イージャの状態
「……何だ、リオン。何か用があるなら口で言ってくれ」
腕を組み、じーっとアイティを見ていたら文句を言われてしまった。そりゃそうだ。
ゴクリと唾を飲み込み、意を決して(?)尋ねる。
「……アイティって、わたしのお姉さん?」
「…………………………頭はだいじょう――いや、水神に何か吹き込まれたか?」
今、わたしの頭を心配したね? まぁうん、そりゃそうよね……。そしてわたしの姉を自称する水神の影響化にあるのか疑うのもよくわかる。一方的にわたしが悪かったです。ごめんなさい。
かくかくしかじかとフリッカとの会話で出てきたアイティの話題を説明していくと、アイティは頭が痛くなってきたのか眉間を揉みほぐし始めた。
「確かにリオンに情は沸いているが……貴女は私に抱き付きたいのか……?」
「今のところは別に……?」
何だかすごいバカな会話をしている気がする。どう考えても神様相手にする内容じゃないな?
「……ところで、こんな話をするためだけに来たのか?」
「あ、そうだった」
「と言うことで、一度イージャを診てもらいたいと思って」
「よ、よろしく、お願いします……?」
神様ズハウスの前で待ってもらっていたイージャをアイティに引き合わせる。イージャは神様を目の前にして緊張でめちゃくちゃ縮こまってソファの端っこで小さくなっているけど、いい神だから大丈夫よー。
この二人は初対面ではないけれど、きちんと話をしたことはない。まぁ基本的にわたし以外皆遠慮がちで、深く交流しているわけじゃないみたいだからね……酒にやかましくドワーフ夫婦にぐいぐい行く地神と火神は除いて。「リオン様が特殊なのですよ?」と言うフリッカの幻聴が聴こえた気がしたけど、せっかく同じ拠点に住んでいるのだから、分断するよりは仲良くした方がいいよね……?
「診るとは、何をだ?」
「えぇと、イージャの翼が黒い理由と、翼を治せるかどうか。アイティも翼を持っているから何かわかるかな、って」
アイティの背には、これも小さくなってしまったけれど翼がある。形状だけで言えばイージャの翼と違いはほとんどない。神様とヒトとで内実は異なるのだろうけれども、聞いてみたところで何も減りはしない、はず。
わたしの言った内容にアイティは首を傾げる。……いくらなんでも突飛すぎただろうか。
などと思ったけど、理由は異なっていたようで。思っていたよりずっと、あっさりと答えが返ってくる。
「黒い理由は単純だ。ハディス――闇神の加護が表出しているからだ。先祖返りのようなものだろう」
「「えっ」」
「神たちは何も言ってなかったか?」
「…………そもそも尋ねたことが、なかったよう、な?」
つまり、誰でもいいから神様に聞けばすぐにわかった、と……? えええええ……。
「えぇと、その、先祖返り、って言うのは……?」
「……ハディスの加護で黒くなった翼は瘴気を吸いやすくてな……体に負担がかかり夭折する者が多かったのだ。ハディス自身も深く悲しみ、加護を与えるのをとっくに辞めているので、ずっとずっと前の因子が今更になって出てきたのだろう。理由まではわからないが」
夭折――つまり早死にだ。イージャの顔がサッと青褪める。わたしもギョッとした。
「それは……この子も?」
「いや、適切に瘴気を浄化してやれば問題はない。今のところは綺麗であるし、この状態を保てば普通に生きていける」
その説明に、イージャもわたしも大きく安堵の息を吐いた。良かった……。
「私からも質問なのだが、何故天人の子が地上に居るのだ? ……まぁリオンだから誰が居ても最早驚くようなことではないのだが」
「ツッコミたくてしょうがないけどドラゴンが住んでいる時点で何も言い返せない!」
わたしはイージャを保護した経緯をざっくりと述べていく。
イージャのトラウマを掘り返すことになるかな?と不安だったけれども、少しばかり暗い顔をしたくらいで、パニックになったりすることはなかった。えらいえらいと頭を撫でておいた。
故郷の天人たちに翼を折られて追放された、の辺りでアイティの眉間に皺がより、明らかに怒気を纏い始める。しかしイージャがビクリとしたことで深呼吸をして収めてくれた。……うん、わたしもチョットコワカッタヨ。
最後まで語り終えたところで、アイティは大きく大きく溜息を吐く。
「……まさか時を経て加護が呪い扱いされようとは……いや結果だけを見れば仕方のないこと……いやでもやはり腑に落ちない……」
アイティはぐったりとソファにもたれ、天井を仰ぐ。過去に自分たちのやったことがマイナスになってしまって、それがまた繰り返されて、ショックだったのだろうな。
しばしの後、身を起こして姿勢を正し、膝を揃えたアイティは……イージャに、頭を下げた。
「すまなかった。貴方にも多大な迷惑を掛けてしまったようだ」
「えっ、えっ……?」
「えぇと……闇神様のせい、と言うと聞こえは悪いけど、アイティのせいではないのでは……?」
「いや、私は加護を与える場に居ながら止めなかったのだ。『白黒翼って格好良くないか?』などという阿呆な理由で加護を与えたことを知っている身としてはな……」
ブッ、そんなアホみたいな理由なんかい!? 『面白そうだから!』って風神と同レベルだな……!
まだ見ぬ闇神様はひょっとして……他の神様ズと同じくアレな部分がある神様なのか……?
吹き出すわたしに、アイティは気まずそうに、珍しく目を逸らしながら言う。
「い、一応メリットはあったのだ。ただ、デメリットが致命的だった……」
闇神の加護って確か……精神力(MP)が増える、だっけ。生命力(LP)が増える光神の加護と対をなしていたはず。
MPが増えればモノ作りの回数が増えるし、住人であれば魔法使用回数やら威力やらが増えてメリットではあるね。 ただ……天人の、翼に瘴気を溜めて浄化する特性とは相性が悪かった。これが他の種族であればまた結果は変わっただろう。
顔を覆い俯くアイティに、イージャがおずおずと声を掛ける。
「あの、光神さま」
「ん……?」
「その……むかしを、思い出すだけでも、つらいですけど。……リオンおねえさんに助けてもらって、いっぱいごはんたべて、きれいなふくをきて、ふかふかおふとんでねられて、友だちもできて。……今は、十分に、しあわせなので、あまり気にしないでください」
ぎこちないけれど、笑みを見せたイージャは、とても強く見えた。
わたしゃ思わず目頭が熱くなってしまったよ……。
小さな少年の偽りのない笑顔に、アイティも顔をほころばせる。
「……ありがとう。お詫びと言ってはなんだが、私も貴方の翼の治療に可能な限り尽力しよう」
「い、いえっ。ボクのほうも、ありがとうございます」
「リオンもありがとう。貴女のおかげで私も救われた」
「いやぁ……子どもを助けて衣食住をきっちり面倒見るのって大人としては基本では……?」
「そこに加えて精神も満たされているのは、良いことをしたのだと誇っていいのだ。……リオンが大人かどうかはともかく」
ねぇ、最後のソレ付け加える必要あった!? 笑っているから冗談なんだろうけどさぁ!
ガルガルするわたしにアイティはまた一つ笑みを零し、逸れかけた話題を戻す。
「とは言ったものの、どうやって再生をしたものか。神のように特殊な体であればどうとでもなるのだが……」
と、アイティは翼をしまったり出したりする。そう、実はこれ、収納?可能だったのだ。一定以上の大きさにはならないけど。
基本的には出しっぱなしで、寝る時など邪魔な時には消している。便利なものだ。
「何らかの方法で再生、もしくはアステリオスの時の技術を応用して義手ならぬ義翼とか作れたりしないかなぁ、なんて」
「……アレか」
すでにアステリオスがどう誕生したか聞いているのだろう。アイティは難しい顔をした。
まぁゴーレムを作ったけどあれは内部は相当に簡易化してるし、ヒトのパーツ(一般的なヒトに翼はないけどそれはさておき)なんて難易度高そうだよなぁ。
「ん……今度ジズーに相談してみるか……?」
「ジズー……? ハッ、まさか肉を」
「阿呆、そんなわけがあるか。ジズーも同じく翼を持つので、構造把握の意見を聞くのもありだろう」
「なるほど?」
後程ジズーに聞いてみたら『滞在料代わりに協力しよう』との答えが。
こうして、アイティとジズーも仲間に加わってのイージャの翼治し隊が結成されるのだった。
なお、当人であるイージャは神とモンスターと、話が大きくなって目を回していた。
……うん、諦めておくれ。




