神敵
……憎いとか、恐れとか、そう言うのではなく……真っ先に嫌な顔になるって……何なんだろう、一体。
神様ズは目配せをしてから、地神がこめかみを揉みほぐしながら億劫そうな声で言う。
「あー……以前チラっと話したとは思うんだが……」
どれのことだろう、と首を傾げると、焦らすこともなく教えてくれる。
「冥界の王」
「――」
「……正確には、その手下」
「……はい? 手下?」
以前、月蝕が発生した時に聞いた冥界の王。
……そう言えば、月蝕の時に冥界に落とされて、戻ってきた後もしばらく情緒不安定で居たせいか、詳しく話を聞いたことなかったな……不覚。
ここで冥界の王が出てくるのはビックリすると共に、明確な敵だったのである意味納得だったのだけれども……本人(人かどうかはさておくとして)じゃなくその手下、だって?
「えぇと……そもそも冥界の王って、地上に手出し出来ないんじゃなかったでしたっけ?」
何年、何十年と力を蓄えることで、やっと月蝕と言う形で地上に干渉が出来る。その月蝕も大して時間が続かない。いや、発生場所によってはモンスターの侵攻を止めることが出来ず、いずれ浸食度合いも増えてどんどん干渉時間が増して、やがては冥界と繋がるんだったか。わたしが冥界に落とされたのはともかく、このご時世においてちゃんとした戦力のあるわたしのところに発生したのはある意味幸運だったのか。
「放っておいたら脅威度を増すにしても今は力が足りていない存在が、ましてやただの手下に、神様たちを封印する力なんてあるんですか……?」
「昔はノクスに抑えつけられていたんだが、今現在その冥界の王が力がない理由が……手下に力を奪われたからだ」
「…………はい?」
王が、手下に?
なおこの場合の『王』は国の頂点に立つ者のことではなく、百獣の王の用例みたいな強さの頂点に立つ者のことだろう。
世襲制もある前者ではなく、後者が力を奪われるなんて……そりゃとても強いだろうな。
「あれ? 力を奪ったとしても、元の持ち主である冥界の王は地上に手を出せないのに、なんでその手下は可能なんです?」
「そいつは人間のような見た目をしているからね。当時の神子は不意を突かれて転送門を通してしまった、ってわけだ」
……おぉう、知恵のあるモンスターならやってのけそうだ。それは痛い。もしわたしがその神子の立場だったら、後悔してもしきれないだろうな。
はっ、もしやあの神子がやたら敵対的だったのも……時期が違うから関係ないか、さすがに。
「プロメーティアほどの力はなくても、アタシたち六神の、まとめてではなく単体が相手ならそいつの方が強い」
地神曰く、どうしたって創造神の下位存在である六神は、破壊神レベルでなければ抑えつけられないほど強大な冥界の王の力を得た手下には敵わない。それは武闘派である光神や火神も同じで。
わたしの拠点に滞在しているのが例外で、通常神たちは一つの場所に集まっていたりはしない。世界各地に点在しており、また創造神のように一瞬で移動出来るわけでもない。即座の連携が取れない状態で一柱ずつ狙われてはどうしようもなかったそうだ。
「ん? 一柱では敵わなくても、全員でないとは言え五柱も揃ってる現在なら、拠点でこそこそ隠れる必要もないのでは?」
「そいつの力が強くなっている可能性だって高いし、腹いせに闇神が壊されかねないので、少なくとも解放されるまでは危ない橋は渡れないさね」
「……なるほど」
ここでウルが疑問を挟む。
「ちょっと待つのだ。破壊神はどうなのだ? あの者も『封印されている』と言っておったぞ。破壊神と言う役割ではあっても、実は創造神より弱かったのか?」
それは確かに疑問だ。むしろ性質上、創造より破壊の方が強いはず。創造神より弱い存在が、どうして破壊神を封印することが出来たのか。
答えは、アイティから語られる。
「……おそらく私たちのせいだな」
「え?」
「本神から聞いたわけではないので確証はないが……私たちを神質に取られた可能性が高い」
「……あの子、私たちはどうでもよくてもメーちゃんにだけは弱いからねぇ……」
もちろんここで水神の言う『弱い』とは、力の問題ではなく精神的なものだろう。
そう言えば、会った時も創造神のことはちらほらと話題にしていたな……? やっぱり仲は良いのか。
いつも陽気な風神が翳りを見せて続ける。
「リオンは疑問に思ったことないかな? 何で僕たちは壊されることなく、封印されるに留まっているのか、って」
「……それは、ありますね」
わたしが敵だったら封印だなんて、いずれ復活されるかもしれない恐れがある状態にはしておかない。壊すだろう。と思ったことがある。しかも先ほどの地神の説明からして、壊せないわけではないってことだ。
……その壊さない理由に、破壊神が関わっている……と?
火神がトンと自分の胸――普通のヒトであれば心臓のある位置に親指を当てる。
「俺たちの心臓は不壊属性の素材で出来ているが……それはあくまでお前たちでは壊せないのであり、神もしくは同等の力を持つ者であれば壊すことが出来る」
……不壊属性ってそんな制限あったんだ。まぁ神でさえ壊せない素材なんてないってことか……。
ん? 何か引っ掛かったな? 何にだろう?
「しかしたとえ心臓が壊されたところで、俺たちは替えが効く。プロメーティアが新たに創造すればいいからな」
「だとしても……一定期間が過ぎて魂が霧散してしまえば私たちの神格は戻らない。……メーちゃんの情の深さを逆手に取られた感じよねぇ」
「主神として粛々と対応すればいいのにと思いつつも、だからこそ僕たちはあの神のために働こうって思うんだよね」
「まぁ、非情なプロメーティアってのはアタシにも想像が付かないさねぇ」
「そもそも非情で、ただ主神と言う役割に沿って処理するのであれば、私たちに神格を用意する必要もなかったからな……」
神様ズが口々に言う。
ポンコツだのなんだの言ってはいても、主神として認めて……いや、親や姉のように慕っているのがよくわかる。
まとめると、神としての役割を持つ者は作り直せても、その中身までは再現出来ず。そうなったら創造神はとても悲しむだろう、と盾にして『壊されたくなければ大人しく封印されろ』とでも交渉されたのだろう、と。……なるほど。やっぱあの破壊神様、思ったより有情だな?
「破壊神が封印された、と思われる理由はわかりました。でも……六神が封印されて、破壊神まで封印されるなんて危険では? 創造神様一柱になってしまって、万が一創造神様まで封印もしくは壊されては元も子もないでしょう? 六神が破壊されたとしても、破壊神は抵抗するべきだったのでは……?」
と言うか、破壊神が『封印』で済むなんて。それこそ壊されるとは思わなかったのだろうか?
律儀に約束?を守る悪役が居てたまるか! って感じなんだけども。
そんなわたしの疑問に、また神様ズは一斉に嫌な顔をした。……な、なに?
「まずノクスが壊されなかった理由だが、それは単に破壊神が死んではこの世界も存在出来ないからだ」
「私たちは替えが効いても、創造神と破壊神は替えが効かないのよねぇ」
……創造と破壊で成り立っている世界だからこそ、どちらの神も存在していないとダメ、と言うことか。
あとどうでもいいけど、水神でも破壊神はあだ名で呼ばないんだな。ウルは妹扱いしない線引きと同じようなものかな。
「つまり、その上さらに創造神様まで封印してしまっては世界が存在出来ないから、世界が欲しい敵からすればこれ以上手を出すことは出来ない、と言うことで……えっと……?」
わたしが答えをひねり出そうとしたら、神様ズが死んだような目をし始めた。だから一体全体なにごとなのさ!?
ものすごく頭の痛そうな顔で、地神が……耳を疑うようなことを言うのだった。
「冥界の王は世界を欲しがったが……その手下が欲しいのは世界じゃない。……プロメーティアだ」
「…………………………はい?」




