。
つまり、破壊神の力による影響の能力低下と、種族特性による能力上昇が拮抗している、ってところか。ひとまず問題はなさそうでよかった。
「神子の力、ない方なの?」
「……その子、ウルだっけ? 一緒にされても困るわ。アタシの十倍はあるわよ……」
「まぁウルも特殊だからねぇ……」
わたしと同じく創造神お手製の神造人間であるのに、不覚にも創造神の神子であるわたしですら創造神の力がわからないほどの破壊神の力が籠められているのである。普通(?)の吸血鬼であるセレネとは事情が異なる。
「……怠いってことにしておけばアタシも一緒に寝られたのかしら」
「……いやぁ、それは無理じゃないかなぁ……」
わたしは今現在、フリッカと別に寝ている理由を実演する。石ブロックを粉砕すると言う形で。
さすがに寝ている最中に骨を粉砕されるのは御免だったようで、顔を引き攣らせて諦めてくれた。彼女の神子としての力がそんなに強くなくて良かったのやら悪かったのやら。強ければあの神子も追い返すことも出来ただろうに、何とも言えないところである。
……小さく「……今は」と付け足していたので、後でまた一悶着起こりそうだけど……その時に考えよう。
まだ寝るには早かったので、お休み前のホットミルクを皆でちびちびと飲みながら今後について話をする。
「世界樹、探さないとなぁ……。あ、セレネ、場所知っていたりしない?」
「……アタシ、あそこから出たことほとんどない……瘴気は多少なら耐えられるけど行くアテが……」
「……なんかごめん」
食料などはモンスターの手も借りて付近でかき集めていたらしい。……逆に言えば、モンスターの手しか借りれなかったわけで。
あまり彼女に話を振るのはやめておこう。めちゃくちゃ都合の悪い場所で発生してしまったせいで、悲しいことばかり掘り起こされてしまいそうだ……。
「ウルはゼファーに乗ってる時に何かそれっぽいの見つからなかった?」
「……むぅ。空からでも瘴気で見通しが悪かったのだ……」
「だよねぇ……」
「通常の森であれば、私も探すのに多少は役に立てたと思うのですが……」
「あの森だと勝手が全然違うだろうねぇ」
今でこそフリッカは平地に住んでいるけど、故郷のアルネス村は森の中にあり、ずっとそこで過ごしていたことで森に関しての知識はある。……のだけれども、それが活かせない状況で。
地道に歩いて探すしかないか、と溜息を押し込めるようにホットミルクを流し込む。
「さて、そろそろ寝るかぁ」
「……あ、あの、ちょっと待って」
「ん?」
伸びをしながら立ち上がったところ、おずおずとセレネに引き止められる。
「……で、出来ればでいいんだけど……ちょっとでいいから、血が欲しいなぁ、なんて……」
「あぁー……」
種族が種族なのである意味当然の要求だろう。しかし随分と謙虚なもので『どっちが破壊神の神子なのか……』と何度目かの感想を抱く。
チラりとフリッカの顔を窺うも「?」と首を傾げられるだけだった。……気にしないならいいか。
「指を切ればいい? それとも首にガブっとするタイプ?」
「えっと……自分から聞いておいて何だけど……いいの? ……その、操られるとか、考えないの?」
「え? ないでしょ?」
そんなことをするタイプとも思えないし、仮にそれをして一体何の得があるのだろうか。こう言っては何だけど、わたしの気を引くにしても、わたしを敵に回すような行為は愚策だ。
でも、操るキーは血を飲むことにあるってことかな? ……モンスターの血を飲んだと考えると複雑だな。いや血に関しては人間の嗜好とは異なるだろうからわたしの感覚で判断してはダメだな。
わたしの回答にセレネは口をもごもごとさせて小さく「ないけど」と呟く。なら問題ないよね。
「……首の方がいい」
「了解……あ、でも大丈夫かな? わたしの血、聖属性だけど……」
「…………はぁ?」
わたしの体の事情を知らないせいで『何を言っているの?』って反応をされてしまった。さもありなん。
理由はおいおい説明するとして――あれ、待てよ。今も聖属性なのか? 破壊神の力を得てからバタバタしていて検査してないから不明だな。
「……まぁ、創造神の神子なのでそんなこともあるのかしら。……ひとまず少量でお試しして、駄目そうなら諦めるわ」
「……おなか痛くなったら言ってね。吸血に効くかわからないけど胃薬もあるから」
いくらなんでも飲んだ瞬間に毒を飲んだみたいな症状が出ることもないだろう。多分。きっと。
検査も後回しにして、セレネが吸血しやすいように向きを調整して椅子に座り直す。
ふとあることに気付き『あ、しまった』と口に出す間もなく、正面から抱き付かれ――首筋に、チクリと針で刺すような刺激。
ゾクリと、血以外の何かも抜けている感覚がして――
「――ブッフゥ!」
セレネが慌てて飛び退いて、まるでくしゃみを我慢するかのような妙な音と共に口元を抑えた。
……いや、よく見ると涙目になっていて。……もしや。
「……あのぅ……ひょっとして、不味かった……?」
内心で冷や汗を流しながら尋ねる。しかしセレネは返事どころじゃないのか口元を抑えたままプルプルと震えている。……そこまでひどいんですかねぇ。心なしかウルとフリッカのわたしを見る目が生温くなっている気がするんだよ……?
たっぷり一分以上は経った後、セレネが口元を拭って大きく深呼吸をした。血とそれ以外で汚れていたのでそっとハンカチを差し出す。
「……大丈夫? 口直しにお水飲む?」
「……大丈夫、だけど……何これ、めちゃくちゃ濃いんだけど?」
「濃さを聞かれてもサッパリなんだよ……?」
セレネ曰く、今まで飲んでいたのが薄めた果実水で、わたしの血は果汁百パーどころか濃縮タイプでは?と言う感覚らしい。なんじゃそりゃ。
それだけならまだしも、味が複雑らしい。これも果物に例えるなら美味しさや飲み合わせを考えずに適当に混ぜたミックスジュースみたいな。
予想だにしなかった味が口の中で広がったことで、思わず吹き出しかけてしまったとか。……な、なんかごめん。
んー……あえて理屈付けるとすれば……前者はわたしの血の属性値が高いことか神力が混じっているからか、後者は創造の力と破壊の力に加えて他の神様たちの加護もあるから……かな? 自分の血を素材として使ったことはあっても飲んだことはないのでよくわからない。
素材として使った、と言った辺りで『うわぁ……』って顔をされてしまった。いや、あるものは使うでしょう……?
「リオンがおかしい」
「……普通ではないと思います」
「あっはい……」
ともあれ、今後は必要なら薄めて飲んでもらうことになりましたとさ。
「……私も飲んでみたいですね」
「さ、さすがにそれは……」




