離脱
「――――は?」
信じられない光景を目にしたように神子が硬直した。
よし、分離成功!
武器が手作りだったら失敗してたけど、手抜き(?)で作成スキルを使用してたのが仇となったなフハハ!
……失敗しなくてよかったぁ!
神子の創造の力が強ければわたしの破壊の力が及ばなかったかもしれないけど、あまりモノ作りしていないみたいだし、そこはあまり心配していなかった。先輩神子なのにその体たらくで色々物申したい。いややっぱりヤダ、出来ればもう関わりたくない。
あれ? そういえば以前、分離の力でベヒーモスの肉や封神石が分離出来たな? ……あの男、冥界の住人のくせに何で創造の力が使えるんだ……?
冥界の王の力を奪ったって話だし、他にも創造神の神子の力も奪ったってことかな……? あの男に騙された先例があるから、わたしも同じものだと思って(実際、破壊神の力を得ているのは事実なので、誤解される要因はある)、神子はここまで攻撃的になったのか?
めちゃくちゃありえそうだけど、今は悠長にそんなことを考えている場合ではない。
「……一体、何が起こって……?」
ただ壊されるだけならともかく、素材に分離されるなんてのは初めてなのだろう。まだ目の前の出来事を受け入れられないようだ。
わたしはその隙だらけな神子の体――ローブに手を添え、再度分離を実行。ただの布素材へと分離させた。
すなわち、瘴気を始め諸々への耐性が落ちると言うことで。
「これでも喰らえ!」
「ぶ、あ……っ!?」
わたしは未だに残っている高濃度汚染水を神子に向けてぶち撒けた。少量だけなので有情と思ってほしい。
さすがにたまらずたたらを踏みうずくまる神子を部屋の外まで蹴り飛ばす。中の防具には手を付けていないし、手加減もしているので大ケガには至らないはずだ。
そしてドンドンドン!っと、とにかく大量の石ブロックを積み上げて、早々に中に入れないようにして。これで脱出の時間は稼げるはずだ。
後は破壊神の神子の少女が提案を受け入れてくれるかどうかだけど……最悪、無理矢理にでも連れて行くしかないかなぁ。
「ごめん、細かい事情は後でちゃんと話すから、とにかくここはあの神子から逃げるためにも一緒に来てくれないかな……?」
「――……行く」
そろりと様子を窺うように問うてみれば……少女は先ほどから変化があり、険の取れた顔で頷く。
もう一悶着は覚悟していたのだけど、あっさりと了承されたことに逆にわたしが戸惑ってしまう。
「え、いいの?」
「……アンタは創造神の神子であっても、アタシを殺しに来たわけじゃないんでしょ?」
「うん。最初に言ったけど、破壊神様の要請で迎えに来たんだよ」
「……創造神の神子なのに?」
「破壊神の神子でもあるし?」
「……なにそれ」と少女がクスリと笑う。
いやしかし、あの神子は全然わたしを創造神の神子と信じてくれなかったのにこの違い。どっちが破壊神の神子なんだろうと遠い目をしそうになってしまった。
……おっと、扉の方からガタガタ音がしてきた。急ごう。
壊れた聖剣も忘れずしっかりと回収して、っと。素材がもったいないってのもあるけど、神子に再利用されたら嫌だしねぇ。
「あ、これ装備してもらえる?」
「……何のアイテム?」
「万が一落っこちても死なないように」
「えっ」
「空を飛ぶからしっかり掴まっててね」
「えっ?」
飲み込めないでいるのか少女が困惑しているけど、時間がないので許して。
わたしは少女をいわゆるお姫様抱っこする。背中はスカイウイングがあるので背負えないし、肩に担いだり小脇に抱えたりしても阻害されそうで選択肢がないのだ。単純に力が増えたこともあり、彼女くらいの重さなら支障なく飛べるだろう。
「せーの!」
ジェットブーツに魔力を流し、跳躍する。
既に割れた窓から古城の外、大空へと羽ばたいた。
「きゃああああああああああっ!?」
「しゃべると舌噛むよ!」
ちょっとばかり魔力を流しすぎてかなり勢いがついてしまった。上昇するだけなら問題はない、のだけれども、初めての空なのか少女を怖がらせてしまったようだ。間近で発せられる悲鳴が耳に突き刺さり、眠っていてもらえばよかったかなぁなどと失礼なことを考える。
「と、とととととんでる!? おち、おちる……っ!?」
「落ちても大丈夫だから安心して!」
「できるわけないでしょおおおおおっ!?」
我ながら無茶苦茶なことを言っているとは思う。少女も全くもって同意出来ないようだ。ですよねー。
十分に上昇したところで風をスカイウイングで掴み、(比較的)安定飛行に入る。その段階でわたしは信号弾を使用した。事前に決めておいた『海岸で集合』の合図だ。ウルなら目がいいので見つけてくれるはず。……古城突入前に『目標発見』の信号弾を使用するのを忘れていたことに思い至る。怒られるだろうか。
内心冷や汗をかくわたしを他所に、少女はまだ怖いようで悲鳴を上げ続けていた。
「下を見てるから怖いんだよ!」
「だ、だって!」
「前を! 空を見て!」
「――っ」
ザァッと風が吹き抜ける。
視界は上下に分かれていた。
下は枯れた森と大地と瘴気。
上は――晴れ渡った青空。
高度を上げたことで、瘴気から抜け出したのだ。
下は暗く酷い有様だけど、上は……世界は、明るく照らされて。
少女は一転して黙り込み、何度も目を瞬きながら空を眺めていた。
「……本当に」
「うん?」
「アタシは……本当に……外に出れるのね」
「……うん」
グズりと、鼻をすする音がした。
わたしは聞こえないフリをして飛び続けるのだった。
しばらくの後、合流地点を前にしてゼファーの姿が目に入る。
わたしとしてはちゃんと見つけてくれたことにホッとしていたのだが、少女は別の恐怖で慌てだした。
「ちょ、ちょっと! ドラゴンがこっちに迫ってきてるように見えるんだけど!?」
「大丈夫、あのドラゴンは味方だから」
「……み、味方? アンタ……本当に創造神の神子……?」
疑われてしまった。ですよねぇー。
「リオン! 無事のようだな。その娘が例の――」
「ちょっとぉ! 破壊神の神子まで居るの!? アンタ本当に創造神の神子なのぉ!?」
ですよねぇー!
自分でも自分の状態を不思議に思うので、何も事情を知らない少女からすればさぞ疑問の塊であることだろう。
「……な、なんなのだ?」
「ウキュ……」
合流して早々に叫ばれたウルが目を白黒としている。なんかごめん。
……しかし、この少女――破壊神の神子側からしても創造神の神子とは敵対するのが普通ってイメージなのかな。それとも単にあの神子がバリバリ敵対してたせいで刷り込まれたのかな。
創造神と破壊神の様子からして、本来は敵対する必要なんてないはず。まさか破壊神の神子まで憎まれ役なわけではない、と思いたい。あの破壊神様はなんだかんだで有情だしね。
んー……そもそも破壊神の神子の役割って何だろうな? さっき『モンスターを操る』とか聞いたけど、モンスターの統率が役割ってのは何だか違う気がする。ウルもそれっぽい活動をしていないし謎だな。ウルの場合は自覚がなかったのが理由かもだけど、少女も何もしてないって話だしなぁ。
まぁこれも後回し。今の未熟なわたしだとあんまり考えこむと魔力制御が不安定になる。一人ならともかく、他人を抱えている状態で錐揉み回転なんてしてしまっては目も当てられない。
「ゼファー、ちょっと速度を落としつつ真っ直ぐ飛んでもらえる?」
「キュ」
わたしは細心の注意を払ってゼファーの背、ウルの後ろに降り立つ。
そして帰還石を使用し(瘴気の外なので浄化なしに使用が出来る状態だった)、拠点へと帰還を果たすのだった。




